日本のニュータウンを知る

贈与契約書の例

こうした状況の中で、あなたはどちらを選びますか

団地·マンションの管理経費多摩ニュータウンでは11000年を境に民間マンション供給が主流になり管理経費のあり方も変化している。公的分譲団地の管理では、管理会社は入るものの,自主管理的な色彩が強く、九とりわけ!0年代の団地では管理会社組織も充実していなかったことから、全くの自主管理という管理組合もある程、マンション管理は居住者に任されていた。
会計や出納の業務から窓ロの設営など、一般的には管理会社に依託する部分まで管理組合が行っている組織もぁマンションがまだ日本にり、定着していない頃に生まれた管理組合の苦労が見て取れる。
一九八○年代に入ると管理組織も育成されてきて、民間の管理会社が育ってくる。

そして管理組合運営も管理会社のノウハウを利用した維持管理体制が定着した

当時の都市住宅整備公団が分譲した団地では、公団の100パーセント出資の日本総合住生活株式会社旧団地サービスが管理会社を担い、マンション管理に関する業務を代行することになる。とりわけ管理費や修繕積立金を扱う会計や出納業務については専門性の他、信用が評価され管理会社として定着することになった。
こうした状況を経て二000年以降、民間のマンション供給が主流になると、必然的に管理会社も関連した民間会社が採用折からマンされることになる。
ション管理の法律として一100「マンションの管理の適一年にが施正化の推進に関する法律」「区行され、その基本法である分所有法」も翌年の一10011年に改正され、マンション管理が業務として法的にも位置づけらこれによりますます民間の管理会社のサービスも向上し、れた。
大規模分譲マンションなどではホテルのフロントをイメージするような管理サービスも登場し、マンションライフを快適にする新たなマンション管理のあり方が生まれ始めた。こうしたサービスの提供はマンション購入者にとっては心地よい安心に繋がり、とりわけ大規模マンションでのサービス施設は充実していくことになる。
単なる集会室ではないパーティルームやシアタールーム、子育て支援のキッズルームや小規模だがコンビニエンスストアを備えたフロントなど多様な居住者サービスを提供するマンション管理のあり方が示されてきた。
預金と借金の両建てこうしたサービスの提供はマンション販売には欠かせないものとなり大規模マンションだからこそ出来るものとして新たな購入者を集めていった。マンション管理に対するサービスが濃厚であるほど管理費は増加することは必然だが全てが民間のマンション管理となった現在では初期の団地のように自主管理を発意する管理組合はいない。必ずマンション販売に対して管理会社が決められ、管理費と修繕積立金を設定し、さらに当面の修繕や管理を遂行するのに必要な一時金である基金まで販売時に確保するシステムが定着した。
管理会社としては労せず管理ビジネスを展開する費用を確保している格好で、資金計画を心配しないマンション管理事業を始めることが可能になる。だからマンション販売会社とマンション管理会社は関連会社であることが当然のように多

ここでマンション管理費の実態を見てみよう。まずは管理組合の規模による管理費の差は意外に少ない。

多摩ニュータウン内の管理組合を調査してみると五0戸以下のマンションも三00戸の団地も管理費用は変わらない。しかし、個々の状況を比較すると一平方メトルあたり五0円から二00円の開きがあり、00平方メートルの住戸であれば五千円と11万円の開きになる。それを年代別に見てみると自主管理である一九七○年代の物件の管理費は低く抑えバブル経られているが、済崩壊以降の管理費が増大し再び安定して行った経緯が明らかになっている。
このようにマンショマンションが大規模になればなるほど戸当たりの管理費は減少すン管理費を見てくると、る傾向が見えてくる。具体的には概ね一平方メートルあたり一五0円が落ち着くところと思われることから、管理戸数が多いほど、管理費総額は増額し管理会社の経営には有利に働くことになる。

私が住む約一五0戸の団地では管理費六千円と修繕積立金一·四万円で、固定資産税等の支出も加えるとの合計は約三万円で、年間三六万円、一〇年間で三六0万円今後二五年生きるとして九00万円の支出となる。
年金生活の身には毎月三万円の支出は大きく、生涯の支払額としては大きすぎる金額である。少しでも倹約したいと考えるのが高齢化を迎える庶民の考え方であり、積極的に自主管理を進める動きを醸成したい。
幸い、我が団地は居住者がボランタリーに自主的な管理を行うグループが生まれ活動していることから、次第に管理費も低減できる環境が整いつつある。
引き取れない……

贈与契約書さえあれば

空き家除去費補助金
こうした動きが高齢化しても住み続けられる団地を造定住化が進む環境を作りりだし、多摩ニュータウン初期のマンションは五〇円/平米だったものが最近は一五0円/平米と三倍に跳ね上がっている。エレベーターがついたことで経費は上昇するものの、節約の方法はある。エレベーターの管理会社を変え、清掃会社を変える。排水管の清掃を11年に一度にし植栽管理を自主的に行うなど、管理費用を低減する方法はたくさんある。公団や公社が分譲した団地では、良い意味で自主管理が行われていて、民間マンションのような至れり尽くせりのサービスはないが、管理費も少なくなると言う傾向がある。
マンション積極的に管理組合での自主管理を推奨したい。管理は難しいものではないので、マンションの価値観が変わる殆どの人が日本の人口が減少することを認識している時代が来ている。やがて世帯数がバブル経済崩壊以降、第六次マンションブームが続い減少し始めると住宅が余り始める。ていて住宅建設のスピードは止まることを知らないが、一方で空き家数は増加の一途をこれも多摩ニュータウンの場合、辿っている。

都や都市機構の未利用地処分や銀行や企業の負債対象の土地処分が終わると同時にマンションブームも終わりを告げるが、建設された住宅ストックを巡って、その利用に関心が持たれる時代がやって来る。現状の建設ラッシュから推して、世帯数に対して一四パーセント余りの空き家がある現状から察すると、さらに世帯数がピークを迎える二〇一二年近辺では、空き家率はさらに延び、その後一転して世帯数の減少が始ほるのだ。
一五パーセントを越えると思われる。

世帯数の減少は人口減少が始まっても世帯分離が続くことでしばらくは顕在化しないが世帯人員の減少が安定し始めると、世帯数の減少は人口減少と同様に顕在化することになる。従って、その後の空き家は急ピッチで増加することになる。
おそらく、二〇二〇年頃には空き家が二〇パーセントを越えるのではないかと思われる住宅の維持管理は経費のかかるもので、使われなくなった住宅は朽ち果てるまま放置されることが多くなる。

管理しきれなくなった空き家には不法侵入が発生するし放火などで火災の発生の危険度も増すであろう。また、利用されなくなった建物は解体しても、その後に建物は建たず敷地は空き地のままで残されていく。住宅地はまるで実の抜けたトウモ所々歯抜けの状況が広がってくる。ロコシのように、これは今後起こりうる郊外のニュタウンの姿でもある。これをマンションに例えるとさらに恐ろしい状況が発生する。空き家になっても持ち主はマンション管理費と修繕積立金を義務づけられる。
建物の維持管理費用はマンションが存続する限り継続的に発生する。居住しているマンションでなければ、管理は基本的に人任せにならざるを得ないから、リゾートマンションとよく似た構造になる。従って管理費は安くはならないし自分の努力でカバーすることもできない。
所有しているだけで管理費賃貸活用するか売却するしかないのだが、空き家が増加しているマに耐えられない人は、ンションの中古価格は下がり続けて買い手がいないだろうし、賃貸利用者も空き家の多い物騒なマンションは借りない。
建築だけでなく不動産売買も一括で引き受けてもらう従って、そのマンションはゴーストマンションへと転落するのである。とりわけ定期借地マンションで期限満了近くの管理組合の実態はどうなるのか想像するのも恐ろしい。使わなくなったマンションは自分だけの意志で、戸建て住宅のように解体して敷地だけにすることも出来ないから、管理費や修繕積立金を捻出するために賃貸活用するのが普通であろう。空き家が増加すると、そうした賃貸物件も増えてくるから次第に家賃相場も低下する。
平均で空き家が二割もあるような状況では、賃貸マンションによっては空き家が半分などと集中している地区も生まれてくる。過疎化も問題だが、居住していないマンションが増えることももっと問題で、維持費の掛かる収入を生まない資産はマンション所有者を苦しめる環境や建物そのものが良い条件のマンションであっても、コミュニティがしっかりしていないマンションも次第に人気を失う要素を持っている。
空き家の増加は犯罪の多発を生安全や安心が価値を生む時代になる。み、おそらく将来のマンションは砦である。
コミュニティがしっかりしていないと、いくらセキュリティを厳重にしてもコストばかり掛かって決して安全安心は確保できない。たとえば大規模マンションの管理は大規模なだけに抜厳重にすればするほど管理コストは膨大化する。社会経済が資産の循環で動け道もあり、くようになる時代に、維持管理費用の増加するマンションは敬遠される。将来のマンションは相互に競争する時代になる。
隣同士のマンションが安全安心を競う居住の価値を価格ではない評価で選択する時代が来る。
もちろんが、し、賃貸住宅などでは家賃が相場より安いことが空き家を発生させない条件になるが、その頃の家賃は相当こむやみに高いアパートも敬遠される。これから10年もたたない内にマンなされていて、ションの価値基準は大きく変化すると予想している。世帯が減れば空き家は増え、家賃相

場は下落する。低迷するのではなく下落するのだ。
家賃相場は、結局はマンション利用者の人気度で決まる家賃が一般的になり、同様に分譲マンションの中古価格も人気度で評価され、人気のないマンション価格は下落する。
その時、現状のマンション購入者は購入価格と中古価格との差額に愕然とするだろう。都市機構による分譲マンションの建て替えが行われている。ニュータウンの南大沢では、に分譲された三三戸の団地がそっくり再建された。

続いて一九八九年平成元年平成11年建設の二つの団地が再建中である。高々、一五年ほどの建物が解体され0年建替を余儀なくされている現実が多摩ニュータウンにはある。ここには重大な建築瑕疵が報道により全国に広まった。存在しており、コンクリートの建物をそっくり建て替えるな前代未聞の出来事が身近で行われている。
どと言う瑕疵は私の知る限り初めてのことで、建築に瑕疵は付き物で、建設後発見された不備な部分を無償で修繕することを義務づける瑕疵保証がある。
修繕が前提で、建替など視野には入っていないのだがこれは都市機構旧都市公団はそれを受け入れた。事の起こりは当初からの雨漏りや隣戸からの音の貫通などの問題から始まった。
コンク巣が入っている状態がひどく、外部に露出している部分から雨が浸リートにジャンカ

隣との壁にコンクリートが詰まっていないので、漏れが激しいなど、み込んでくる。トラブルは多発していた。建設当時はバブル景気真っ只中。建設に携わる職人は少なく海外か多くの未熟な職人が出入りした。
建設ラッシュが資材調達を難しくしらの応援を含めて、そんな時代に約五00戸の住宅を111年間で建設した。て価格も高騰した時代である。こうした建設状況は当時どこも同じだった。まず、最初に三三戸の団地が建替られた。足かけ11年ほどの転居生活を経て新居に再入居した。
基礎を残しての改築という方便を使った事実上の建て替えは、入居者にとっては新築同様であり、対外的にも新築であった。築一五年の建物が新築になったことで、入居者の不満は少ない。

それならM

ユーザーが決まってしまえば経営リスクはありません。

それも問題発生の初期段階に建替が決定した経緯もあり、都市公団との交渉時間も少なかったことが、再入居率の高い再建となった。同時期の他の団地でも瑕疵問題が発生していた。一方、調査を重ね修繕で改善可能だという都市公団の申し出と管理組合側の意見が対立し問題が長引いていった。しかし、そこに生活しつつ問題を解決するという立場にいる居住者の辛さは想像を絶する。折から各地

新築同様であり、対外的にも新築であった。築一五年の建物が新築になったことで、入居者の不満は少ない。
それも問題発生の初期段階に建替が決定した経緯もあり、都市公団との交渉時間も少なかったことが、再入居率の高い再建となった。同時期の他の団地でも瑕疵問題が発生していた。一方、調査を重ね修繕で改善可能だという都市公団の申し出と管理組合側の意見が対立し問題が長引いていった。
しかし、そこに生活しつつ問題を解決するという立場にいる居住者の辛さは想像を絶する。

折から各地で地震災害が重なり、関東への震災が発生する前に移転したいとする入居者も現れ、売却して移転する世帯も現れた。建替か修復かが争点となっていた。ここでの問題は、たとえ基礎を残していても再建は新築と同様な安心感を生む。しかし、修復は瑕疵が隠れているかもしれないと言う不安を塗り込めてしまうように居住者には映る。居住者は再建を望み建設業者側は修復を主張する。とりわけ同じ団地内で棟によって再生方針が分かれる場合はさらに問題は複雑を極める。ここで問題を整理しよう。一つは、不動産価値としての評価である。
再建と修復では中古と新築の差がある。修復では瑕疵が隠されるのではないかという不安が残る。二つには、例え中古であっても普通の瑕疵物件に比較して不動産価値は落ちる。三つには、総コストである。今後の調査などのコストと再建コストは変わらないと言う現実である。当事者間争いの中心が不動産的な評価に原因するものではないかと思わの争点を耳にしていると、れてくる。

どの争点も不動産の価格に関わる評価の別れで、住み続けることを前提にした議論ではないように聞こえてくる。建て替えるか修復かは純粋に建築技術の問題で、建物が建設当時の技術基準に照らし合わせて同等な修復が可能かどうかの判断である。

預金と借金の両建て出来なければ建て替えだし出来るならば修復になる。不動産価値の問題は別物である。しかし、居住者には収まらない気持ちもぁる。それは不動産が現金化できるものである限り結末は見えない闘争のように思う。住宅の余剰が顕在化してくる中で、建物が利用価値として評価されるようになると、修復であろうと建て替えであろうと、100年以上も使いこなせれば当初の一五年の推移はそれほど問題ではなくなる要素である。
大切なのは、問題を長引かせないで技術的な真を問い、新たな居住する場として使い続けることが大切である。とはいえ、人間の欲は収ほらない。

注記ニュータウンの未来(一五)秋元孝夫著(多摩ニュータウン·まちづくり専門家会議)ニュータウンの未来(一六)秋元孝夫著(多摩ニュータウン·まちづくり専門家会議)

多摩ニュータウンの未来を読む

未来予測の視点都市の骨格を見直す都市の未来を占うのに、ニュータウンは分かり易い回答を与えてくれる。
少子高齢化の現象は、同一世代が集中して流入したニュータウンには顕著に現れ、学校の統廃合の一方で高齢者施設の充実などの課題が浮かび上がる。
住宅不足に後押しされ建設された大規模団地は同一規格の住宅群で、多世代が混在するには住まいが固定的で理想的なコミュニティは形成しにくい。結果として、同一世代が集中して問題が集中する歪なコミュニティの大きな固まりとして地域に影響を及ぼすようになる。
また、市街地を歩車分離するために近隣住区理論とラドバーンの理論を高低差のある地形にダイナミックにあてはめたものだから、結果として段差のあるヒューマンスケールを越えた市街地が出来上がってしまった。
大規模な都市構造のあり様は、明確に土地利用区分に併せて大規模公営住宅や機構賃貸住宅群と言った社会的に限定されたコミュニティが形成されたことにより、多様な価値観の共有するコミュニティミックスが発達せず、地域内での偏りのあるコミュニティが生む問題を浮き彫りにさせしてきたまた、大規模公園や市街地を区分する緑地の連続や集積は、必ずしも景観の美しさや良好な環境をもたらすものではなく、防犯や維持管理の問題を生みだしたし、丘陵地という高低差のある地形を利用した明解な歩車分離の構造は、コンビニのようなロードサイド施設の誘致を妨げ、身近なバス利用も階段や急なスロープなくしては利用できない不便なものにしてしまった。

このように、大規模にダイナミックに開発したことによる弊害、それに加えて大規模に短期間で供給した均一な住宅、そして持ち家、借家という性格の異なる歪なコミュニティを生み出した事実を見逃せない。団地群を形成させたことにより、こうした都市の構造を今後どのように改善することで良好な市街地に再編できるのか多摩ニュータウンに与えられた課題は大きい。われわれ多摩ニュータウン住民にとって、これらの課題を一つ一つ解決して行くことで多摩ニュータウンの未来が拓けると考えている。我々は新たな都市の姿を求めて再編を始めなければならないときに来ている。
改めて都市を見直し、未来の多摩ニュータウンを創るためのコミュニティのあり方、住まいや環そしてそれを支える経済について持続可能な都市経営が可能な新たな仕組みを見境の姿、出すことが必要になっている。その仕組みを多摩ニュータウンに居住する市民や専門家が結集して、解決策を探ろうと考えている。専門家のみならず居住者、行政、外部からの応援団などを結集して、新たな多摩ニュータウンを共に創り上げてみるつもりである。

多摩ニュータウンに対するこうした試みは、未来の多摩ニュータウン住民のために役立つのみならず、様々な地域でまちづくりに係わる人々の参考になるものだと思うし、現実的に起こっている事象について解き明かすことで、同様な問題を抱える地域でのまちづくりの参考になると考えている。たとえば建設後三五年を経過した、住宅面積が三0平方メートル台の一五00戸の公営

住宅がある。
隣接して五○平方メートル余りの三八五0戸の公団賃貸住宅が一団を成してその賃貸団地に組み入れられたような配置で六四〇戸や八八0戸の分譲団地が再生おり、を模索している。このようにすでに三五年を経過した住宅団地群には解決すべき問題課題が山積している。
とりわけ、公営住宅制度や公団の賃貸住区制度などの既成施策では、高齢者や低所得層の集中といった偏りが地域のコミュニティを疲弊させる問題として顕在化しており、地域のみの問題として解決することの出来ないものとなっている。
それは国の法的な改正も視野に入れた総合的な取り組みが必要になって住宅政策上の課題でもあり、このままでは公営住宅には高齢者が集中することは必至だし、大規模すぎる住宅ストッ安易に家賃を下げれば貧困世帯をさらに集中させるこクは次第に空き家を増やしていき、とにもなる。
田舎暮らし