課税価格の合計額

表示に係る建物の設計プランについて

また、子育てと高齢者は縁が深い。親世代が働い高齢者が子供を見守った歴史がある。ている間、その時、子供も親も高齢者も役割分担を例えれば昔の農家の姿をイメージすれば分かり易い。しかし、していたことになる。こうした環境は多摩ニュータウンには育っていないことが高齢者と子育て世帯の関係を判りにだから、くくしている。行政も高齢化対策と子育て支援とは別の取り組みになる。多摩ニュータウンの場合、一部の住宅に高齢者が集められている節がある。
古い公的賃貸住宅でも顕著だが、比較的住戸面積の広い分譲マンションなどでは、子育て期間を無理なく住み続けることができたことで高齢化が顕在化し始めている。家族四人で個室が持てほぼ,八五平方メートル以上の広さの住宅にる大きさ、それは3LDK以上の住宅であり、高齢化が集中している。高齢者が好んで入ったのではなく、いつの間にか高齢化してしまったというのが現実。

居心地が良いだけにみんなして高齢化してしまった結果、高齢者が目立つ団地になったという結末である建物はマッチ箱型の階段タイプでも南面三室の広い住宅であり、そこは、間口より奥行きの方が短い住戸プランは換気が容易で結露の発生も少ない快適な居住環境の住宅だ。だバブル景気にも踊らされず定住していたことが、からこそ、結果として集団で高齢化を迎える結果になってしまったのだ。
こうした住宅ストックは見方を変えれば子育て世帯には利用しやすい住宅である。だから売却してもある程度の資産評価はあるし、賃貸に出してその資産を活用した住み替えも容易である。
建築だけでなく不動産売買も一括で引き受けてもらうも家賃もある程度確保できるので、こうしたマッチ箱型の住棟が連続する団地は、初期の開発であるだけに容積率や建蔽率は余っていて、増築や建替も有利に組み立てられる団地であることが多い。おまけに建物の妻部には窓がない。そこで既存建物に隣接して増築することも支障がなく出来る場合がまた、多摩ニュータウンなどの場合は、ある。
幹線道路との段差を緩衝させる為に団地の周辺が斜面緑地で囲まれているケースが多く、こうした緑地の利用も建て増しをするための敷地として利用できるそこに団地管理組合が運営するバリアフリー賃貸住宅を作り、四階や五階に居住している高齢者世帯が団地内で住み替える住宅として利用すれば、同じコミュニティで住み続けることができる。

住民票(入居者全員·続柄)

空き家になった住まいは若い世代に賃貸して、その賃貸料を団地内賃貸住宅の家賃に回すという仕組み。さらに、その賃貸住宅にプレイルーム等を併設して学童サポートを入居者も支援すると言った、保育所を開設し、地域で相互に支える仕組みを作

れないだろうかというのが提案である。三世代が各々の役割を担ってきた村社会が嘗てあったが、こ寸仕組みさえ作れば多摩ニュタウンの中でそれが実現する可能性を持っている。とりわけ、高齢化した世帯の多い団地には、それが可能な資産と環境がある。
後はその仕組みを具体化する知恵があると良い。住みづらくなった住宅を若い世代に利用させ、高齢者はコミュニティが建設したバリアフリー賃貸住宅に移住する。
複数の管理組合が協働で建設する場合や単独の団地管理組合が建設する場合もある。ポイントは住み慣れた地域で、地域と関わりながら暮らし続けるこ管理組合が合意を取るのは難しいが、とである。
その気になりさえすれば何でも出来るのが大地主たる管理組合の力である

老人ホームと思われているが、家で死ぬ現在、高齢者の最後の住まいはことを「永山ハウスしたいと考えている。我々が取り組んでいる(仮称)」1階には台所と居間それを目指して生まれてから死ぬまでの過程の最期を家で迎えるという、いる。当たり前の幸せを実現させたいと願っている。その為には、医療や福祉、そして食を通しての健康管理は必要だから、建物の1階には高齢者の生活支援サービスを提供する施設と共に最期を看取るための医療拠点、健康を管理する食のサービス施設を併設させる予定だ。このように高齢者が安心して住み続けることが出来る所には若い世代も積極的に居住できる。
誰かが誰かの負担

になるのではなく、互いの不足を補う関係が生まれることが判っているからである。新婚世帯も子育て世帯も互いの持っているものを出し合うことで高齢者世帯との役割分担が可住み続けられる都市我々は多くのことを行政に委ねてきた。
道路整備から学校建設、公共施設整備や公営住宅づくりなど建設に係わること、そしてその維持管理や運営に係わることまで行政に委任とはいえ、してきたことを反省する時期に来ている。
ニュータウンの場合は都や公団といった事業者の方で基本的な施設の建設などは進めていたことから、地元行政は維持管理を引き受けて来たのだが、今後は市民が維持管理に手を出すことが必要になっている。誰かがやってくれるのを待つのではなく、自らが地域の維持管理に係わっていくことが必要になっている。
いわば、マンションの自主管理によく似ていて、住民の自主性が生かせる範囲で住民参加の機会を増やしていくことが望ましい姿になる。今後、高齢化は一層進み、就労人口の減少からニュータウンに流通する資金量は減少する。

土地のリース

その時に経済的な閉塞が発生しないように小さな資金の循環でも大切に扱い、それに蓄えた資金の循環を加えることで住み続けるための基本的な経済循環を促すようにすることが重要になる。生活に係わる資金はの他、医療や介護に係わる安心サービスや生き甲斐に繋がる文化活動や社会参加の費用といった生活関連費用が経済の循環として必要になるが、に関する費用が発生しない場合年金生活者の実態を見るとそこで今後の住み続けるための住宅づくりには、かなり経済的に安定すると考えられる。
に必要な資金を想定すると以下のようになる。
「維持管理を目的とした修繕のための費用」と「機能や性能住宅に最低限必要な資金はであるから、極論を言えば修繕費用として一五0円/平米、を向上させるための投資」更新費用として一五0円/平米、税金として一00円/平米、諸経費として一00円/平米の合計五00円/平米程度の家賃で住宅は利用できると考えられる。

つまり、五0平方メートルの住宅では家賃月額二万五千円、100平方メートルの住宅で五万円ということである。これさえあれば維持管理出来るのだから、原価償却の進んだ公的賃貸住宅などの家賃を減額すれば、多摩ニュータウンでの居住者の多くが無理なく豊かに生活が出来るようになる建物には償却という考え方がある。

建物を建て替える資金を準備するため、一定期間に投資した資金を回収して再投資の為に蓄えるという考え方である。この期間が現在、税法では木造二二年、木骨モルタル一10年、鉄骨造三四年、鉄筋コンクリート造四七年としている。つまり資産的には鉄筋コンクリートの建物だと四七年で資産価値がゼロ評価になる概ね償却期間が過ぎたら建替を考えることになるのがこれまでだったということである。
が、住宅が余り続ける時代には再投資は必要ない。今あるものを長く使い切ることがテーもちろん必要に応じて新規建設も必要になるだろう。マになる。
その場合には、当然のよただし、うに100年利用できるストックを建設する。むやみに建設するのではなく将来に向けて廃墟にならない地域に投資する。

形見分けの品を搬送これが住宅を社会資本として建設するためには欠かせない手続きである

多摩ニュータウンのマンションブームでは余り続ける住宅を整理することなく現在、新しい住宅供給が相次いでいる。こうした新規供給も今後は都市の資産として後世に継承されることになり、旧来の住宅ストックと共に長期活用可能なストックとして活用が行われるようになるだろう。
とりわけ公的賃貸住宅の空き家の活用を推進するため、さらなる家賃の改正が行われ周辺から人を呼び込むことが行われる事になり、こうして転入した世帯が蓄えられた持ち家ストックを購入するという住まいの循環が進んでいく。
多摩ニュータウンには時代に合わせた住宅資産があり、将来に渡って使い続けることが出来る耐震耐火の建物ストックが集積している。こうした都市の資産を活かして、それぞれの特徴を見定めて補填すべき施設や住まいを加え、各々を結びつける仕組みを与えることで住まいの循環をより安定したものにして、安心安全なまちが生まれると考えているこうした都市経営が住み続けられる都市には欠かせない。
その為には、都市の資産を活用する視点に立った居住者の意見が必要で、市民自らが都市経営に参加し意見を言い、責任を持つことが大切である。
生まれそして死ぬことコミュニティを作り育てることが今後の地域づくりであるならば、多摩ニュータウンが住み続けられる街として定住化社会を迎えるためには、生まれてから死ぬまでのライフブランを完結できる環境を整える必要がある。どこで生まれ、どこで育ちどのように育てられ、学び、遊ぶ場を持つか。働き、そして老いを迎えて死ぬという課程の中で、地域の仕組みが欠かせない。

ゆたかがおか

平成25年都市計画現況調査

これらは今でも緑豊かな団地として管理されており、隣棟間の芝生の管理も自主管理で、エンジン付きの芝刈り機の数は相当なもので、居住者が参加する緑地管理の日の活動風景は圧巻である。それだけ空閑地が多く日当たりの良い芝生の広場があるという意味で、緑の環境は豊かである。それに引き替え、最近の民間開発のマンションは高密度である。多摩ニュータウンでは開発に制限があり一概ね一五○パーセントでコントロールされているが、それでも建物の高さは超高層も現れている。三階建てもあるが二四階建てもあると言うように敷地の活用は多様である。
それが駅周辺や新住地区からはずれて区画整理地区になるとたちまち容積それが一戸当た率は増加して、容積制限の三00パーセントを目一杯使った計画になる。そのマンションの住戸数は約一七〇戸。り二七平方メートルのマンションになる。私の住む団地の住戸規模と変わらないコミュニティである。そこには緑の環境は殆ど無い。建物は一棟。管理組合は一つ。
管理会社が徹底した管理を約束してくれていて、平均的な管理費と修繕積立金を合わせると二万五千円ほど。おそらく一0年くらい経つと修繕積立金の見直しがあり、毎月、三万円を越える出費となろう。
さらに固定資産税と都市計画税が毎月一万五千円から11万円という所で、固定費が四万五千円から五万円の出費というそれに加えて住宅ローンとなると相当な支払いになるが、ことになる。
親の含み益を移転し管理費や修繕積立金はずっと続くコミュニティの結束は自らが困ってはじめて守りたいという意識が生まれたときから始10年ほど経ったあるマンションの管理組合の相談に乗っているのだが、まる。事はマン管理会社から管理費のアップと修繕積立ション管理費と修繕積立金の上昇から始まった。金の不足を告げられてから管理組合は動いた。管理費の上昇は窓口の管理体制の変更で対応するとともに、維持管理費は他から見積もりを取ることで、管理会社の見積もりを精査した。
そして使われていなかった機械式駐車場を解体して平置きに変更し、さらにマンション管理を多角的に見守ってくれる専門の管理者を委託して出費の必要な工事について徹底した相見積もりを実施した当然、管理組合は頻繁に議論して、ある時は紛糾したが、それでも住み続けることができるマンションになるためには議論は続けられ、結果として管理費も修繕積立金も上昇させずに継続して住み続けることができるようになった。

集中した議論の末に、人と人がコミュニケーションすることによって自主的な活動が生まれ、結果として経済効果のあるマンション管理ができることが始めて共通の認識になった。つまり顔の見えるコミュニティが問題を解決できる手段であることがわかったのだ。多摩ニュータウン内には民間マンションが急速に増えている。これらのマンションを管理するノウハウが今後も蓄積されることが必要である。

その為にも地域で支えるシステムが必要だ。先の管理組合の経験が有効なノウハウになる。地域に生まれたマンション管理のノウハウが新しいマンションに行かされるシステムが必要である。マンション管理に対して自治体も協力的である。相互に情報を提供し合うことで新たな展開は可能である。

家なんていらない

地こうしたコミュニティが生まれれば、その自主的な管理組合運営の実現は難しくない。

中層住宅にエレベーターを設置する多摩ニュータウンの集合住宅の九一パーセントが三階から五階建てのエレベーターのな外部とのバリアフリーが確保できない状況で、い住棟で占められている現状からすると、結局住み続けられないままでの高齢化対策になり、住戸内のみを改善しても、効果は半減多摩市では平成一四年三月策定の住宅マスタープランに基づき、する。

中層住宅のエレベーター設置に伴う設計費補助を打ち出した。二箇年ほど予算を計上したが、結局、申しやむなく提案を取り下げることとなった。込みはゼロ。そして多くの高齢者がエレベ多摩ニュータウンの高齢化は待ったなしでやってくる。

ターのない中層住宅で居住している実態を考えるとエレベーター設置は的を射た施策ではあったのだが、実態は殆どが階段タイプの住棟であり、エレベーター設置の効果が余りにも効率が悪いこと、団地管理組合という性質上、増設に伴う合意形成が難しいこと、そして法的に増設するための手続きやその為に影響を受けることが多いことなど、実施に向けてのハードルが高いことが普及しなかった理由である。

本件建物しかし、これらのことはよくよく考えれば解ったはず。エレベーター設置が現実的ではないので事業としては取り下げられたが、現状のまま放住み続けられなくなること必至である。
置すると必然的に高齢化は進み、人口の移動状況を分析すると高齢者及び予備軍のこうした住宅からの転出が盛んに行われていて、団塊世代を含む高齢期を迎える前の世代がバリアフリー住宅を求めて移動していることがわかる(一五)老後の不安を解消するために転出している現実があることを自治体は密かにほくそ笑んでいるのではないかと勘ぐってしまうが、退職金を受け取る前の資金力のある団塊世代を転出させているのも事実で、総体的に考えて市の財政にメリットがある世代をみすみす失っているようにも見える。
現在の高齢者の多くは裕福な資金を持った世帯であり、団塊世代も今後退職金の一時金や貯蓄もある世代である。こうした裕福な世帯の転出を誘導するような施策を展開しているのが多摩市の現実である。今転居できる世帯は資金力のある世帯であり、都心のマンションや多摩ニュータウン近辺に新規供給されるマンションに転出している状況は容易に推察することができる。

多摩ニュータウンの住宅·市街地

資金力もなく結果として移動が出来ず残されている市民も居るので、こうした移動の発生が高齢福祉の必要性を迫られる市政の中で、市の財政に有利に働〈とは考えにくい。むしろ、税での支援が必要な高齢者を増加させているのではないかと気になる実態である。思うのは私だけなのか、多摩市で今後進めなければならない施策は、住み続けられない住まいに困り果てて、やむを得ず住み移らなければならないと思っている高齢者世帯等を地域に定住させることであり、より豊かな生活環境を提案して住み続けてもらうことが重要である。
急ピッチの高齢化が危惧されていて、世代交代を促したいという意識も生まれるとは思うが、実態としては自力でカバー出来る経済力のある世帯を転出させ、住宅ローンを抱え子育て支援を受けなければ共働きできない借金世帯を増加させている事に他ならない。こうした若い世代その時はさらに高齢者が増えるのだから結局は問題の先送りでありも何れは高齢化し、無責任な対応であると思われる。

市民サービスの基本は高齢者本人への思いやりであり、住みたいところに住んで、健康で生き続けるための場の提供と暮らしのサービスを提供できる環境作りを推進することが行政としてのまともな考え方である。

建築だけでなく不動産売買も一括で引き受けてもらう少しでも高齢者の転出を抑制し、元気な高齢者が楽介護保険に頼らない生活の場を演出する。しく生活できる場を増やし、その上で若年世帯の転入を増加させるよう誘導することが必要である。若い世代も高齢者が安心して豊かに安心して集結する。居住している場所には魅力を感じ、高齢化は全国どこにでも起こる現象である。その中で多摩ニュータウンだけが回避しようなんて考えるのは不公平だし、利己主義そのものである。結局は生活者にとっては幸せになれない、偏ったコミュニティを形成してしまう結果になる。
世代を越えて共生できる環境こそ、これからの理想的なまちなのであるところで、エレベーターの設置についての施策であるが、一度始めた施策を取り下げる結果になったが、多摩ニュータウン内にはエレベーターを設置するのに効果的なマンションも見つけだせば少なからずあるはず。行政施策は補助などの予算をつけ、広報して知らしめることで行政施策として全うしたと思っているが、補助なしの支援施策も有効な手段となる。
写真の団地は多摩ニュータウン開発初期、昭和四八年入居の1棟からなる分譲マ

ンションで、敷地の高低差を利用して三階が玄関の七階建てのマンションだ。
中間階にアブローチするので、エレベーター設置のない建物として建設された廊下タイプの住棟であこのマンションにエレベーターを設置することの効果は、階段型の住棟にエレベーターを設置するより数段の経済効果や居住環境の向上を図ることが可能で、行政が積極的な支援に乗り出すことで効果的な成果が期待できるはず。

同族会社を設立(すでに同族会社がある場合は

緊張して怖い

パリも同様で、社会資産としての都市住宅の蓄積が使われているからこそ都心の活性化が保たれる。それに対して東京の土地利用は低密度で、唯一のチャンスであった戦災復興も大規模な土地活用計画の実施には及ばず、農地解放や小規模宅地の優遇措置などで、小規模地主の経済活動を優先してきた。だから、土地をまとめて再開発するマンション利用などの共同化、不燃化の動きは鈍く、土地の細分化が優先される宅地分譲に終始し、建物も木造の簡易な建物を誘導し短期間での更新を余儀なくさせた。
結果として都市基盤を形成するような土地利用は進まず、良質な都心居住を支える環境整備は整わなかったという歴史があるそんな中で、国は今になって都心居住をもてはやしてはいるが、全て都心部にある工場跡地など企業用地の活用や、公的資金を投入した再開発による住宅供給しか方法がなく、結果として高額なマンションとして新規供給する住宅でしかないのが現実である。

これではとても都心の居住密度を上げることは出来ないし、普通の人が定住することによる効果が出るまでには時間が掛かりすぎるしかし、相変わらず第六次マンションブームは続いているが、都心部の住宅投資はそろそろ終焉を迎えそうだと耳にする。とりわけ都心でのファンド系の動きが収まりつつあるということから、都心回帰の動きも安定期に入る予兆がある。

こうした動きは多摩ニュタウンにおいても完成後の売れ残り物件が出始めており、供給はすでに過剰気味であるようだ。三〇歳代後半から四0歳代前半の住宅取得熱はバブルの勢いを彷彿とさせるほど熱かったが、そろそろ金利上昇や税の優遇措置の廃止など、購入意欲をそぐような状況もあ

り、買い一辺倒だったマンション供給にも息切れ感がしてきた。

遺産分割の方法による節税対策(相続開始後の対策)買えるから買うという短絡的な発想で、家賃より安いローン支払額が将来の不動産価値や人生設計を左右させることを安易に決めてしまうような買い物がまかり通ってきた人生の最大の借金を抱えて、最大の家族人員に合わせた住宅規模を購入する。長期ローン低金利「万がを組んでしまう。という悪魔のささやきに、1抹の不安を抱きながらも、一の場合は親の資産が……」。パラサイトの甘えは根底に潜んでいて、無理を承知でよりよい住宅に夢を託す買い方がまかり通っていた。
耐震偽装もこうした購買意欲を失わせるものではあったが、すでに団塊ジュニア層の住宅も含めて住まいのニーズは満足されたのだと判断している今後はゆっくりと引き潮の時代が始まっていくことになるが、新耐震以降の長期活用可能な共同住宅が、未来の都市の資産として活用されることになることで、将来の豊かな居住を約束しているものだということを改めて理解して、長期に渡る都市経営のありかたを考えることをしよう。
われわれは漸く都市の住宅ストックを前提にした都市再生の起点に立っているのだ。とりわけニュータウン開発という都市資産形成の為に大量の資金投入を受けて出来あがった都市基盤を受け継いでいくことができるのだから、このチャンスをものにすることは今を生きる者の義務とも言える。

短期譲渡所得

住宅ローンの怖い金利国の貯蓄動向調査では、毎年のように三〇歳代後半から四〇歳代前半の住宅宅地に対する負債が増大していることを教えてくれる。本来、家族の成長に会わせた住宅取得が平均同一世代の住宅ローンなどの借財は同一であるはず。しかし、的に行われるならば、実態はここ10年くらいで住宅などの負債が倍増しているのだ。
つまり住宅を初めて取得する一次取得世代の若返り化や借家よりは持ち家という志向の高まりが原因で、団塊ジュニア世代も含めた住宅取得年齢の拡大が背景にあるようだバブル経済の崩壊により負債を抱えた銀行をそれに加えて住宅取得金利の低下があり、救済すべく長期に渡るゼロ金利を続けた結果、借りやすい環境も生み出すことになった。

バブル経済は不動産バブルの負債を結果的に銀行に集約した格好になったが、銀行は基本的には利ざやで稼ぐ商売だから、その負債を取り戻すためには確実な借り手を捜さなければならない。そこで白羽の矢を立てたのが若くて返済能力のある住宅一次住宅取得層だった。

住宅団地国も事態を改善するためにと、とにかく銀行の支出である預貯金金利を抑え、さらに貸しやすくするために徹底した低金利政策をとり、借り手のいなくなった銀行を守ろうと必死になる。市場には低金利が次第に浸生前贈与の税の緩和措置、住宅取得控除の継続、透してきて、これまで見向きもしなかった個人向け住宅ローンを都市銀行が奪い合うようになった。住宅金融公庫からの借り換えの動きも激しくなり、低金利政策の結果で唯一庶民の住宅取得の手段だった住宅金融公庫の陰も薄くなり、平成一九年四月、金融公庫は独立行政法人住宅金融支援機構として改組し第一線の個人融資から手を引いた。

住宅融資が民間の手に渡ると、金融機関は毎月の支払いが少ない低金利の変動型の長期ローンを推奨することになる。銀行にとっては長期にわたって収益を確保し、収益を最大にするためには長期ローンに限る預貯金金利が殆どゼロである中で、確実に収入が見込める住宅ローンのお客様は上客である。
返済が滞って保証協会が返済額をも確保してくれるし、万一の団体顧客の死亡などにも生命保険は返済を保証してくれているのだから、銀行にとって絶好のお客様ということになる。

悠々白適

住宅金融公庫時代は抽選に選ばれなれれば融資が受けられなかったし、住宅の性能を確保するための公的な現場検査も義務づけられていた。しかし、民間融資には融資基準はあるものの中間検査などの資産価値を確保する方策はない。これは融資の考え方が変わったということに尽きる。現在の住宅取得の為の融資は個人への融資であり、建物の価値を担保にした融資ではない。だから建物の質は特に評価しなくても融資は成立する。どのような仕様で建築されようが、建物の価値を評価するのではなく、個人の返済能力を審査するシステムである。
本来、資産に対して設定される抵当権せいぜい購入価格の六割くらいが相当額だが、現実には100パーセントの融資が可は、能な状況である。これは、保険制度に支えられた融資システムによって作られた持ち家誘導政策に他ならない。だから、万が一破産しても建物だけでは返済ができない現実がある。唯一、返済が可能な方法は購入者が自殺するしかないという状況は悲しい。
民間ディベロッパーによる大量の新規住宅供給が展開され多摩ニュータウンにも現在、ている。
内容的に一次取得層と二次取得層に購入層が分かれる物件が供給されているが低価格を全面に出しているマンションは買いやすい価格に設定され、「家賃で払えるロがセールストークになっている。夢を抱いて住宅購入している世帯に水を差すのも気ン」の毒だが、住宅ローンには危険が孕んでいることを知ってもらいたいと思うのは、多摩ニュータウンで豊かに住み続ける方法を伝授したいからに他ならない。

都市と空き家事情今や住宅購入者の感覚は、ローンの額を家賃と同じと考えているようだ。
生涯、同額の家賃を払って行くと考えると同じであるが住宅ローンと家賃とは基本的な違いがあり、住宅ローンの場合は、一旦買ってしまうと家族の成長変化に住み替えなどで対応できないこ家賃より安いとを覚悟しなければならない。
遺産分割の方法による節税対策(相続開始後の対策)が住宅購入動機の大きな要因だし、売り手側もそれを強調する。「住宅販売会社では最長のローンを勧めますが、私は最短の期間を選ぶことをお奨めします。」が友人のファインナンシャルプランナー(FP)誠氏の言。長期になればなるほど金利分が増えるだけで払いやすさは生涯支払額を増額させるだけ、銀行の経営を助けるだけという意識が欲しい。そして、長期になればなるほど予測のつかない約束をしているようなものであることを知らなければならない。
平成一五年10月に五年ごとの全国調査である住宅·土地統計調査が実施され、平成一七年に結果が発表された。全国で住宅総数に対して111.11パーセントのその結果、空き家があると言う報告だった。それは世帯数に対しては一四パーセントほどになり、さらに増える傾向が続いている。
こうした空き家の発生は、これまで地方の過疎地に発生す

る空き家が問題になっていたが、今の空き家は都市部の空き家であり、あなたの隣近所の空き家が増加しているのである。
10軒に1軒以上が空き家になっている状況は、世界的に見ても尋常ではない。その空き家がどこに集中しているのかを紐解くのにデータでは、架空の話をしていても真実味が伝わってこないので、は語ってくれる。東京を中心とした七〇キロメートルの空き家状況についてのデータで見てみよう。
ちなみに多摩ニュータウンは二0-三0キロメートルの位置になる結論から言うと、都心部は都心回帰で空き家が少なくなったが、東京から一0S二〇キロメートル付近に集中している。
グラフで示した空き家の総数が飛び抜けて多いのが一OS一10キロメートル圏である。かなり市街地として高密度で、ゴミゴミしている密集地も多い。

日本のニュータウンを知る

贈与契約書さえあれば

こうした状況の中で、あなたはどちらを選びますか

団地·マンションの管理経費多摩ニュータウンでは11000年を境に民間マンション供給が主流になり管理経費のあり方も変化している。公的分譲団地の管理では、管理会社は入るものの,自主管理的な色彩が強く、九とりわけ!0年代の団地では管理会社組織も充実していなかったことから、全くの自主管理という管理組合もある程、マンション管理は居住者に任されていた。
会計や出納の業務から窓ロの設営など、一般的には管理会社に依託する部分まで管理組合が行っている組織もぁマンションがまだ日本にり、定着していない頃に生まれた管理組合の苦労が見て取れる。
一九八○年代に入ると管理組織も育成されてきて、民間の管理会社が育ってくる。
預金と借金の両建てそして管理組合運営も管理会社のノウハウを利用した維持管理体制が定着した

当時の都市住宅整備公団が分譲した団地では、公団の100パーセント出資の日本総合住生活株式会社旧団地サービスが管理会社を担い、マンション管理に関する業務を代行することになる。とりわけ管理費や修繕積立金を扱う会計や出納業務については専門性の他、信用が評価され管理会社として定着することになった。
こうした状況を経て二000年以降、民間のマンション供給が主流になると、必然的に管理会社も関連した民間会社が採用折からマンされることになる。
ション管理の法律として一100「マンションの管理の適一年にが施正化の推進に関する法律」「区行され、その基本法である分所有法」も翌年の一10011年に改正され、マンション管理が業務として法的にも位置づけらこれによりますます民間の管理会社のサービスも向上し、れた。
大規模分譲マンションなどではホテルのフロントをイメージするような管理サービスも登場し、マンションライフを快適にする新たなマンション管理のあり方が生まれ始めた。こうしたサービスの提供はマンション購入者にとっては心地よい安心に繋がり、とりわけ大規模マンションでのサービス施設は充実していくことになる。
単なる集会室ではないパーティルームやシアタールーム、子育て支援のキッズルームや小規模だがコンビニエンスストアを備えたフロントなど多様な居住者サービスを提供するマンション管理のあり方が示されてきた。

それならM

こうしたサービスの提供はマンション販売には欠かせないものとなり大規模マンションだからこそ出来るものとして新たな購入者を集めていった。マンション管理に対するサービスが濃厚であるほど管理費は増加することは必然だが全てが民間のマンション管理となった現在では初期の団地のように自主管理を発意する管理組合はいない。必ずマンション販売に対して管理会社が決められ、管理費と修繕積立金を設定し、さらに当面の修繕や管理を遂行するのに必要な一時金である基金まで販売時に確保するシステムが定着した。
管理会社としては労せず管理ビジネスを展開する費用を確保している格好で、資金計画を心配しないマンション管理事業を始めることが可能になる。だからマンション販売会社とマンション管理会社は関連会社であることが当然のように多

ここでマンション管理費の実態を見てみよう。まずは管理組合の規模による管理費の差は意外に少ない。

クレープ多摩ニュータウン内の管理組合を調査してみると五0戸以下のマンションも三00戸の団地も管理費用は変わらない。しかし、個々の状況を比較すると一平方メトルあたり五0円から二00円の開きがあり、00平方メートルの住戸であれば五千円と11万円の開きになる。それを年代別に見てみると自主管理である一九七○年代の物件の管理費は低く抑えバブル経られているが、済崩壊以降の管理費が増大し再び安定して行った経緯が明らかになっている。
このようにマンショマンションが大規模になればなるほど戸当たりの管理費は減少すン管理費を見てくると、る傾向が見えてくる。具体的には概ね一平方メートルあたり一五0円が落ち着くところと思われることから、管理戸数が多いほど、管理費総額は増額し管理会社の経営には有利に働くことになる。

私が住む約一五0戸の団地では管理費六千円と修繕積立金一·四万円で、固定資産税等の支出も加えるとの合計は約三万円で、年間三六万円、一〇年間で三六0万円今後二五年生きるとして九00万円の支出となる。
年金生活の身には毎月三万円の支出は大きく、生涯の支払額としては大きすぎる金額である。少しでも倹約したいと考えるのが高齢化を迎える庶民の考え方であり、積極的に自主管理を進める動きを醸成したい。
幸い、我が団地は居住者がボランタリーに自主的な管理を行うグループが生まれ活動していることから、次第に管理費も低減できる環境が整いつつある。

引き取れない……

こうした動きが高齢化しても住み続けられる団地を造定住化が進む環境を作りりだし、多摩ニュータウン初期のマンションは五〇円/平米だったものが最近は一五0円/平米と三倍に跳ね上がっている。エレベーターがついたことで経費は上昇するものの、節約の方法はある。エレベーターの管理会社を変え、清掃会社を変える。排水管の清掃を11年に一度にし植栽管理を自主的に行うなど、管理費用を低減する方法はたくさんある。公団や公社が分譲した団地では、良い意味で自主管理が行われていて、民間マンションのような至れり尽くせりのサービスはないが、管理費も少なくなると言う傾向がある。
マンション積極的に管理組合での自主管理を推奨したい。管理は難しいものではないので、マンションの価値観が変わる殆どの人が日本の人口が減少することを認識している時代が来ている。やがて世帯数がバブル経済崩壊以降、第六次マンションブームが続い減少し始めると住宅が余り始める。ていて住宅建設のスピードは止まることを知らないが、一方で空き家数は増加の一途をこれも多摩ニュータウンの場合、辿っている。

都や都市機構の未利用地処分や銀行や企業の負債対象の土地処分が終わると同時にマンションブームも終わりを告げるが、建設された住宅ストックを巡って、その利用に関心が持たれる時代がやって来る。現状の建設ラッシュから推して、世帯数に対して一四パーセント余りの空き家がある現状から察すると、さらに世帯数がピークを迎える二〇一二年近辺では、空き家率はさらに延び、その後一転して世帯数の減少が始ほるのだ。
一五パーセントを越えると思われる。

世帯数の減少は人口減少が始まっても世帯分離が続くことでしばらくは顕在化しないが世帯人員の減少が安定し始めると、世帯数の減少は人口減少と同様に顕在化することになる。従って、その後の空き家は急ピッチで増加することになる。
おそらく、二〇二〇年頃には空き家が二〇パーセントを越えるのではないかと思われる住宅の維持管理は経費のかかるもので、使われなくなった住宅は朽ち果てるまま放置されることが多くなる。
贈与契約書の例管理しきれなくなった空き家には不法侵入が発生するし放火などで火災の発生の危険度も増すであろう。また、利用されなくなった建物は解体しても、その後に建物は建たず敷地は空き地のままで残されていく。住宅地はまるで実の抜けたトウモ所々歯抜けの状況が広がってくる。ロコシのように、これは今後起こりうる郊外のニュタウンの姿でもある。これをマンションに例えるとさらに恐ろしい状況が発生する。空き家になっても持ち主はマンション管理費と修繕積立金を義務づけられる。
建物の維持管理費用はマンションが存続する限り継続的に発生する。居住しているマンションでなければ、管理は基本的に人任せにならざるを得ないから、リゾートマンションとよく似た構造になる。従って管理費は安くはならないし自分の努力でカバーすることもできない。
所有しているだけで管理費賃貸活用するか売却するしかないのだが、空き家が増加しているマに耐えられない人は、ンションの中古価格は下がり続けて買い手がいないだろうし、賃貸利用者も空き家の多い物騒なマンションは借りない。

信頼できる

地価公示価格

そんな市街地に空き家が集約していることになる。市街地は同心円的に広がっているのだから10キロメートルで区切った場合、郊外に行くに従って空き家は拡散しており、いかに空き家の絶対数が一OS二〇キロメートルに集中しているかがわかる。そこは環状七号線から10キロメートルという圏内である。いわゆる密集住宅市街地の集中しているところで、都市再生の重点的なエリアでもある。都市の開発状況とも相関する。
空き家の動きは、都心回帰が進む中央区では平成一0年に空き家密度が八七一戸/平方キロメートルだったものが五年後の平成一五年には五二五戸/平方キロメートルに減少していて、空き家率も1111.九パーセントから10.0パセントに激減した。これは新規供給のみならず既存空き住戸が埋まったことによる変化であり、見事な都心回帰と言うことが出来よう。
空き家を減らし居住者を増やしたということにおいては確実に地域の活性化を招いたと言える。一方、台東区の場合を見てみよう。同様に空き家密度が一0七0戸/平方キロメートルから一五七四戸¥平方キロメートルになり、空き家率が1111.八パーセントから一六·八パーセントに動いた。
住宅に居住する世帯数も一万五千世帯ほど増加しており、マンションラッシュに転入世帯が負いつかない状態。供給過剰の状況になっていることがわかる。もう一つ特徴的な所に豊島区がある。

1階には台所と居間空き家密度は多少減少したものの一七二九戸/平方キロメートルが一五四七戸¥平方キロメートルと高水準を保ち、空き家率も一四·八パーセントが一二·九パーセントと少し減少するに止まっている。世帯数も六千世帯ほど増えているので、構造的に空き家が多いという特徴を持っていることになる

アパートなどの空き家が多い。もともと賃貸住宅の多い空き家は殆ど賃貸用の住宅で、今後、地区でもあるが、その数は増えたり減ったりと地区によって特徴が出る。
こうした世界の都市の趨勢を見ればその現象が何をもたらすか空き家の問題がどのようになるか、次第に空き家が増えることで治安が悪化し居悪くすれば地域の崩壊に繋がる。
は明白で、次第に悪循環住者が次第に減ってくることが、さらに空き家を生みスラム化を助長する。銃社会のアメリカほど危険ではが起こり最後には住めない町になる可能性を持っている。ないが、犯罪は多発するだろうし賃貸経営も続かなくなるだろう。ここには二つのシもう一つの危険な市街地が五0キロメートル以遠に広がる市街地だ。平たつは旧来からの駅を中心とした市街地を形成していた商業集積地、ナリオがある。
1居住者が自動車利用を前提とした生活になったことで駅前く言えば地方の商店街である。幹線道路沿いに展開する量販店に客を奪われている状況がある。幸,の商店街を利用しないで、従業員のアパートもあった市街地は次第かつては商店がある所に併設する住宅があった。

創業30年感謝の会

殆どが無駄各地で商業活性化のてこ入れをしているが、にシャッター通りとなっている。衰退に向かう流れは仕方ない事であるように思う。骨である。

二つめのシナリオは、郊外に展開したニュータウンである。都心部への通勤を前提としそしてバブル期に郊外に広がりすぎた。たニュータウンの拡大はオイルショック前に、今、そのニュータウンが存亡の時を迎えている。
都心回帰は郊外の地価の下落を生み、都市に人口が集中するとともに地価は下落していくことを考えると、郊外に居を求めて移住した人の多くは再び都心には戻れない状況に陥る。
少なくとも多くのローンを抱えたままの転資産価値も低迷している中での移住は難しい。しかし、売は困難だし、一部の裕福な世帯のみが都心回帰を図る。グラフは郊外の空き家率の増加を示していて、これも年々増加している見渡せば空き家だらけのニュータウンで誰が住むのだろう。
多摩ニュータウンがどうなるかは軽々にいえないが、多摩ニュータウンの中でも選別が生まれることは確かで、人のいなくなる所と人の集まるところがはっきりと現れるはず。それが10年後なのか三0年後なのか予測するのは難しいが、問題の発生を野放しにすれば、衰退は確実にやってくる。
マンションブームの余波を受けて比較的新しい都市機構の賃貸住宅や公社の特定優現在、良賃貸住宅に相当空き家が発生しているが、こうした空き家状態が続くと安全安心な環境は維持できず、居住の継続すらままならない状況になる可能性もある。
三大規模開発の不幸土地利用計画がまちを滅ぼす首都圏二○y三0キロメートルの多摩ニュータウンは現段階で大雑把に見ると、家賃さえ市場に対応させていれば空き家の発生で恐れることは無いと見える。しかし多摩ニュタウンの土地利用は住区を単位とした大規模なブロックに区分されているので、そのブロック毎に土地利用が制限され市街地の栄枯盛衰が決まってしまうことがある。

建築だけでなく不動産売買も一括で引き受けてもらうつまり大規模な賃貸住宅エリアや分譲マンションエリア、そして戸建て住宅などの土地利用の違いがブロック単位で構成されていることによって、市街地の活用範囲が限定され、時代の要請に街が追随できないと言う理由で時代に取り残される市街地となってしまうことがあ多摩ニュータウン初期に供給された一五00戸もの一団の都営住宅公営住宅の塊の賃貸住宅のエリア、三八00戸もの都市機構そして六四0戸と八八0戸の分旧公団昭和四七年から五一年までに建設された住宅が集中している諏訪永山地讓団地の塊など、区の将来が気がかりだ。
まさに新住宅市街地開発法によって整備された計画市街地の姿である。それだけに市場原理から取り残された利用されない商業施設や廃校になった校舎など、当初の目的をすでに終えた施設が余っている。基本的に修復型の再生計画でなければならないと考えてこうした団地や施設の再生は、いる。

すでに三五年もの間、住み続けている人々を含めて、永住できる安心があることが全てを建て替えることが、経済的に有利だとする意見もあるようだがまちの姿である。経済活動を優先する為に個人の生活が犠牲になることがあるとすれば、それは多数決の暴白か黒か白も黒も力である。

別の論点

土地利用計画はではなく共存してこそ理想的な共生

が生まれる。まちづくりは排除の論理ではなく、共生の論理で遂行すべきものでなければならない。現在、六四〇戸の諏訪二丁目住宅で建替計画が進んでいる。住戸数が倍増する計画がされていて、地域に与えるインパクトは大きい。こうした事業がこれまでの不備だった土地地域にとってふさわしい事業になるためには多くの地域の意見を採り入れ利用を改め、ダイナミックに修復していく思想が必要になる。

とりわけ都市機構の賃貸住宅に隣接して一体的に開発された地区での建替であり、隣接敷地のみならず周辺の街路整備や土地利用を含めた将来的な計画を策定しながら建替計画が進むことが望まれるやりすぎた街区構成スーパーブロックで計画された多摩ニュータウンには不便なことが多々発生している。
とりわけ初期のスーパーブロックは区画整理区域が組み込まれていないために、土地の自由な利用が制限されていて、コンビニエンスストア1つ建てられない土地利用になっている。特にコンビニエンスストアは自動車利用を念頭に配置するため、沿道沿いの土地を確初期のスーパーブロックには土地利用計画が厳密に定められており保することが多いが、スーパーブロック内にあった一部のスーパ商店などを誘致できる土地は無い。
結局、マーケットが二四時間オープンの看板を上げた。幹線道路と居住地の高低差が大きいので、また、歩行者専用道路からバスの走る車道に降りるのに階段や長いスロープを利用するしかなく、バスに乗るのも不便だし車椅子だと電動車椅子でなければとても対応できない急勾配のスロープばかりがそこにはもう大変。

1階には台所と居間ある。当時は基準が緩やかだったのか、スロープでさえあれば自転車や乳母車などの移動には支障がないと思ったのか、若い子育て世代が集まった時代には、老々介護など想像だに出来なかったのだろう。子育て都市が多摩ニュータウンのイメージだったのだから致し今後はこの街で高齢者も生活していかなければならないことを念頭にす方ないとはいえ、ると改善は待ったなしだ。
時は今、高齢化が問題になり、バリアフリーにノーマライゼーションの言葉が世間の常識となり、今ではユニバーサル都市という概念を国は多摩ニュータウンに持ち込もうとしている。『ユニバーサルデザインの複合都市に1老朽化ニュータウンを再生へ国土交通のタイトルが二00五年のニュータウン再生の新テーマである。
ユニバーサルデザイ省』「障害者·高齢者·健常者の区別なしに、すべての人が使いやンそのものは辞書によるとすいように製品·建物·環境などをデザインすること。
一九七四年、アメリカのメースにとなっており、住みづらい状況を改善しようと言う試みは美しいよって提唱された概念」が国の計画にどこまで期待して良いのか結果を待ちたいものであるもし、多摩ニュータウンが時代を通じて使い続けられるユニバーサルデザインの街になるとすれば、今後も引き続き機能や性能の改善を通してリ·モデリングされるに違いない。