クレープ

その中で

資金を出せというのではない、エレベーター設置の効果があるマンションとして、資金投入の効果を居住者に説明することで分である。エレベーターの設置は資産価値の向上を促し、建物全体がバリアフリーマンそのマンションがエレベーター設置効率の良いマンションとして生き返ることになる。ションであることを管理組合に伝えることでバリアフリー化の呼び水となれば行政の役割予算がないことを憂うよりも、も達成される。市民の資産を如何に守るかの知恵を出す,もし、知恵もないとすれば地域の専門家を巻き込んで、とも行政の役割である。
知恵を集高齢化を恐れない団地づくり高齢化の問題は介護だとか医療だとかの費用負担という経済問題で片づけられる場合が多いが、居住者の立場から言えば高齢者一人一人が家族の中での役割分担や地域との関わりを育むことによって生き甲斐に繋がり、病気や介護も遠のく要素を持っている。すなわち高齢者が地域で役に立つ場があれば、高齢者問題も半減するのだという確信がある。

国で言う体力増強などは、ただ単に体力をストレッチで温存させようとする消極的な対策で『元気にしていろ』では健康維持の意欲が起こらないが、孫のため家族のためただ地域のためなどと社会的な役割が加われば、意欲的な体力の維持も必要になろうというもの。

役割があってこそ、百まで生きようと言う気になるのが人間の性(さが)とりわけ男性の場合、退職すると与え続けられた役割から開放されて人生の目的すら失ったように思う人がいるが、多くの場合、それぞれの専門性を持って働いていたり、会こうした能力を活かした役割が私の住む団地には社人間たるノウハウを持った人である。

信頼できる引退した人達が自らお助け隊という組織を作り、ある。ヶ月に1回、団地内や周辺の見回りとゴミ集めを買ってでているリタイヤグループがある。メンバーの中にはパソコンの得意な方がおり、インターネットやパソコン操作の個別サービスをボランティアしていたり、大工仕事が好きで団地内のベンチの修理やペンキ塗りを一手に引き受けている方リタイア組ではないが雪の積もった日には必ず朝から延々と通学路の雪かもいる。
また、きを始める人も地域での役割を買ってでる人、団地中の植栽に気配りをして定期的に仲間を募って刈り込みなどの活動をする人など、その方の生き甲斐に繋がるものである地域に自主的に手を出すことを躊躇する風潮は多くの人にあるが、それを一歩踏み出せば自らの活動で成果が得られ、充実感もある。その雪かきのおじさんは、近くの緑道につも出かけて草刈りをするのが趣味にもなっている人でもある。
ジョギングでダイエット運動をかねてボランティアで汗をかくことで生き甲斐を得ているケースであるするより、「単なるジョギングより草刈りの方が自分に向いている」という哲学で草刈りは行われており、役に立つ喜びを感じているに違いない。

住まいを補う

確かにダイエット効果が現れ、スリムになっ

団地を毎日見回り、ゴミの出し方、不審な人の進入、居住者の動きなどを常にチェックしている方がいる。高齢者と言うには元気な方だからシニア(先輩)とでも行っておこうか。日頃の団地管理を一手に引き受けている。業者に委託した修繕の完了状況の確認や定管理組合役員が日常的に対応できない所をサポートする。期清掃の確認、祭りや餅つきなどの古式ゆかしき作法も教え導いてくれる逸材である。
こうしたシニアは、おそらくどこの団地にも人材が眠っているはずである。
掘り起こすことで、団地も良くなるし本人の喜びもひとしおであろう。必要なのは、個人個人の能力が発揮できる場であり、共用のものに手を出せるコミュニティ環境とそれを否定しない組合員の心が欠かせない。個々の価値観は多様だが、美しい安心なもの快適なもの雪が降ったときに雪かきものには否定しないものである。している人を見て、不愉快には思わないものだ。

もし不愉快に思う人がいる場合は、自らの雪かきの出来ない自責の念が裏にある場合で、不健康な発想でしかない。他人の親切を素直に受け入れることも重要なコミュニティへの関わりであるこうした環境が出来れば高齢化は怖くない。高齢者の知恵と力が発揮できる環境に若い世代も集まってくるし子育ても安心だ。
多摩ニュータウン全体の組織化を多摩市にはまちづくり活動のNPOとしても幾つかの団体があり、多摩市のマスタープランづくりに意見するグループもある。
しかし、多摩ニュータウン全体のまちづくりを議論する場が無いことから、まちづくりの問題が多摩ニュータウン共通の問題として提案できないことが、まちづくり意識の育たない原因になっている。
各行政サイドでは行政区域内の問題として議論されているのだが、それぞれ多摩ニュータウンの置かれた位置で温度差があり、決して足並みが揃っているとはいえない状況である多摩ニュータウンの住民サイドからすると、各行政組織が温度差のないフラットな立場政策を進めて欲しいというのが思いであるが、現実には行われていないのがで議論をし、各行政の立場では必ずしも多摩ニュータウンに対する取り組みのスタンスが真相である。

課税価格の合計額同じではなく、同じ温度で政策を進めるというのは難しいというのが本音であろう。本来それぞれの生活圏を意識しながらまちづくりを議論することで、多摩ニュータウンのまちづくりを推進することが必要なのだが、そこは生活者としての住民がイニシアティブを取って行くことが必要になる。
地域にふさわしい都市計画や文化活動、教育福祉、経済活動など多様な議論が、多摩ニュータウンを構成する四市の立場を背景にしながら展開されることが大切である四市の市長が同一のスタンスで会議をしようと平成一三年五月、八王子市、町田市、多東京都副知事及び都市基盤整備公団理事による多摩ニュータウン摩市、稲城市の市長、が開催され、「多摩ニュータウンまちづくり協議会」サミット四市を中心とするの設置が合意された。

これを受け四市の助役と都の都市整備部長、そして公団の多摩ニュータウ「多摩ニュータウンまちづくり協議会」ン事業本部長がメンバーとなってを開催してきが、「地域活性化結果として図書館の相互利用を目指し地域のポータルサイトを構築する

部会」とアダプト制度について検討する都市管理部会の二つの専門部会を定め活動することを決めた公団や東京都が開発から退いていく中で四市の結束が必要でぁこうした動きは、今後、ることをアピールする切っ掛けにはなったが、多摩ニュータウンに取ってはさらに継続的な都市計画や都市経営のバックアップ組織作りが必要で、一時的なパフォーマンスでは間に合わない段階に来ている。

預貯金等

一時的な専門部会ではなく、恒久的なまちづくり組織が必要その為には、だと考えている。多摩ニュータウン全域を研究活動の対象として活動する多摩ニュータウン学会やまちづくリの専門家などが、多摩ニュータウン全体の情報を統括して都市計画や都市経営についての計画を策定するなど、多摩ニュータウン全体を掌握する新たな機関の必要性を思うのだ。多摩ニュータウンには独自のまちづくり計画が必要である。これまで東京都や都市公団が都市計画や都市経営を担ってきた歴史がある。
それが独立行政法人UR都市再生機構に組織替えしたことによって多摩ニュータウンのまちづくりには係われなくなり、東京都も自らが抱えている未利用地を売却する地権者の一人になってしまった。そこでは何らかの形で行政が係わる必要があるのだが、東京都も都市機構も関係四市に任せてしまった格好しかし、各市には温度差があり、多摩市の担当者は真剣に対応するが町田市の担である。
当者は末端のことで、居住者と対峙するにも扱いは違うことになる。
これは致し方ないとで、各自治体の部分管理で多摩ニュータウン全体をコントロールするには無理があるそこで居住者自らがまちづくりを提案し、各自治体がその提案に習って事業展開をするという構図が求められてくる。
信頼できるこれらを司る組織が欲しい。その方法としては、各市から温度差に応じた人材を投入した独立した組織を編成する,とである。面積比で人数を配分して行く方法もあるし、市民サービスという視点では人口による人員配分も考えられる。さしずめ多摩センター辺りに事務所を置き、多摩ニュータウン全体の施策について協議する環境を作ることから始めることになる。
当初は多摩ニュータウン全体を理解することから始めて、問題点の掘り起こしから始めることになる行政施策としての提案など、まちづくりまち育てに関する議論は徹底して多摩ニュータウン発の議論として、問題課題のとりまとめからまちづくり方針の整理、そして計画の具体化実現のための施策の展開など必要な項目について徹底的に議論することから始める,とになる各メンバーに共通の問題意識や目標が次第に備わっていき、徹底した議論は、具体的な事業化に向けて発信するエネルギーとして蓄えられる。
そこに集まったメンバーは各市から集まった人材ではあるが、多摩ニュータウンの場において議論することで、必然的に多摩ニュータウンの中を意識し、提案や問題提起が出来るようになる。多くのアイディアや取り組み課題はその場に居てこそ生まれるもので、傍観者では行動に向けた力にはならない。核となる場に一同することが大切になる。

だからこそ、このように徹底して議論した事業計画を各市に持ち帰り、各々の自治体で事業化する,とになる。その場合は各市の共通認識の上で行われる事業であることが周知されているので、迷うことなく着実な事業推進が可能になる。迷いは必要なく、決まったことを行う自治体の役割があるのみである。このような多摩ニュータウンを司るまちづくり組織が継続

的に運営できる場が生まれることを望みたい。

多摩ニュータウンは既成の市街地とは大きく異なるエリアであり、その中をコントロールするのに既成の市街地と同様な視点では解決しないことが多い。そこで、独自の環境である市街地を政策的にコントロールする独立した政策集団の場づくりを始めていただきたい。
住み続けるためにマイナスをプラスにする高齢者が安心して生活できること安心して子育てが出来ることとは内容は違うとが背景は同様な意味合いを持っている。

建築だけでなく不動産売買も一括で引き受けてもらう

税務調査の現場

平均面積100平方メートルといったところであろうか殆どが100戸以上のマンション供給が続いた購入対象となる世帯はファミリーである。安売りを目指して、バブル景マンション販売競争は各社、土地の仕入れにも工夫した。気の時期に拡大志向で建設したデパートの配送センターや放送局のサテライトスタジオをマンション事業者が払い下げたこともあった。
多摩ニュータウン内であっても売却後10年を経た土地には新住宅市街地開発法が及ばないことを利用して、容積率を最大限活用してマンションとして販売するディベロッパーもあらわれ、多摩ニュータウンにおける計画性を根幹から失った市街地形成が始まった。住宅開発が公的な主体から民間に移ったその街の開発は現行法の中で進められていく。思いがけず超高層の住宅が建つ。幼稚園用地にマンションが建つ。
学校用地が売却されて……と多摩ニュータウン計画の実態はれまでの公的計画が築き上げた都市像を一変させ居住者の感覚を麻痺させている。
こうした生き馬の目を抜くような販売戦略によるマンション供給に加え、それまで住宅

併設を拒んできた多摩センター駅前の土地利用に住宅併設を解放したものだから、一挙にマンション供給が再燃した。
多摩市最大五1110戸のマンション、多摩ニュータウン最大の六八〇戸の定期借地権マンションなど、大量の民間マンションが引き続き供給されるよう相次いで供給される巨大マンションの行く末は次の世代が評価を加えることにになった。
なるのだが、一方で敷地に相当な余裕のある初期の分譲団地六四〇戸の建て替えも進められており、新たな多摩ニュータウン内でのマンション供給の手法となりつつあるしかし、こうしたマンションブームも長くは続くまい。団塊ジュニアの購買意欲が落ち着くと住宅需要も安定すると思われ、そこには今ある建物の老朽化をひたすらコントロ長期に活用することが課題になるだろう。
年後の人口が急速な減少を予測さルして、五れる中で、どこまで既存建物の利用者が住み続けるかが次なる大きな課題になるに違いない。
ゆたかがおか引き潮の時代の中で、こうした資産を如何に活かすかが多摩ニュータウンの大きな課題となることは間違いない。日本経済と多摩ニュータウンバブル経済崩壊以降の住宅事情多摩ニュータウンもまた日本経済の浮沈に翻弄されてきた。街開き早々のオイルショックに始まりバブル経済の崩壊に泣いた人々が沢山いて、今は売れ残り処分の土地でのマンションブームに踊らされて買い続けている人たちが集まっている。
何が待っていこの先、るのか想像するのも恐ろしい住宅事情であるが、最近の多摩ニュータウンでのマンションブームがもたらすだろう姿を独断と偏見を交えて解説してみよう。バブル景気は一億総不動産屋と言わしめるほど多くの人を不動産市場に釘付けにした。人々は持ち家を売って、さらに新しい大きい住まいに移っていった。
住宅双六の頂点である戸建て住宅にも多くのマンション族が転居していった。新築だけではなく中古物件も高く売れた時代である。

損することもあり得る

ちょうど団塊世代が住宅を求める最後の時期にあたっていて根強い住宅需要があることを背景に急ピッチで建設が進んでいった。この機を逃すと持ち家など持てないと言う風潮が広がり、高値でも買うという流れが出来上がっていた。元々は経済のグローバル化で、都心部の業務床が不足するという危惧の中で、都心地価の急騰から波及した土地バブルであったが、団塊世代の住宅需要と重なって多くの世帯が住宅取得に走った。
オイルショックの時にはトイレットペーパーの買い置き騒ぎだったがバブル景気では住宅という高額な買い物を追いかけていて、商品価格としても耐久消費財としての価値の違いも大きすぎることから象徴的な違いがある。オイルショックでは賢明だった人も、経験を生かせず高額になった住宅を無理して買った。そんな時代だった。私の事務所もバブルに沸いた。仕事は山ほどあるし、単価もべらぼうに上がってくる。
業務量に対して売り上げが伸びてしまう状況で、高額な法人税も支払った。収入が増えるのでだから高額なマンションを買うという動きに走る。自宅購入のみならず購買意欲は増す。
賃貸マンションへの投資など不動産投資に走った人、ゴルフ会員権に群がった人、証券に投入した人など多くの人がバブルに沸いた。
これらの帳簿価額が相続そして終わった。

バブル経済の崩壊で多くの悲劇も生まれたが、何とか生き残っている人々の中には思いがけない住宅ローンを抱えて息絶え絶えの人もいる。住宅ローンを返済するために専業主持ち家を手放して賃貸住宅に移婦がパートに出る。子供の学資に困って実家の親に頼る。中にはうまく売り抜けて財を築いた凄るなど、自らの進退を掛けた選択を迫られた人々。腕もいるかもしれないが、多くは辛酸をなめている庶民がそこにいる。

やがて日本経済はバブルのツケは個々の家計に深く浸透バブル崩壊から落ち着きを取り戻していくのだが、しかし、何故かその後も住宅ブームは続いている。していくことになる。当時の全国平均の空き家率を見るとバブルが始まった昭和六三年の時点では九パーセントを越えていた。それが平成五年には一0パーセント近くになりバブルがはじけた平成一0年には11パーセントを上回っていた。
空き家は昭和四三年に総世帯数を総戸数が上回って以来増え続けてきた。決して飽和状態になることなく増加の一途を辿っている。
バブル以降急速に増加し、ついに平成一五年調査では111パーセントを上回った。その殆どは賃貸用の住宅持ち家化が進んでいる現状から、さらに利用されない住宅の増加が今後が占めているが、も続くと予測できる。

成年後見制度

地方居住を選択す人も移動している。郊外から都心部への回帰現象も顕著ではあるが、だから住宅が余っているリタイア組も顕在化していて住まいの多様化が一層進んでいる。る地域にはさらに空き家が増加して、不足している地域には建設が進むというホットスボットとコールドスポットがにわかに生まれている。
さらにこうした動きは顕著に今後、置かれその影響で地域の活力も左右されることが容易に想定されることから、現れるし、

た地域の状況に柔軟に対応する取り組みが欠かせない。ニュータウンが今後どのように進むのかは、こうした状況に照らし合わせて占うしかないようである住宅バブルの裏側「時代の終わりにはその時代を象徴するような記念物が生まれ後世の遺産として残る。
」バブル景気の崩壊は時代の終焉と共に都市にとは恩師、八木澤壮一先生の口癖だったが、住宅資産や大規模な使わないオフィス群を残した。

及び本契約条項のいずれかに違反した時。ニューヨークのマンハッタン島では超高層建物がひしめくが、決して新しい建物だけではなく古いものが長きに渡って使われているし、ヨーロッパ最大の都市パリの姿は歴史そのものと言って良い。世界の高密度都市人。であるニューヨークマンハッタン区の夜間人口はヘクタール当たり二四パリも同様高く、ヘクタール当たり二〇五人であり、これに対して東京二三区ではヘクタール当た二八人、さらに都心四区はヘクタール当たり八八人と少なく、中央区のようにここ五年で人口が三割増えたと言っても、到底ニューヨークやパリには及ばない。
すでに都心回帰の動きは収まりつつある状況であり、東京都心部はどう頑張ってもニューヨークやパリのような高密度居住都市にはならないと思う。それは居住にふさわしい安価な住宅ストックがないからで、一部の金持ちのための六本木ヒルズは生まれても庶民が居住する住宅ストックは生まれないという実体的な都市構造が東京にはあるニューヨークやパリのことを想定してみよう。
都心には積み重ねてきた住宅ストックがたマンハッタンの中心部に公営住宅やコンドミニアムがあり、くさんある。ソーホーには都心に気ほまに住む仕掛けが作られている。
それは新しく作るのではなく、古くから蓄積をしてきた社会資産としての住宅がある。

本件建物

注意点2

これは国の施策展開を待ちたいが、やはり住民の自主性に期待したい。多摩ニュータウン大きすぎる土地利用を繰り返してきたことで、それぞれに大地主を育んできた。は幸い都や公団公社の賃貸住宅は大地主の貸家である。また、分譲マンションの管理組合は大規模団地を管理運営する大地主である。
管理組合には修繕積立金という金融資産があり、大

規模な土地の活用について判断できる管理組合という組織を持った団地が集積しているのが多摩ニュータウンの姿である。また、そこに居住する人材は首都圏の企業に勤めているエリートであり、退職した富裕層でもあるのだから、地域に貢献するつもりになれば大いなるパワーを発揮するに違いな建物や都市基盤はしっかりしている。そして人材は豊富だとすれば、い。
資力はある。これに優れるものはないと言い切れるのではないか。多摩ニュータウンの底力の試されると大規模すぎる土地利用はこうした副産物を残した。ころである。
形見分けの品を搬送人·物·金の三拍子揃った多摩ニュータウンを活かすのも殺すのも居住者一人一人の意識である大規模マンション開発を占う多摩ニュータウンでは民間のマンション建設が相変わらず続いているグラフは私が確認している限りの新住区域での民間マンションの整備状況だが、区画整理区域も合わせるとさらに多くの民間マンションが建設されている。
これらの民間マンションは殆ど完売が続いているので、用地を供給する東京都と都市機構の売却が続く限り、多摩ニュータウンのマンション供給は続くと思われ現在の多摩ニュータウンのマンション供給は、公社や機構が直接住宅供給できなくなったことから、その担い手は民間のディベロッパーに委民間ディベロッパーの事業としてリスクを少なくすることが土ねられている。

そこでは、売れる住宅が供給されることになり、その為に基本的に土地の地購入の条件となる。価格は販売予定価格から逆算された採算ラインが売買価格となる。いわばそれが市場の土また、マンション購入者は周辺のマンションと比較して、地価格ということになる。価格が安いことが購買の動機となることから、順次販売されるマンションが売れるマンション地価のコントロールは欠かせない。

美しい街並みは地域の財産

つまり、地価は毎年下降することがであるためには、未処分の用地を整理するためには必要で、土地の路線価も毎年五パーセントは確実に減少し続けてきた。

このようにして、一物件100戸を超えるマンション供給が続々と登場している現状の中で、一団地六八○戸もの定期借地権付き民間分譲マンションや多摩市最大のマンション五三〇戸、多摩ニュータウン最大では八四五戸のマンションも完売してしまった。多摩センター駅周辺ではさらに新たな分譲マンションの供給も進み、今後もマンション供給の勢いは止まらないと思われるほど、マンション建設が頻繁にある。

民間のマンション供給で効率を考えると大規模マンションにならざるを得ないのだろうが、ある以上、これまでの公的な開発とは一八0度異なり、緑地も殆ど無い、容積率を目一杯使った土地利用が展開されている。いつかは老朽化して寿命が来る建物であるが、多摩ニュータウン初期の大規模団地ならば、建替を検討する余地もあるが、現在建設されている民間のマンション群の建替は現実的ではないだろう。
余剰容積をベースにした建替計画は成り立たないし、高層マンションに住み着いた世帯を移動させることも至難の業である。定期借地権マンションであれば期限が来れば必然的に退居して解体することになるが、一般のマンションではそうはいかない。
とりわけ超高層などのマンションを建て替えようとした場合には、実現は途方もなく困難だと思ってしまう。
ゆたかがおか結局、現在、供給されているマンションは100年や二00年という超長期の利用を前提に維持管理するという選択が取られるはず。すでに容積を目一杯使った建物であり、等例え今後建築基準法や都市計画法が大改正され価交換などの建替手法にはならないのだ。て容積率が倍になったとしても多摩ニュータウンが世界的に注目され、多摩のマンハッタンにもならない限り容積率を活かした建替は困難なのだ。
もちろん多摩ニュータウンが将来ともホットスポットであることを前提としなければ既存住宅の維持にも困難が生じることになり、マンションの評価が問われる時代が早晩、到来するだろう。良いマンションは高く売れ、悪いマンションは見捨てられるという構図は市場に住宅が潤沢に供給されることによって発生する価値観である。

法定後見人

現在、大量に供給されたマンションや団地の中で、このマンションは衰退する。このマンションは生き残るだろうと言う予測は容易に付く。それが大規模に供給された分譲マンションの顛末であるように思う。もちろん、公的な団地も同様な憂き目に遭うことを避けることはできないその為にも居住者自らが地域をホットスポットにし、建物のレベルをアップさせるような工夫を重ねることが大切になる。
計画規模と実態人口のずれ「計画規模-一九八〇ヘクタール当たり、多摩ニュータウンの開発は計画人口約三四万人現在人口約110万人」が都市機構の公式ホームページからの情報だったが、同時期の八王「総面積約二八九〇ヘクタール当たり、子市のホームページには居住人口約二八万人」と謳われていた。
また、東京都都市整備局のホームページには「計画面積二九八四ヘクタール、計画居住人口三0万人、現在一八万人」、そして東京都南多摩保健所が出している多摩ニュータウンの人口動態「総面積-一九八〇ヘクタール、によると建設計画での居住人ロ約三0万人、平成一五年時点居住人口110万0四0五人」となっており、それぞれの機関により公表数字が微妙に異なっているというのが多摩ニュータウンの特徴でもある

「ニュータウン当初の計画を確認するために昭和四八年発行の日経新書精一著」を参考にすると『計画人口は、当初の三0万人から四一万人に変更して少しでも多くの住宅が供給されるようはかられた。

倍率方式計画戸数は10万九六00戸。ただし,自然保護の観点からふたたび人口をやや減少させようとする動きが見られる。事業期間は昭和四一年から五11年と予定されている。』とされており、計画人口にも浮き沈みがあったことを物語っている。計画期間も昭和五二年を目途としていたが、結局は未だに未造成の一九住区を残す状況で、当初の完了予定から三〇年も経過したことになる。
こうした人口計画のもとに整備されてきた多摩ニュータウンではあるが、計画人口に対して実態人口の把握が難しく、とりわけ四市に跨っていることと多摩ニュータウン区域が町丁目に合っていない区域設定であることなど、人口把握が難しい条件がさらに加わり正確な調査ができない状況がある。
こうした条件の中でも東京都南多摩保健所の人口動態調査は平成11年以降、住民基本台帳ベースでの多摩ニュータウンの人口調査を継続していることもありデータとして信頼できるものだと考えている。筆者も平成11年の国勢調査データに基づいて多摩ニュータウン区域の人口を集計して調査区が区域外と区域内に分かれるところは案分して、みた。
調査区毎に拾い出してみたその結果は一九万六100人と言う数字で南多摩保健所が平成一三年一月一日現在の住民基本台帳調べの一九万六五八八人とほぼ同様な数字なので概ね正しい数字だと考えている。
ただ、多摩ニュータウンは学生も多いので、住民票をベースとした住民基本台帳と実態ベースの国勢調査では実態の方が多く出るという特徴もあるのだが一概ねの数字はあっているという意味で正しいと考えられる多摩ニュータウンの人口把握は難しいが、計画人口はさらに曖昧なものになる。
また「計画人口と目標とする居住人口は違う」という説明や計画人口は修正したという経緯もぁり、その時の状況で動くのが計画である。多摩ニュータウンの場合も当初の計画人口三四万人は一世帯の人員が四人として積み上げられたもので、すでに世帯分離が進み出生率も史上最低を示す時代にはこの計画人口も当てにならないことになるでは本当の計画人口はどう考えれば良いのか。
計画人口は目標人口でもあり、施策的な誘導なども加えて決定するものだが、ここでは人口の実態をベースにして、現実に土地の残っている面積から戸数を推計して積み上げてみることにしよう。