課税価格の合計額

及び本契約条項のいずれかに違反した時。

また、子育てと高齢者は縁が深い。親世代が働い高齢者が子供を見守った歴史がある。ている間、その時、子供も親も高齢者も役割分担を例えれば昔の農家の姿をイメージすれば分かり易い。しかし、していたことになる。こうした環境は多摩ニュータウンには育っていないことが高齢者と子育て世帯の関係を判りにだから、くくしている。行政も高齢化対策と子育て支援とは別の取り組みになる。多摩ニュータウンの場合、一部の住宅に高齢者が集められている節がある。
古い公的賃貸住宅でも顕著だが、比較的住戸面積の広い分譲マンションなどでは、子育て期間を無理なく住み続けることができたことで高齢化が顕在化し始めている。家族四人で個室が持てほぼ,八五平方メートル以上の広さの住宅にる大きさ、それは3LDK以上の住宅であり、高齢化が集中している。高齢者が好んで入ったのではなく、いつの間にか高齢化してしまったというのが現実。

居心地が良いだけにみんなして高齢化してしまった結果、高齢者が目立つ団地になったという結末である建物はマッチ箱型の階段タイプでも南面三室の広い住宅であり、そこは、間口より奥行きの方が短い住戸プランは換気が容易で結露の発生も少ない快適な居住環境の住宅だ。だバブル景気にも踊らされず定住していたことが、からこそ、結果として集団で高齢化を迎える結果になってしまったのだ。
こうした住宅ストックは見方を変えれば子育て世帯には利用しやすい住宅である。だから売却してもある程度の資産評価はあるし、賃貸に出してその資産を活用した住み替えも容易である。

も家賃もある程度確保できるので、こうしたマッチ箱型の住棟が連続する団地は、初期の開発であるだけに容積率や建蔽率は余っていて、増築や建替も有利に組み立てられる団地であることが多い。おまけに建物の妻部には窓がない。そこで既存建物に隣接して増築することも支障がなく出来る場合がまた、多摩ニュータウンなどの場合は、ある。
幹線道路との段差を緩衝させる為に団地の周辺が斜面緑地で囲まれているケースが多く、こうした緑地の利用も建て増しをするための敷地として利用できるそこに団地管理組合が運営するバリアフリー賃貸住宅を作り、四階や五階に居住している高齢者世帯が団地内で住み替える住宅として利用すれば、同じコミュニティで住み続けることができる。

親の含み益を移転し空き家になった住まいは若い世代に賃貸して、その賃貸料を団地内賃貸住宅の家賃に回すという仕組み。さらに、その賃貸住宅にプレイルーム等を併設して学童サポートを入居者も支援すると言った、保育所を開設し、地域で相互に支える仕組みを作

れないだろうかというのが提案である。三世代が各々の役割を担ってきた村社会が嘗てあったが、こ寸仕組みさえ作れば多摩ニュタウンの中でそれが実現する可能性を持っている。とりわけ、高齢化した世帯の多い団地には、それが可能な資産と環境がある。
後はその仕組みを具体化する知恵があると良い。住みづらくなった住宅を若い世代に利用させ、高齢者はコミュニティが建設したバリアフリー賃貸住宅に移住する。
複数の管理組合が協働で建設する場合や単独の団地管理組合が建設する場合もある。ポイントは住み慣れた地域で、地域と関わりながら暮らし続けるこ管理組合が合意を取るのは難しいが、とである。
その気になりさえすれば何でも出来るのが大地主たる管理組合の力である

老人ホームと思われているが、家で死ぬ現在、高齢者の最後の住まいはことを「永山ハウスしたいと考えている。我々が取り組んでいる(仮称)」
それを目指して生まれてから死ぬまでの過程の最期を家で迎えるという、いる。当たり前の幸せを実現させたいと願っている。その為には、医療や福祉、そして食を通しての健康管理は必要だから、建物の1階には高齢者の生活支援サービスを提供する施設と共に最期を看取るための医療拠点、健康を管理する食のサービス施設を併設させる予定だ。このように高齢者が安心して住み続けることが出来る所には若い世代も積極的に居住できる。
誰かが誰かの負担

になるのではなく、互いの不足を補う関係が生まれることが判っているからである。新婚世帯も子育て世帯も互いの持っているものを出し合うことで高齢者世帯との役割分担が可住み続けられる都市我々は多くのことを行政に委ねてきた。
道路整備から学校建設、公共施設整備や公営住宅づくりなど建設に係わること、そしてその維持管理や運営に係わることまで行政に委任とはいえ、してきたことを反省する時期に来ている。
ニュータウンの場合は都や公団といった事業者の方で基本的な施設の建設などは進めていたことから、地元行政は維持管理を引き受けて来たのだが、今後は市民が維持管理に手を出すことが必要になっている。誰かがやってくれるのを待つのではなく、自らが地域の維持管理に係わっていくことが必要になっている。
いわば、マンションの自主管理によく似ていて、住民の自主性が生かせる範囲で住民参加の機会を増やしていくことが望ましい姿になる。今後、高齢化は一層進み、就労人口の減少からニュータウンに流通する資金量は減少する。
土地のリース

表示に係る建物の設計プランについて

高齢者を呼び込むことになる
その時に経済的な閉塞が発生しないように小さな資金の循環でも大切に扱い、それに蓄えた資金の循環を加えることで住み続けるための基本的な経済循環を促すようにすることが重要になる。生活に係わる資金はの他、医療や介護に係わる安心サービスや生き甲斐に繋がる文化活動や社会参加の費用といった生活関連費用が経済の循環として必要になるが、に関する費用が発生しない場合年金生活者の実態を見るとそこで今後の住み続けるための住宅づくりには、かなり経済的に安定すると考えられる。
に必要な資金を想定すると以下のようになる。
「維持管理を目的とした修繕のための費用」と「機能や性能住宅に最低限必要な資金はであるから、極論を言えば修繕費用として一五0円/平米、を向上させるための投資」更新費用として一五0円/平米、税金として一00円/平米、諸経費として一00円/平米の合計五00円/平米程度の家賃で住宅は利用できると考えられる。

つまり、五0平方メートルの住宅では家賃月額二万五千円、100平方メートルの住宅で五万円ということである。これさえあれば維持管理出来るのだから、原価償却の進んだ公的賃貸住宅などの家賃を減額すれば、多摩ニュータウンでの居住者の多くが無理なく豊かに生活が出来るようになる建物には償却という考え方がある。

建物を建て替える資金を準備するため、一定期間に投資した資金を回収して再投資の為に蓄えるという考え方である。この期間が現在、税法では木造二二年、木骨モルタル一10年、鉄骨造三四年、鉄筋コンクリート造四七年としている。つまり資産的には鉄筋コンクリートの建物だと四七年で資産価値がゼロ評価になる概ね償却期間が過ぎたら建替を考えることになるのがこれまでだったということである。
が、住宅が余り続ける時代には再投資は必要ない。今あるものを長く使い切ることがテーもちろん必要に応じて新規建設も必要になるだろう。マになる。
その場合には、当然のよただし、うに100年利用できるストックを建設する。むやみに建設するのではなく将来に向けて廃墟にならない地域に投資する。

これが住宅を社会資本として建設するためには欠かせない手続きである

多摩ニュータウンのマンションブームでは余り続ける住宅を整理することなく現在、新しい住宅供給が相次いでいる。こうした新規供給も今後は都市の資産として後世に継承されることになり、旧来の住宅ストックと共に長期活用可能なストックとして活用が行われるようになるだろう。
とりわけ公的賃貸住宅の空き家の活用を推進するため、さらなる家賃の改正が行われ周辺から人を呼び込むことが行われる事になり、こうして転入した世帯が蓄えられた持ち家ストックを購入するという住まいの循環が進んでいく。
多摩ニュータウンには時代に合わせた住宅資産があり、将来に渡って使い続けることが出来る耐震耐火の建物ストックが集積している。こうした都市の資産を活かして、それぞれの特徴を見定めて補填すべき施設や住まいを加え、各々を結びつける仕組みを与えることで住まいの循環をより安定したものにして、安心安全なまちが生まれると考えているこうした都市経営が住み続けられる都市には欠かせない。
その為には、都市の資産を活用する視点に立った居住者の意見が必要で、市民自らが都市経営に参加し意見を言い、責任を持つことが大切である。
生まれそして死ぬことコミュニティを作り育てることが今後の地域づくりであるならば、多摩ニュータウンが住み続けられる街として定住化社会を迎えるためには、生まれてから死ぬまでのライフブランを完結できる環境を整える必要がある。どこで生まれ、どこで育ちどのように育てられ、学び、遊ぶ場を持つか。働き、そして老いを迎えて死ぬという課程の中で、地域の仕組みが欠かせない。

預金と借金の両建て産院、保育園、学校、公園、公民館、図書館、劇場、遊技場、温泉飲食店、マーケット、病院、寺院、斎場、墓地など多様な施設がそれを支える住まいにおいてもライフプランが必要で、住戸のあり方、成長変化に対応した居住の場の確保、多様な世帯のニーズに対応した住まいの提供などのストックが必要になる。また人が生まれ、学び、働き、そして憩うという生活行為の無理のない環境を創出する場作りが求められる。それに加えて、人が快く老いを迎え、そして死に向かうことが安心して出来る環境も大切な場作りで、死者を弔うことを含めて人が住み続けることに繋がる行為であることを忘れてはならない。
多摩ニュータウンでは、日本全体が少子化であるにも係わらず子育て世帯は多く、慢性的な保育施設の不足で保育環境整備が課題になっている状況があるし、両親が働く世帯が多く、学童保育などの不備も指摘されている。また、高齢化に対する対応としても増え続ける高齢者に対して施設整備の不足があり、老健施設などの民間施設建設が進めている状こうした環境整備により実態としての需要と供給のバランスが取れていること況である。
が望ましいのだが、計画が後追いになってしまうのはやむを得ないことでもある右肩上がりの日本では老人ホームなどの施設は姥捨て山的な扱いを受けていて、人里離隔離された歴史があった。

しかし、れた所に建設され、今では高齢化は特別なものではなく日常的なことであることを漸く理解するようになり、各地の利便な場所に高齢者施設が建設されるようになってきた。多摩ニュータウンでも初期の老人ホームや高齢者の専門病院などは山裾に隠れるように配置されたが、今では駅近くに、そしてまちなかに建設され他の施設からコンバージョンされたりと多様な施設が整備され始めているたり、

こうした環境が整備される中で、高齢者の生活にも決まり切った選択ではない生き方が生まれている。
社会的入院の反省から生まれた高齢者支援施設。
そして施設介護の反省から生まれた高齢者居住施設。さらに居住施設ではない住宅そのものが高齢者の終の棲家と「永山ハウスもそれだ。三0代の夫婦かして生まれ始めている。
私達の取り組む(仮称)」ら七〇代の単身高齢者までが一つの屋根で共生するコーポラティブ住宅。最後まで我が家で過ごすことが出来るよう、在宅ホスピスの支援も受けられる環境を作ることを企画して人はいつか死ぬ。
その時に病院のクダの付いた装置に繋がれて逝きたくはないというのが万人の偽らざる心境ではないか。私の両親もクダに繋がれて息を引き取った。その時はすでに周りの存在にすら気を配れない状況である。人は人とふれあっていないと生き甲斐も生きている実感も感じられない動物である。最後の瞬間は思いがけない覚醒を覚えるのが自然な人の死だと言うが、親族と親しい友人と別れの言葉を交わしてから永眠したいものだ。

住民票(入居者全員·続柄)

入居者募集

そんな死に様を理想としたい。「永山ハウスには人が生まれ死んでいく全(仮称)」ての生活が営まれていく。地域で守られ地域で死ぬことの選択を得たい。最後の瞬間に一人一人と別れを確かめてドイツ人の老後逝きたい。そうした死があることを(一九九一年法政大学出坂井洲二は教えてくれた。版)ドイツの老人ホームでは最後の時を老練な館長の采配で、親しい友人や親族とお別れをするという。
館長には死期が来た老人の最期を確信する能力があり一人一人を部屋に向かい入れ、お別れを促すというくだりが覚醒であった。日本では嘗てはあつたろう、こうした行為が今でも日常的に行われていることの驚きを感じたし、自宅で家族に見守られて死を迎えたときに、医者がいなかったが為に警察の検死を受けなければならないなど、不可思議なことも多い。死は厳粛なものでありたいと思う。
葬儀の煌びやかさや会葬者の数を競うよりも質素に弔う方法を導きたい。墓においてもそうで、子供のいない世帯も多くなった今、永代使用の墓も不必要であろう。
前述の書には墓を守る期間と面倒を見る人が定められた個人墓が普通であるドイツのシステムが紹介されている。

そろそろ日本にもこうした弔いの方法が合って良いと思う。マンション管理を見直す戸建て住宅とマンションの管理住宅ローンが終わっても、管理費や修繕積立金の支払いが税金のように続いていくのがマンションだから、戸建て住宅が良いと言う人もいる。しかし、私はマンションが割安だ理由は一つ。みんなで管理することが出来るからに他ならない。と考えている。一戸建ては、グレードを上げたければ必要なときに自分の都合で修理も修繕もできる。
費用を掛けて建物を立派にし、費用が無い場合はとりあえず見送ればいい。建物は1年や11年、いや五年や10年、手を加えなくてもそうは傷まない物である。だから、建物に手を加えなくても維持管理費用はかからないと思っている人は少なくない。それが大間違い

なのだ。とりわけ建物の維持管理は素人には難しい。
だから建築業者の言いなりにならざるを得ないし維持管理コストもマンションの倍は掛かるのが実態だまず管理すべき建物の外装部の負担割合だ。
戸建て住宅とマンションとの差は、マン五階建てだと五分の一だし、ションの屋根は数軒の共同になる。10階建てだと十分の一外壁にしても四周が囲まれている建物の二方向か三方向がマンションで、になる。戸建て住宅は必ず四方向が外壁だ。屋根と外壁の修理は定期的にやってくる。それはマンションでも戸建て住宅でも同じで、維持管理を怠っていると建物の耐用年数にも影響する。
私の居住する団地では11戸を1戸として建てた戸建て風二階建て住宅がある。
その外壁や屋根の修繕費用を中層団地の修繕の費用と比較すると概ね11倍の開きがある。
住民票(世帯全員)建物の仕様にも違いがあるが、戸当たりの負担面積などの差以外にも規模のメリットがマンション·五倍くらいの開きがある。にはあり、同じ外壁塗装の単価でも一それも戸建ての場合は所有者自らが見積もりを取り、自ら品質管理をしなければならず、十分なチェックは出来ない。しかしマンションの場合は専門家に委託して総合的な管理が可能だ。もちろん戸建て住宅の修繕でも専門家に依頼できるが、その費用も割高になる。一方、居住性能にも違いがあり、冬の暖房や夏の暑さ対策にもコストの係り方が相当違う。
寝室の温度は摂氏八度が戸建て住宅、一五度がマンションである。東京の冬の朝、嘘ではない。事実である。集まって住むことの意味はこうしたところにも跳ね返ってくる。日本の室温コントロールで最もコストを使うのが冬の寒さ対策。

風通しの良い建物を作るのが日本家屋の心得だとすれば、いや、当然、冬の寒さは厳しい物になる。最近流行の外断熱の住宅を購入したとしても、外周から冷える戸建て住宅の温度コントロールは大変コストがかかるそして最も大きく影響するのが、建物の耐用年数の違いである。一般的に鉄筋コンクリートで建てられるマンションの耐用年数が七0年で実態としても六〇年を越えるのに対して、戸建て住宅はその半分の三0年である。
建築コストは多少違っても耐用年数は半分だと言うことはトータル的には建設コストも維持管理も倍掛かるという計算になり、二掛ける二で四倍のコスト差があることになる世帯数の減少で住宅が余ってくる。今後、その時に住宅余剰は何処から始まるか興味がある。これまで言われていたのは過疎地の空き家の発生だったが、今後は都市部にも及んでくる。特に既存市街地で基盤整備が整っていない密集住宅地と言われる地区。
東京都心部でも10キロ圏では木賃アパートや狭小宅地が集中していて、道路も狭く震災などで一端火災が発生すると一面火の海になる可能性のある地区である。そこには次第に空き家が増加している(一六)。
その点、多摩ニュータウンは安全だ。隣棟間隔の充分取れた住棟の並び、火災が発生してもコンクリート住宅は類焼の恐れはない。たとえ震災に遭遇しても比較的古い地層に位置する地盤は震災の揺れを和らげる効果がある。

何よりコンクリート住宅は地震にも強い耐震偽装が社会問題化されているが、木造建築の耐震性は確認申請での構造計算の義務化がされていないことや、建物竣工時の役所による検査が確認申請の数の二割ほどであるという実態から耐震性の確保が疑問視されている。
社長の土地にA社名義の借地権が

遺産分割の方法による節税対策(相続開始後の対策)

1階には台所と居間

こうした状況を前提とした市民共生の取り組みができないものか、新たな広域連合の考え方を模索提案してみたい。二00六年には人口減少社会が始まり、九年ほど遅れて世帯数も減少し始めるが住宅の供給量は変化しないでそのまま増え続けるとどうなるのか。日本全体の住宅供給量の推移がこのまま続くと想定した場合、世帯数の増加が止まってからの空き家の数は急速に増加する。仮定ではあるが日本の住宅産業の生産スピドが落ちず世帯数が延びなければ空き家の数は約一五年間で倍増する。
当然、市場原理が現状の住宅バブルの勢いを思うと、働き、供給は抑制され需給バランスは保たれるが、今後の住宅需給環境が劇的に変化しなければ、柔軟にバランスを取ることができないことはまもなくある種の住宅バブル崩壊のような状況が来るように従って、容易に読みとれる。思えるのだ。

世帯数が増えなければ新規供給も必要なくなるのだが、日本の住宅産業の勢いは止まらないとすれば、その行き先はどうなるのか。
人口減少のない都心部では老朽家屋は整理され、再開発や密集住宅地の整序が進むと思われ、スクラップアンドビルトが続くだろう。人気がある一方、郊外の住宅地では新規分譲住宅に新規世帯が集中し、賃貸住宅市場が打撃を受け、未曾有の空き家を発生させる可能性が高い。
そしてさらに過疎地域や衰退する都市には空き家が急増してゴーストタウン化することも現実問題になるだろう。また住宅が飽和状態になると別荘のニーズが俄然出てくる。二地域居住などと国では提案しているが、豊かさの代名詞としての別荘族が増えてくると思われる。資金的にも時間的にも余裕のある世帯が顕在化すると、こうした世帯の別荘が生まれ始める。
国内だけではなく海外も含めてだが、西表島や竹富島に移住している人達も、こうしたニーズから生まれた現象かもしれない。

今後の都市の盛衰は統計からも明らかである。
国勢調査で都市規模別の人口推移を見ると人口一。0万人以上の大都市は今後も人口規模を拡大しそうだし人口一0万以上の都市も何とか維持できそうな気配である。

しかし人口が五万を切るとその推移は保証できず、将来的には人口規模を縮小せざるを得ない町も現れるだろう。盛んに行われている平成の大合併も、こうした小規模市町村を吸収して実態として消滅させる原因にもなり、統計の中からは消滅すこの場合、小都市はどうなるのか。どの様に対処すべきなのか。郊外に位置するニュ都市経営の舵取りは難しい。タウンも小都市の中に入るとすれば、ニュータウン衰退のシナリオまず人口が減少し始め、やがて世帯数も減り始めると、ニュータウンの衰退は、空き家の増加という形で顕在化する。
住まいの需要が供給を下回るようになると、次第に地価も建物の中古価格も下落する。売り手は早く売り抜けようとするが、買い手は少なくなり、たとえ買い手がいる場合も将来の値下がりを見定めつつ底値を待ち、希望に沿わなければそれがさらに価格を引き下げる要因になる。応札しない状況になる。

いわゆるデフレスパイラルの小地域版であるバブル経済が崩壊したときにも同様な状況に陥ったが、急落した地価で不良債権を抱えしかしこれからのデフレスパイラルは全国的てしまった日本経済は長期の不況に陥ったな人口減少に始まり、じわりじわりと世帯数の減少も始まって来るという、いわば真綿で首を絞められるようなゆっくりした下落なので、気づかずに過ぎていく可能性もあり、いつの間にか奈落に落ちているというように対応にも苦慮する状況である

これまで過疎地域で起こっていたこの現象は将来に渡って日本のどこにでも発生する。

さらに顕著に至る所で発生することになる。現象が様相を変えて、とりわけ地方都市の郊交通の不便地区はその対象になりやすい。なかでも一般に外部で発生する可能性は高く、都市の拡大に併せて人工的に、しかも山を切り開いたりニュータウンと呼ばれる地区は、都市拡大の勢いに無理をして開発した宅地だから、その利用価値が薄れ谷を埋めたりと、デフレスパイラルが発生する可能性が高い。
ると一挙に衰退の道へと進み、今のところ、こうしたデフレスパイラルに陥ったニュータウンを復活させるための救済少子化が進めばファミリー世帯用の住宅は余ってきて、子育ての為にわざわ方法はない。職場近くの住居が手にはいる可能性が高くなる。
また、遠距離通勤をすることなく、高齢化すれば小規模住宅のニーズも高くなり、老朽化していても家賃の安い賃貸住宅へのすでに当初の目的であった住宅ニーズが必然的に高くなると言うお粗末な現象も現れる。
余った住宅をどのように活用していくかが課題になる不足への対応は終了しているので、七00万人を擁する団塊世代にとっても、子育てと通勤の為の住宅利用は終了し、子供は自立し、世帯主は退職して通勤の義務もなくなる。

そうなればニュタウンに留ほる必然性もなく。後半の人生を南の島でリゾート地域に別宅を求め過ごすために住宅を売り、て年金生活を楽しむという選択をする人も現れる。第二の人生を営む場所が確定すればニュータウンの家や土地を売却して新しい人生に活かしたいと考えるのは当然であるといっても、その家を売りに出しても子育て世帯はさらに地価が下落し続ける。
なか買わないとすると、なか処分できない場合はそのまま維持することになる必要の無い場合は値を下げてでも売却することにが、こうして売買が成立するのだが、さらに地価がなる。下がり空き家が頻発するようになると、地区全体の資産価値の下落を誘発し売値は急速に減衰して行く。
海外の例のように悪くすればゼロ、さらには持参金付きで売却するという羽目にもなりかねない状況がこれからは起こる土地や建物には固定資産税が掛かり維持管理費が必空き家の維持管理はさらに費用が必要にな要である。り地価もゼロに近くなると、その費用を負担するのも有料で処分するゴミと同様な扱大変だ。
究極の先は、いになる可能性だってある。たとえ農地に再利用した一端宅地になった土地の課税基準は宅地のままであり、使わなくなった土地はとしても、建物は管理できなければ廃屋になり負担になる。農地だって耕さなければ土地は疲弊し、ニュータウンの未来の姿が此処にある。宅地は荒れ地になっていく。

地方都市の郊外に展開したニュータウンの多くはこうしたシナリオに行き着く可能性を秘めており、この呪縛に陥らないように地域で知恵を絞って難局に立ち向かうことになる。
家で死ぬ

遺言が見つからない

印鑑登録証明書
その時、ホットスポットになれるのかコールドスポットとして奈落の底に落ちるのかは、その地域に居住する住民の手腕にかかっている。国や行政の支援には限界があり、実質的に地域を変えるのは其処に責任を持って居住する住民に他ならないのだから……。今後の社会は地域間戦争の時代にはいる。魅力あるまちは生き残り、魅力のないまちは滅びる。魅力のないまちから魅力のあるまちへの人口移動が始まり、魅力あるまちは一層魅力に磨きをかける。それらは全て居住者のまちづくりへの取り組み次第で決まる。一か八かの挑戦でもある。
行政がテコ入れをして何とかなる時代ではない。すでに時代は居住者が運命を握っている。滅びるまちもあり、必ずしも努力してもだめな場合もある。それが地域間競争と言うものだ。あなたのまちが生き残れるかどうかは、やはりあなたに掛かっている。あなたの参加で、まちづくりは始まる。共に明日のまちづくりまち育てに真共にまちを育むことができるのだ。

剣に取り組むことで人の心を変え、|IO○七年問題「というと、暗い印象を持つものだが、問題」地方都市やニュータウンにとっては明るいテーマでもある。会社に時間を奪われていた人が地域に戻ることであり、高度成長期に都心に向かった世代がUJIターンをすることもあり、うまく回帰現象が進めば地域は潤う可能性がある。
高齢者を呼び込むことになる「将来の福祉に係わる費用が一面ではなどと否定的な見方も無いわけではないが、増大する」すでに地域へ戻る団塊世代の争奪戦が始まっている。

それも広域的に、ある意味ではグローバルに物事は動き始めている。

日本の地域間競争が始まっていることを端的に物語るのが二00七年に始まった団塊世代の争奪戦である「人口減少に悩む自治体は田舎暮らし体験ツアーや就業支援策を掲げ、移住による活性化をめざす。都市部でも技能を持つ退職者の再就職あっ緊縮型予算が目せんに力を入れる。

立つ中で、各自治体は約七00万人にのぼる団塊世代退職者争奪に知恵を絞る。として、朝日新聞紙上で都道府県の取り組みを紹介している。
まさに地域間競争の始まりである団塊世代の高齢化が自治体の財政を疲弊させることを恐れる行政もあるが、有り余る資力や経験や技術力を活かして地域を活性化させようと転入を招来する自治体も現れている。
一世帯当たり約二千万円の金融資産と居住する不動産を持つ世代である今後、定年退職を迎えて1ターンやUターンを期待する地方や海外諸国が、ゆとりのある世帯を中心に呼びニュータウンから寄せをする中で、有力な資産を移動させないためにも、また、ニュータウンに有能な人材と資力を取り戻すためにも、その地域力が試されるところでもある。

子供が巣立ち通勤も必要がなく一方、移動を意識する団塊世代側の考え方は多様で、なったとすれば、子育てと通勤の折り合いをつけて選んだニュータウンに未練はなく、新天地を求めて移住することは容易である。とりわけニュータウンは子育てと通勤に都合の良い環境が整えられている都市であり、居住者もその目的で移住して来る居住移民でもぁ転居に対する抵抗はない。

不動産処分についても、るので、多摩ニュータウンなどの場合は比較的中古物件もファミリー世帯には需要があるので、そこそこの価格で不動産を手放して夢のリゾート暮らしを始める世帯も登場する。そもそも血縁のない土地であり、定住他に住み良いところがあれば移住は簡単に行われるだろう。意識は希薄なはず。
子育てと通勤という拘束条件が無くなった糸の切れた凧は気の向くままに新たな人生を求めて歩き始めるに違いない。すでに、団塊世代よりも先に退職した昭和10年代世代には都心回帰や田舎暮らしを始める退職者が増えている。
中でも沖縄については転入に暖かく物価の安い住まい方を選ぶ移住が増えている。中にはよる人口増加が顕著であり、

フィリピンやマレーシアなどの東南アジアを始め、カナダ、ヨーロッパ、アメリカ、オストリアやニュージーランドなど、世界の国々への海外移住組も顕著に増加している。
今後、団塊世代の退職とともに顕在化するであろう新たな住処の選択は、それが社会的な制約に左右されない自由な選択になるだけに、その動きが今後の地域間競争のポイントになる。
ゆたかがおかとりわけ移住し易い集合住宅団地から住み替える団塊世代は急増すると思われるエレベーターのない環境の中では住み続けられないことは判っており、少なくともバリアフリー環境を求めて移住するという選択は現実的な転居の動機として多くの団塊世代が意識している問題である。そして漸く就労や子育てから開放されて、新たなライフスタイルに変えるという選択と、高齢化というライフステージに対応した住まいを獲得する為に積極的に住み替えを始めるに違いない。多摩ニュータウンの居住者に対するアンケートの多くが、今後とも住み続けたいという意識の高いことを結論づけているが、詳細を見ると非常に疑わしいものがある。
多摩市

の世論調査(一三)ずっと住み続けたい当分は住み続けたいではの八一·二と当分は住み続けたい当分定住派としているが、パーセントをとするの意味は深それは市外に転居したい理由として、通勤通学、生活環境、住宅事情、長である。

仕事の都合、近隣関係を理由として回答項目を作っているが、最も多かった選択肢はそのの三六·六パーセントであり、そこに転居の本当の理由が隠されているように思う。他当分は住み続けるが、子育てが終わり定年退職後には住み続ける理由がなくなるという状況の中で、今後の団塊世代の退職者達が多摩ニュータウンに住み続けるかどうかは、まさに多摩ニュータウンの魅力を団塊世代がどのように受け止めているかを現すこととなる通勤·通学が不便だから市外に転居したい理由の二番目は三五,七パーセントとなっており、続いて生活環境が良くないから一六·一パーセントの順になっている。
ニュータウン居住の団塊世代にとって、子育てと通勤が無くなった定年後は、こうした居にわかに団塊世代へのラブコールが始まっ住継続の理由は無くなっている。地方都市で、た中で、定年を迎える団塊世代がどのような行動を示すかは定かではないが、ゆとりのあ

る世帯のみが移住を考えニュータウンから離脱し、余裕のない世帯のみが残っていくという構図が生まれることも想像に難くなぃ。

こうした状況に対してニュータウンが今後も活力のある都市として存続するためには、豊かな世帯を逃さない魅力あるニュータウンに改善することが必要である。ニュータウンには退職者達が求める田舎暮らしに共通した要素も持っている。こうした魅力を積極的に活かして、地域に発信していくことが必要である。

行政の役割はアンケート結果を都合良くとらえて八割が定住派だとして解釈するのではなく、もしかすると四割が移住するかもしれないという危機感を持って、今後も住み続ける世帯を増やす努力をすることが大移住するか否かの選択はあくまでも自由な選択であり、団塊世代がニュータウ切である。

住まいの循環

ああ天国!天国!

ンとの関わりを継続させるかどうかは、地域の魅力づくりに掛かっているのだから。二地域居住国土交通省国土計画局総合計画課が「『二地域居住』の意義とそ一100五年三月二九日、の戦略的支援策の構想」について発表した。
都市住国土交通省によると二地域居住とは、民が、本人や家族のニーズ等に応じて、多様なライフスタイルを実現するための手段の一つとして、農山漁村等の同一地域において、三ヶ月程度、中長期一定期的·反復的に滞在すること等により、当該地域社会と一定の関係を持ちつつ、都市の住居に加えた生活拠点を持つこと』としており、郊外に住宅を確保して家族を住まわせ、都心に通勤地獄解『マルチハビテーション』田舎消のワンルームを確保するという嘗ての構想とは異なりを生活の中に捉えていることに違いがある暮らし

将来行いたいの内訳をみると、全回答者に占める割合で、まもなく始める予定実行予定分が0.七パーセント、制約はあるが行いたいが三·八パーセント、強志向分制約が解決されれば行いたいが三六·一パーセント』となっており、弱志向分実に半数が『二地域居住』に興味を抱いているということになる。

当分は住み続けたいこの結果と多摩市での居住継続のアンケート結果のという解答と組み合わせて考えると、かなりの数の『二地域居住』志向者が現れてくるように思われる。実際、身近な友人達がすでに『二地域居住』を始めていて、かく言う私も10年ほど前に山梨に土地を確保し小屋を建て始めており、世代に共通するニーズであると思われるしかし、現実には移動手段や日常の忙しさなどで利用する機会が少ないのも事実で、必ずしも『二地域居住』が的を射た方策であるとは思えない面もある。
今後、こうした傾向がニュータウンから多くの転出者を生むかどうかは未知数であるが国が言うように『二地域居住』が理想だとすれば、『都心』多摩ニュータウンをとして理解し『地方圏その他の市町村』を求める住み分けが生まれると考えることもできる。
またニュータウンそのものが都心と田舎の両方を持っているという考え方もでき、その場合は

敢えて11地域での無理な生活ではなく、田舎暮らしを味わえる都会としての暮らしが実現できるのではないかとも思う。というのも『二地域居住』は言い換えれば別荘保有と同様な状況であり、別荘管理の問題と同様な課題がある。

一般的に別荘を持ち、維持管理するよりも、既存の宿泊施設を利用した多様な選択のあるくらしの方が経済的であるということもあり、必ずしも三地域居住』が『二住宅居住』にはならないと言う背景もありそうだ。
建築だけでなく不動産売買も一括で引き受けてもらう加齢に伴う移動手段や11カ所の住宅の管理を考えると維持管理は容易ではなく、その都度、最適な宿を求めて気軽に旅行を楽しむ方がベストのようにも思えてくる。従って1カ所で地域の要素を持つニュータウン、『一粒で二度美味しい』「理想の居住要素を持つニュータウンは、本来のなのかもしれないとも思えてくる。地」多摩ニュータウンでは里山活動が盛んである。炭焼きや稲作が楽しめる場所やグループ活動がある。自宅から徒歩で山歩きできるコースが整備されているし、筍堀や山菜を摘むことも日常的にできる環境がある。
自家菜園を確保することも可能であり、悠々自適の生人々の本音は山奥で過ごしたいとは考えてなく、活を楽しむこともできる。実の所、そこそこ都市の利便性を享受しつつ田舎暮らしを楽しめれば良いと考えていると思う。ニュタウンはこうしたニーズに応える要素を潜在的に含んでいる。
とりわけ地方のニュータウンで転出が続き、空き家や空き地が散在する住宅地では、空き家や空き地を借用して野菜を栽培したり、多様な趣味の場として空き家を活用するなど使われなくなった資産を活用することで街を活性化することも可能である。

こうした余剰の土地や建物を有効に活用することができれば、地価の安いことを逆手に取った地域再生のメニューが出来上がる。定年を迎え、終の棲家を探し始める大都市の団塊世代の呼び寄せも可能だろうし、農地に隣接したニュータウンや里山を持つニュータウンでは晴耕雨読の人生がおくれるし、埋め立て地や沿岸の砂丘を開発したニュータウンであれば海浜のレクレーションを共通のキーワードとして人を呼ぶこともできる過疎化しつつあるニュータウンでも、その地にあった特徴のある個性を強調したそこだけのニュータウンとしてオリジナリティを高めることが新たな再生の方向を見ぃだすことになる。
『ナンバーワン』『オンリーワン』を見いだすまちづくりやはりではなくが必要で、過去を振り返るのではなく未来を呼び込む地域作りへの方向転換が求められている。こうした地域の意識改革により、そこに新たな居住スタイルが生まれ、新たな魅力と居住する楽しみや豊かさが発見でき、その街に住み続けたい、住み移りたいとする居住ニーズが育成されると考えている。

鉄道の延伸が間に合わず、道路整備も遅れ、最寄り駅まで四0分かけての通勤通学は苦痛だったに違いにない。ましてバスが終わってからは陸の孤島で、自主的にミニバスの運行も行ったと言うから、居住者の苦労は並大抵ではなかったろう。降雪時はなおさらで、定刻通りバスが来ない時には徒歩で山越えをしたという話は多くの方から耳にする。ニュータウン開発は計画側の苦労だけではなく生活者の下支えがあってこそ成り立つものである。

相当の地代

親の含み益を移転し

形見分けの品を搬送

その為の根拠として二00三年平成一五年では二0万人であり、さらに二00五年六月一二日の朝日新聞の情報から多摩ニュータウンの売れ残り土地面積が東京都10四ヘクタール、都市機構,四0ヘクタール合計二四四ヘクタール当たりということから推計すると、今後民間開発が主ということも考え、ヘクタール当たり100戸の住宅ができるとすれば二万四四00戸が供給できることになり、一世帯三人と計算すると七万三000人の増加が見込めることになる実際には未処分の土地が販売を完了するのはまだまだ先であり、それまでに少子化と世帯分離で人口減少が続くことが予測されるので、そのまま加算することはできないがの計算結果からすると計画人口三〇万というのも怪しく、八王子市の二八万というのも背伸びしている数字と言うことができよう。
このように人口に関する目標値が曖昧な状況で計画が進んできた多摩ニュータウンであ

今後、東京都も都市機構も多摩ニュータウン開発からは手を離しているのだから、る。これからの計画目標は誰が造るのか、四市に跨った多摩ニュータウンであるだけに難しい舵取りが待っているようだ。

たまたま多摩ニュータウンの保健業務に必要なデータとして保健所が把握していてくれてはいるが、大規模な多摩ニュータウン計画を推進する為のデタとして将来に渡って保健所のデータを頼る訳にもいかず、常時、多摩ニュータウン全体を視野に入れた情報拠点が必要である。

多摩ニュータウン全体を計画的な視点で掌握する組織は絶対に必要なものであり、今後のまちづくりには欠かせないと考えている。四多摩ニュータウンの推移まだら模様の人口の実態多摩ニュータウンの人口が伸び続けていることは、すでに解説したが、多くの人々は多摩ニュータウンもまた衰退を辿るニュータウンというイメージが強い国もまたニュータウソの衰退の要因に気を配り、常に幾つかの施策を展開しているし、報道もセンセ-ショナルな出来事を好む傾向があるので印象として衰退をイメージさせる。

しかし、多摩ニュータウンの人口は伸び続けており、こうした状況は多摩ニュータウンの開発が長期にもちろん全体としては人口の伸び亘り段階的開発だった結果によるものだと考えている。は堅調だが、初期の団地では高齢化も進みとりわけ多摩市域ではその比率も高い。しかし稲城市側に行くと高齢化は低く若年層の転入の多い多摩ニュータウンの姿があるというように一律では語れない状況があるのだ。

遺産分割の方法による節税対策(相続開始後の対策)それを開発時期別で見ることも可能だが、より範囲を広げて自治体単位で見てもその差異は顕著である多摩ニュータウン全体の年齢別人口を見ると、東京都の平均的な状況と変わらない分布をしているが、初期開発の多摩市域、次いで開発された八王子市域、そして比較的新しい稲城市域の年齢別人口分布には全く異なった分布になっている。
さらに開発手法別に区画整理事業で整備した地区と新住宅市街地開発事業新住事業で整備した地区での年齢別人口分布も極端に差があり、土地利用と居住者年齢が相関していることも明らかである。多摩市の場合は多摩ニュータウン全体の中でも人口割合が多いので全体に与える影響が大きくなる。

ただ他の地区とは違って団塊と団塊ジュニアの間にあるくびれが際だっており、世間の噂通り団塊世代が集中している様子が見受けられる。しかし、二〇代を中心と

した若い世代も区画整理地区のみならず新住地区にも居住しており、世代の二極化はあるものの若い世代がいなくなっているということではないようだ。
一方、八王子のニュータウン区域では団塊世代の特異性は見あたらず世代を通して満遍なく居住している姿が浮き彫りにされる。

少し110歳代の前半が突出してはいるが、大学などの学生によるものだと理解すれば、平均的な世代構成は多摩市との違いがくっきりとしている。とりわけ子供世代も多く、少子化の影響も少ない区域と言えよう。八王子市域の開発は昭和五六年頃からの開発で多摩市域より10年遅れて始まったこともあり、世代としては一0歳は若い世代構成になり高齢化も遅れることになる。
同様に稲城市域を見てみると、さらに若い世代が集中して入居していることがわかるまた多摩ニュータウンエリアには区画整理区域も無いことから、民間のアパート類も計上されないので一10歳代の学生などがいない分、三0歳代後半から四〇歳代の子育て世帯が集中している様子がわかる。特に個室を要求し始める10歳代前半の子供の数が多く、親世代とも相まって稲城市域の人口構成の特徴となっている。

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同じ多摩ニュータウンであっても、開発の段階で大きく人口分布も異なり、そのコミュニティも変わって来るのだということを特徴づける結果であるが、これまでの右肩上がりの時代ではなく、引き潮時代に向かう中で各々の地区のあり方次第で多様に変貌することが予測でき、10年後の未来ではなく、二〇年三0年と時を経たときに人口分布がどの様に変化しているかは各々の地域の舵取りにかかっている。
その時、多摩市域と八王子市域稲城市域と町田市域がどのようになっているのか、未来を占うことも重要であろう。今後の取り組み次第では現段階で不安一杯の多摩市域が、住みよい街の筆頭になる可能性だってあるのだから。土地処分とマンションラッシュ現在110万人だから、大きく捉えて多摩ニュータウンの計画人口は三0万人である。さらに10万人の余地がある。

その余地は多摩市にも稲城市にも八王子市にも町田市にもある。これらを如何に販売していくかによって人口計画が左右されることになる。割安な土地が提供されれば一次所有のマンション取得者は増えるし、駅近くの小規模マンションが供給されれば高齢世帯の住み替えが誘導され、住み替えで空いた住宅は若い世代に引き継がれることになる。

人口の伸びは大規模マンションを供給する方法だけではなく、小規模マンションの建設も住み替えを誘導する手段になる。こうした視点で今後とも多様な住宅供給を推進することで居住人口の積み上げが可能である。

多摩ニュータウンの人口は伸び続けている現在は駅近くのマンション供給が盛んに行われていることから、確実に計画人口に近づいていくし、そのスピードは衰えていない供給元が民間に変わっただけで、供給量そのものは一定のボリュムで続いている。
むしろ高密度な計画であるので人口増加の効果は高く、従来の一·五倍ほどの計画密度でマンション化が進んでいる。
高層棟での計画が常識となったし、多摩ニュータウン開発の当初の景観とは一変したが、今後も高密度開発は進むだろうし、未利用地の高密度化も進行しかも、そのエリアは駅前に限らず、多摩ニュータウン周辺にも及ぶ。する。開発が激しいのが多摩センター駅前の未利用地だが、住宅建設が可能になったこ現在、とで、すでに買い手が殺到し始めており、殆ど買い手は付いていると想定される。
その景観は駅前の高層マンション街というもので、一四階や111階など土地利用効率のいい経済効果優先の計画が進行している。
多摩ニュータウンでの開発では戸数密度制限や駐車場!これらの帳簿価額が相続義務づけられることから、一戸当たりの面積が広く必要なファミリー中心の住宅供給が優先される。加えて建物や設備のメンテナンスのことを配慮すると自走式の駐車場が計画条件となり、駐車場部分と建物部分とで容積率を最大限有効に使う計画が生まれる。必然的に建物の形態は塔状または板状の高層、または超高層にならざるを得ない状況があり、結果として多摩センター駅周辺の景観はマンハッタンのように林立するマンション群と化している。
その時、多摩ニュータウンは多摩の中核都市として、大都市圏ネットワーク都市(衛星の一つとして確実に位置づけられることになる。いや、都市とは敢えて言わない)そうならなければ今後建設されるマンション群の行く末が不安で仕方ないというのが正直な感想である。

勢いよく高層マンション化している状況を見ていると、建物管理経費や修繕費用のランニングコスト確保の必要性が確実に増加してくる。ランニングコストは、そこに居住する世帯の定期収入に期待する必要があることから、居住世帯の高齢化などにより維持管理費用が滞っては建物保全は難しい。悪くすれば疲弊するマンション群という評価

を受ける結果ともなりかねない状況である。そうあってはならないとすれば、維持管理を支える個人の財布に期待していくしかないのである。
つまり、人口は常に新陳代謝し、高齢者と若い世代の住み替えを潤沢にして行く住宅ストックの循環が必要で、その為にはや高齢者が住み移れるコンパクトな住まいが必要なのだと痛感するのである。
はり、産学との連携ベッドタウンとして生まれた多摩ニュータウンを活性化させるためには、人口増加を支える環境要素がさらに必要である。一つが産業基盤であり、今ひとつが教育や研究施そのとりわけ今後の日本の産業構造がグローバル化の中で、設の充実である。通信やサービス産業にシフトしていくことから、多摩ニュータウン内での人材育成や就労環境の充実は住宅と並行して誘致および整備する必要がある。

土地ではなく家を売ろう

安心して子育てが出来ること

幸い、多摩ニュータウンには初期段階からをはじめ九大学が開校している大学が誘致され、旧称東京都立大学首都大学東京アカデミックな環境がこうした大学での研究や修学に関連する人口も定住人口となるが、多くの先端企業進出の追い風にもなるもので、多摩ニュータウン居住者の就労先とも重なり相乗効果を生み出す人口を呼び込むためには魅力ある都市作りが欠かせない。
その為には多摩ニュータウンの魅力を最大限に活用することになる。

都心部とのアクセス環境の改善として自動車道路の整備やモノレールを初めとする公共交通ネットワークの充実、多くの公園や丘陵地形を活用したレクリエーション機能、さらにはサンリオピューロランドやラフェット多摩など広域的に利用さのアミューズメント施設やアウトレットショッピングモールの存在など、れる施設をアピールして来訪者を呼び込み、総合的に多摩ニュータウンの魅力を来訪者に定着させることが大切だ。

どこのニュータウンでも行えるはずで、こうしたニュータウンの魅力づくりは、私の関係した各地のニュータウンでも、遠州浜団地ならば、浜松市郊外の海浜に面した海浜海のリゾートに特化した環境でのレクリエーションとリゾート機能を高めた住宅供給や、整備で魅力あるニュータウンに変貌させることが出来るし、山間に開発した日立市の住宅地は企業の研究機関と一体にしたリサーチパークに変身させることも可能であろう。また千葉ニュータウンのように農業用地に隣接するニュータウンでは、農業と共存するブロジェクトを推進して農への就労環境の確保と地産地消をベースとした環境共生都市への再編も可能である人口や世帯数の減少社会で求められるまちづくりの要素は、そこに楽しく住み続けられ基盤整備が整ったニュータウンという環境を生かして個性的なまちる環境づくりであり、づくりが推進されれば、自ずとまちは活性化するものだと考えている。

衰退をしてしまう基本的に自らの魅力をつかめていない所であり、個性的な魅力を見いだニュータウンは、して、修学と研究環境のある魅力あるニュータウン再生に取り組んでいただ産業と就労·きたい多摩ニュータウンには産業と大学がある。拠点駅をベースとしたオフィス群、幸い、町田市域には軽工業や大規模店舗が張り付き、幹線道路沿いには量販店が店舗展開するうした大型店舗は広域的な集客を意識しており、多摩ニュータウンに居住する有能な人材

と良質な住環境での生活を享受する目的で事務所機能も集積しつつある。
また、大学は有能な人材に多摩ニュータウンを知らしめる場でもあり、在学中に住み慣れた多摩ニュータウソに引き続き居住する研究者も多い。日本では少ないが、欧米では大学町もあるなど大学と都市との結びつきは重要だ。また、日本のニュータウンがベッドタウンであることから、住宅の集積は住宅産業を活性化させる。
住宅の維持管理、リフォーム、増改築などの産業は基幹産業となりうる。
とりわけ高齢化などでの住宅改造は今後も増え続けるし、バリアフリー住宅の少ない多摩ニュータウンでは、利用されなくなった賃貸住宅の総合的なリフォームなど、建物のコンバージョンビジネスにも結びつく。こうした住宅産業の台頭も地域に定着する人口を増やし、住み続けることが出来る多摩ニュータウンを育てることになり、結果として社会的な評価も高くなると考えている。
今後の都市は多くの機能が1カ所にあるのではなく、個性的な市街地が連担するネットワーク型の都市が台頭すると考えている。
人間生活にとってネットワークの基本は、住学ぶ憩う働く遊ぶが適度に連携した都市が望ましいわけで多摩ニュータむウンにはそれにふさわしい要素が集積している。
遺産分割の方法による節税対策(相続開始後の対策)都市公団が提唱した多摩ニュータウンの基本テーマが住む、憩う、学ぶ遊ぶ働く、であったことを重ね合わせると要素についても、アミューズメント施設やレジャー施設の充実が整い始めており、総合的な町の様相を示している。このような環境が多摩ニュータウンにある限り、魅力的な都市であり続けることができよう。
自治体の横の繋がり多摩ニュータウンが四市に跨っていることの弊害は、市バスなどの交通のネットワークにも見られるが、多摩ニュータウンの重要な問題の一つである市バスの運行は各市の市民サービスとして四市共に行われている事業であるが、多摩ニュータウンの位置付けは各市によって大きく異なっており、とりわけ町田市や八王子市域での多摩ニュータウンエリアは辺地でもあり、サービス対象区域になるには相当な期間が必要である。

つまり、八王子市や町田市での多摩ニュータウン区域は市の中心から離れ市バスのサービスが受けにくい地区と言っても過言ではない。た僻地であり、それに引き替え、多摩市内のニュータウン部は市域の六割なのだから、当然のように多摩ニュータウンを中核に市バスが走る。

残念ながら多摩市の市バスだから多摩市のエリアを越しかし、えられないテリトリーが定められており、八王子市にも稲城市にも踏み込まない行儀のいい運行が行われている多摩ニュータウンは四市の部分を寄せ集めた都市である。

地形的にも土地利用的にも明確に輪郭が描ける生活エリアであるにもかかわらず、横に連結するコミュニティバスのサービスがない。八王子市や町田市のサービスが難しければ、多摩市の市バスが運行すればいい。税金の使い方に問題があるというならば、各市が人口に併せて経費を負担するなど平等になるようなサービスをすればいい。頭は使いようである。融通を利かすことは出市バス来るはずで、を守る必要もない。地域バ何もかたくなに限定的な広域的なとして民間のバス会社に四市で委託すれば良い。
市バス結局はであっても民間のス

バス会社に代行してもらっているのだから、四市で話し合って市民サービスを向上させることをすればいい。行政の負担は変えないで、市民サービスの向上を図ることが様々な分野で出来るはずである。
すでに行政域を超えて利用されているのがゴミ処理場や火葬場などの共有施設によるサービス、市民向けのプールなど施設利用のサービスは広範囲に利用できるようになっただし、市民とそれ以外で価格差を付けている施設もあるが、ている。利用圏域を考えれその差を付ける必要もない。
たとえそれが市民の税金を使い整備したものとしてもば、福祉施設や公民館などの共同利用を押し進めた場合は説明も付く。図書館や体育施設、すプール利でに図書館利用は東京都の図書館とも連携して相互利用の拡大を進めているし、用なども始まっている。こうした市民向けのサービスを利用者側のニーズに沿った考え方でネットワークすると多様な施設が共同施設利用できるようになる。
こうした改善は行政内部でも検討が進んでいるとは思うが、市民からの要望や行政同士の横の関係を深める中で充実させることが出来るものだと考えている。
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平均面積100平方メートルといったところであろうか殆どが100戸以上のマンション供給が続いた購入対象となる世帯はファミリーである。安売りを目指して、バブル景マンション販売競争は各社、土地の仕入れにも工夫した。気の時期に拡大志向で建設したデパートの配送センターや放送局のサテライトスタジオをマンション事業者が払い下げたこともあった。
多摩ニュータウン内であっても売却後10年を経た土地には新住宅市街地開発法が及ばないことを利用して、容積率を最大限活用してマンションとして販売するディベロッパーもあらわれ、多摩ニュータウンにおける計画性を根幹から失った市街地形成が始まった。住宅開発が公的な主体から民間に移ったその街の開発は現行法の中で進められていく。思いがけず超高層の住宅が建つ。幼稚園用地にマンションが建つ。
学校用地が売却されて……と多摩ニュータウン計画の実態はれまでの公的計画が築き上げた都市像を一変させ居住者の感覚を麻痺させている。
こうした生き馬の目を抜くような販売戦略によるマンション供給に加え、それまで住宅

併設を拒んできた多摩センター駅前の土地利用に住宅併設を解放したものだから、一挙にマンション供給が再燃した。
多摩市最大五1110戸のマンション、多摩ニュータウン最大の六八〇戸の定期借地権マンションなど、大量の民間マンションが引き続き供給されるよう相次いで供給される巨大マンションの行く末は次の世代が評価を加えることにになった。
なるのだが、一方で敷地に相当な余裕のある初期の分譲団地六四〇戸の建て替えも進められており、新たな多摩ニュータウン内でのマンション供給の手法となりつつあるしかし、こうしたマンションブームも長くは続くまい。団塊ジュニアの購買意欲が落ち着くと住宅需要も安定すると思われ、そこには今ある建物の老朽化をひたすらコントロ長期に活用することが課題になるだろう。
年後の人口が急速な減少を予測さルして、五れる中で、どこまで既存建物の利用者が住み続けるかが次なる大きな課題になるに違いない。

引き潮の時代の中で、こうした資産を如何に活かすかが多摩ニュータウンの大きな課題となることは間違いない。日本経済と多摩ニュータウンバブル経済崩壊以降の住宅事情多摩ニュータウンもまた日本経済の浮沈に翻弄されてきた。街開き早々のオイルショックに始まりバブル経済の崩壊に泣いた人々が沢山いて、今は売れ残り処分の土地でのマンションブームに踊らされて買い続けている人たちが集まっている。
何が待っていこの先、るのか想像するのも恐ろしい住宅事情であるが、最近の多摩ニュータウンでのマンションブームがもたらすだろう姿を独断と偏見を交えて解説してみよう。バブル景気は一億総不動産屋と言わしめるほど多くの人を不動産市場に釘付けにした。人々は持ち家を売って、さらに新しい大きい住まいに移っていった。
住宅双六の頂点である戸建て住宅にも多くのマンション族が転居していった。新築だけではなく中古物件も高く売れた時代である。
日本のニュータウンを知るちょうど団塊世代が住宅を求める最後の時期にあたっていて根強い住宅需要があることを背景に急ピッチで建設が進んでいった。この機を逃すと持ち家など持てないと言う風潮が広がり、高値でも買うという流れが出来上がっていた。元々は経済のグローバル化で、都心部の業務床が不足するという危惧の中で、都心地価の急騰から波及した土地バブルであったが、団塊世代の住宅需要と重なって多くの世帯が住宅取得に走った。
オイルショックの時にはトイレットペーパーの買い置き騒ぎだったがバブル景気では住宅という高額な買い物を追いかけていて、商品価格としても耐久消費財としての価値の違いも大きすぎることから象徴的な違いがある。オイルショックでは賢明だった人も、経験を生かせず高額になった住宅を無理して買った。そんな時代だった。私の事務所もバブルに沸いた。仕事は山ほどあるし、単価もべらぼうに上がってくる。
業務量に対して売り上げが伸びてしまう状況で、高額な法人税も支払った。収入が増えるのでだから高額なマンションを買うという動きに走る。自宅購入のみならず購買意欲は増す。
賃貸マンションへの投資など不動産投資に走った人、ゴルフ会員権に群がった人、証券に投入した人など多くの人がバブルに沸いた。

そして終わった。

バブル経済の崩壊で多くの悲劇も生まれたが、何とか生き残っている人々の中には思いがけない住宅ローンを抱えて息絶え絶えの人もいる。住宅ローンを返済するために専業主持ち家を手放して賃貸住宅に移婦がパートに出る。子供の学資に困って実家の親に頼る。中にはうまく売り抜けて財を築いた凄るなど、自らの進退を掛けた選択を迫られた人々。腕もいるかもしれないが、多くは辛酸をなめている庶民がそこにいる。

やがて日本経済はバブルのツケは個々の家計に深く浸透バブル崩壊から落ち着きを取り戻していくのだが、しかし、何故かその後も住宅ブームは続いている。していくことになる。当時の全国平均の空き家率を見るとバブルが始まった昭和六三年の時点では九パーセントを越えていた。それが平成五年には一0パーセント近くになりバブルがはじけた平成一0年には11パーセントを上回っていた。
空き家は昭和四三年に総世帯数を総戸数が上回って以来増え続けてきた。決して飽和状態になることなく増加の一途を辿っている。
バブル以降急速に増加し、ついに平成一五年調査では111パーセントを上回った。その殆どは賃貸用の住宅持ち家化が進んでいる現状から、さらに利用されない住宅の増加が今後が占めているが、も続くと予測できる。

成年後見制度

税務調査の現場

緊張して怖い
地方居住を選択す人も移動している。郊外から都心部への回帰現象も顕著ではあるが、だから住宅が余っているリタイア組も顕在化していて住まいの多様化が一層進んでいる。る地域にはさらに空き家が増加して、不足している地域には建設が進むというホットスボットとコールドスポットがにわかに生まれている。
さらにこうした動きは顕著に今後、置かれその影響で地域の活力も左右されることが容易に想定されることから、現れるし、

た地域の状況に柔軟に対応する取り組みが欠かせない。ニュータウンが今後どのように進むのかは、こうした状況に照らし合わせて占うしかないようである住宅バブルの裏側「時代の終わりにはその時代を象徴するような記念物が生まれ後世の遺産として残る。
」バブル景気の崩壊は時代の終焉と共に都市にとは恩師、八木澤壮一先生の口癖だったが、住宅資産や大規模な使わないオフィス群を残した。

ニューヨークのマンハッタン島では超高層建物がひしめくが、決して新しい建物だけではなく古いものが長きに渡って使われているし、ヨーロッパ最大の都市パリの姿は歴史そのものと言って良い。世界の高密度都市人。であるニューヨークマンハッタン区の夜間人口はヘクタール当たり二四パリも同様高く、ヘクタール当たり二〇五人であり、これに対して東京二三区ではヘクタール当た二八人、さらに都心四区はヘクタール当たり八八人と少なく、中央区のようにここ五年で人口が三割増えたと言っても、到底ニューヨークやパリには及ばない。
すでに都心回帰の動きは収まりつつある状況であり、東京都心部はどう頑張ってもニューヨークやパリのような高密度居住都市にはならないと思う。それは居住にふさわしい安価な住宅ストックがないからで、一部の金持ちのための六本木ヒルズは生まれても庶民が居住する住宅ストックは生まれないという実体的な都市構造が東京にはあるニューヨークやパリのことを想定してみよう。
都心には積み重ねてきた住宅ストックがたマンハッタンの中心部に公営住宅やコンドミニアムがあり、くさんある。ソーホーには都心に気ほまに住む仕掛けが作られている。
それは新しく作るのではなく、古くから蓄積をしてきた社会資産としての住宅がある。
課税価格の合計額パリも同様で、社会資産としての都市住宅の蓄積が使われているからこそ都心の活性化が保たれる。それに対して東京の土地利用は低密度で、唯一のチャンスであった戦災復興も大規模な土地活用計画の実施には及ばず、農地解放や小規模宅地の優遇措置などで、小規模地主の経済活動を優先してきた。だから、土地をまとめて再開発するマンション利用などの共同化、不燃化の動きは鈍く、土地の細分化が優先される宅地分譲に終始し、建物も木造の簡易な建物を誘導し短期間での更新を余儀なくさせた。
結果として都市基盤を形成するような土地利用は進まず、良質な都心居住を支える環境整備は整わなかったという歴史があるそんな中で、国は今になって都心居住をもてはやしてはいるが、全て都心部にある工場跡地など企業用地の活用や、公的資金を投入した再開発による住宅供給しか方法がなく、結果として高額なマンションとして新規供給する住宅でしかないのが現実である。

これではとても都心の居住密度を上げることは出来ないし、普通の人が定住することによる効果が出るまでには時間が掛かりすぎるしかし、相変わらず第六次マンションブームは続いているが、都心部の住宅投資はそろそろ終焉を迎えそうだと耳にする。とりわけ都心でのファンド系の動きが収まりつつあるということから、都心回帰の動きも安定期に入る予兆がある。

こうした動きは多摩ニュタウンにおいても完成後の売れ残り物件が出始めており、供給はすでに過剰気味であるようだ。三〇歳代後半から四0歳代前半の住宅取得熱はバブルの勢いを彷彿とさせるほど熱かったが、そろそろ金利上昇や税の優遇措置の廃止など、購入意欲をそぐような状況もあ

り、買い一辺倒だったマンション供給にも息切れ感がしてきた。

買えるから買うという短絡的な発想で、家賃より安いローン支払額が将来の不動産価値や人生設計を左右させることを安易に決めてしまうような買い物がまかり通ってきた人生の最大の借金を抱えて、最大の家族人員に合わせた住宅規模を購入する。長期ローン低金利「万がを組んでしまう。という悪魔のささやきに、1抹の不安を抱きながらも、一の場合は親の資産が……」。パラサイトの甘えは根底に潜んでいて、無理を承知でよりよい住宅に夢を託す買い方がまかり通っていた。
耐震偽装もこうした購買意欲を失わせるものではあったが、すでに団塊ジュニア層の住宅も含めて住まいのニーズは満足されたのだと判断している今後はゆっくりと引き潮の時代が始まっていくことになるが、新耐震以降の長期活用可能な共同住宅が、未来の都市の資産として活用されることになることで、将来の豊かな居住を約束しているものだということを改めて理解して、長期に渡る都市経営のありかたを考えることをしよう。
われわれは漸く都市の住宅ストックを前提にした都市再生の起点に立っているのだ。とりわけニュータウン開発という都市資産形成の為に大量の資金投入を受けて出来あがった都市基盤を受け継いでいくことができるのだから、このチャンスをものにすることは今を生きる者の義務とも言える。

損することもあり得る

短期譲渡所得

住宅ローンの怖い金利国の貯蓄動向調査では、毎年のように三〇歳代後半から四〇歳代前半の住宅宅地に対する負債が増大していることを教えてくれる。本来、家族の成長に会わせた住宅取得が平均同一世代の住宅ローンなどの借財は同一であるはず。しかし、的に行われるならば、実態はここ10年くらいで住宅などの負債が倍増しているのだ。
つまり住宅を初めて取得する一次取得世代の若返り化や借家よりは持ち家という志向の高まりが原因で、団塊ジュニア世代も含めた住宅取得年齢の拡大が背景にあるようだバブル経済の崩壊により負債を抱えた銀行をそれに加えて住宅取得金利の低下があり、救済すべく長期に渡るゼロ金利を続けた結果、借りやすい環境も生み出すことになった。

バブル経済は不動産バブルの負債を結果的に銀行に集約した格好になったが、銀行は基本的には利ざやで稼ぐ商売だから、その負債を取り戻すためには確実な借り手を捜さなければならない。そこで白羽の矢を立てたのが若くて返済能力のある住宅一次住宅取得層だった。

国も事態を改善するためにと、とにかく銀行の支出である預貯金金利を抑え、さらに貸しやすくするために徹底した低金利政策をとり、借り手のいなくなった銀行を守ろうと必死になる。市場には低金利が次第に浸生前贈与の税の緩和措置、住宅取得控除の継続、透してきて、これまで見向きもしなかった個人向け住宅ローンを都市銀行が奪い合うようになった。住宅金融公庫からの借り換えの動きも激しくなり、低金利政策の結果で唯一庶民の住宅取得の手段だった住宅金融公庫の陰も薄くなり、平成一九年四月、金融公庫は独立行政法人住宅金融支援機構として改組し第一線の個人融資から手を引いた。

住宅融資が民間の手に渡ると、金融機関は毎月の支払いが少ない低金利の変動型の長期ローンを推奨することになる。銀行にとっては長期にわたって収益を確保し、収益を最大にするためには長期ローンに限る預貯金金利が殆どゼロである中で、確実に収入が見込める住宅ローンのお客様は上客である。
返済が滞って保証協会が返済額をも確保してくれるし、万一の団体顧客の死亡などにも生命保険は返済を保証してくれているのだから、銀行にとって絶好のお客様ということになる。
日本のニュータウンを知る住宅金融公庫時代は抽選に選ばれなれれば融資が受けられなかったし、住宅の性能を確保するための公的な現場検査も義務づけられていた。しかし、民間融資には融資基準はあるものの中間検査などの資産価値を確保する方策はない。これは融資の考え方が変わったということに尽きる。現在の住宅取得の為の融資は個人への融資であり、建物の価値を担保にした融資ではない。だから建物の質は特に評価しなくても融資は成立する。どのような仕様で建築されようが、建物の価値を評価するのではなく、個人の返済能力を審査するシステムである。
本来、資産に対して設定される抵当権せいぜい購入価格の六割くらいが相当額だが、現実には100パーセントの融資が可は、能な状況である。これは、保険制度に支えられた融資システムによって作られた持ち家誘導政策に他ならない。だから、万が一破産しても建物だけでは返済ができない現実がある。唯一、返済が可能な方法は購入者が自殺するしかないという状況は悲しい。
民間ディベロッパーによる大量の新規住宅供給が展開され多摩ニュータウンにも現在、ている。
内容的に一次取得層と二次取得層に購入層が分かれる物件が供給されているが低価格を全面に出しているマンションは買いやすい価格に設定され、「家賃で払えるロがセールストークになっている。夢を抱いて住宅購入している世帯に水を差すのも気ン」の毒だが、住宅ローンには危険が孕んでいることを知ってもらいたいと思うのは、多摩ニュータウンで豊かに住み続ける方法を伝授したいからに他ならない。

都市と空き家事情今や住宅購入者の感覚は、ローンの額を家賃と同じと考えているようだ。
生涯、同額の家賃を払って行くと考えると同じであるが住宅ローンと家賃とは基本的な違いがあり、住宅ローンの場合は、一旦買ってしまうと家族の成長変化に住み替えなどで対応できないこ家賃より安いとを覚悟しなければならない。

が住宅購入動機の大きな要因だし、売り手側もそれを強調する。「住宅販売会社では最長のローンを勧めますが、私は最短の期間を選ぶことをお奨めします。」が友人のファインナンシャルプランナー(FP)誠氏の言。長期になればなるほど金利分が増えるだけで払いやすさは生涯支払額を増額させるだけ、銀行の経営を助けるだけという意識が欲しい。そして、長期になればなるほど予測のつかない約束をしているようなものであることを知らなければならない。
平成一五年10月に五年ごとの全国調査である住宅·土地統計調査が実施され、平成一七年に結果が発表された。全国で住宅総数に対して111.11パーセントのその結果、空き家があると言う報告だった。それは世帯数に対しては一四パーセントほどになり、さらに増える傾向が続いている。
こうした空き家の発生は、これまで地方の過疎地に発生す

る空き家が問題になっていたが、今の空き家は都市部の空き家であり、あなたの隣近所の空き家が増加しているのである。
10軒に1軒以上が空き家になっている状況は、世界的に見ても尋常ではない。その空き家がどこに集中しているのかを紐解くのにデータでは、架空の話をしていても真実味が伝わってこないので、は語ってくれる。東京を中心とした七〇キロメートルの空き家状況についてのデータで見てみよう。
ちなみに多摩ニュータウンは二0-三0キロメートルの位置になる結論から言うと、都心部は都心回帰で空き家が少なくなったが、東京から一0S二〇キロメートル付近に集中している。
グラフで示した空き家の総数が飛び抜けて多いのが一OS一10キロメートル圏である。かなり市街地として高密度で、ゴミゴミしている密集地も多い。

悠々白適

日本のニュータウンを知る

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こうした状況の中で、あなたはどちらを選びますか

団地·マンションの管理経費多摩ニュータウンでは11000年を境に民間マンション供給が主流になり管理経費のあり方も変化している。公的分譲団地の管理では、管理会社は入るものの,自主管理的な色彩が強く、九とりわけ!0年代の団地では管理会社組織も充実していなかったことから、全くの自主管理という管理組合もある程、マンション管理は居住者に任されていた。
会計や出納の業務から窓ロの設営など、一般的には管理会社に依託する部分まで管理組合が行っている組織もぁマンションがまだ日本にり、定着していない頃に生まれた管理組合の苦労が見て取れる。
一九八○年代に入ると管理組織も育成されてきて、民間の管理会社が育ってくる。

そして管理組合運営も管理会社のノウハウを利用した維持管理体制が定着した

当時の都市住宅整備公団が分譲した団地では、公団の100パーセント出資の日本総合住生活株式会社旧団地サービスが管理会社を担い、マンション管理に関する業務を代行することになる。とりわけ管理費や修繕積立金を扱う会計や出納業務については専門性の他、信用が評価され管理会社として定着することになった。
こうした状況を経て二000年以降、民間のマンション供給が主流になると、必然的に管理会社も関連した民間会社が採用折からマンされることになる。
ション管理の法律として一100「マンションの管理の適一年にが施正化の推進に関する法律」「区行され、その基本法である分所有法」も翌年の一10011年に改正され、マンション管理が業務として法的にも位置づけらこれによりますます民間の管理会社のサービスも向上し、れた。
大規模分譲マンションなどではホテルのフロントをイメージするような管理サービスも登場し、マンションライフを快適にする新たなマンション管理のあり方が生まれ始めた。こうしたサービスの提供はマンション購入者にとっては心地よい安心に繋がり、とりわけ大規模マンションでのサービス施設は充実していくことになる。
単なる集会室ではないパーティルームやシアタールーム、子育て支援のキッズルームや小規模だがコンビニエンスストアを備えたフロントなど多様な居住者サービスを提供するマンション管理のあり方が示されてきた。
預金と借金の両建てこうしたサービスの提供はマンション販売には欠かせないものとなり大規模マンションだからこそ出来るものとして新たな購入者を集めていった。マンション管理に対するサービスが濃厚であるほど管理費は増加することは必然だが全てが民間のマンション管理となった現在では初期の団地のように自主管理を発意する管理組合はいない。必ずマンション販売に対して管理会社が決められ、管理費と修繕積立金を設定し、さらに当面の修繕や管理を遂行するのに必要な一時金である基金まで販売時に確保するシステムが定着した。
管理会社としては労せず管理ビジネスを展開する費用を確保している格好で、資金計画を心配しないマンション管理事業を始めることが可能になる。だからマンション販売会社とマンション管理会社は関連会社であることが当然のように多

ここでマンション管理費の実態を見てみよう。まずは管理組合の規模による管理費の差は意外に少ない。

多摩ニュータウン内の管理組合を調査してみると五0戸以下のマンションも三00戸の団地も管理費用は変わらない。しかし、個々の状況を比較すると一平方メトルあたり五0円から二00円の開きがあり、00平方メートルの住戸であれば五千円と11万円の開きになる。それを年代別に見てみると自主管理である一九七○年代の物件の管理費は低く抑えバブル経られているが、済崩壊以降の管理費が増大し再び安定して行った経緯が明らかになっている。
このようにマンショマンションが大規模になればなるほど戸当たりの管理費は減少すン管理費を見てくると、る傾向が見えてくる。具体的には概ね一平方メートルあたり一五0円が落ち着くところと思われることから、管理戸数が多いほど、管理費総額は増額し管理会社の経営には有利に働くことになる。

私が住む約一五0戸の団地では管理費六千円と修繕積立金一·四万円で、固定資産税等の支出も加えるとの合計は約三万円で、年間三六万円、一〇年間で三六0万円今後二五年生きるとして九00万円の支出となる。
年金生活の身には毎月三万円の支出は大きく、生涯の支払額としては大きすぎる金額である。少しでも倹約したいと考えるのが高齢化を迎える庶民の考え方であり、積極的に自主管理を進める動きを醸成したい。
幸い、我が団地は居住者がボランタリーに自主的な管理を行うグループが生まれ活動していることから、次第に管理費も低減できる環境が整いつつある。
引き取れない……

贈与契約書さえあれば

空き家除去費補助金
こうした動きが高齢化しても住み続けられる団地を造定住化が進む環境を作りりだし、多摩ニュータウン初期のマンションは五〇円/平米だったものが最近は一五0円/平米と三倍に跳ね上がっている。エレベーターがついたことで経費は上昇するものの、節約の方法はある。エレベーターの管理会社を変え、清掃会社を変える。排水管の清掃を11年に一度にし植栽管理を自主的に行うなど、管理費用を低減する方法はたくさんある。公団や公社が分譲した団地では、良い意味で自主管理が行われていて、民間マンションのような至れり尽くせりのサービスはないが、管理費も少なくなると言う傾向がある。
マンション積極的に管理組合での自主管理を推奨したい。管理は難しいものではないので、マンションの価値観が変わる殆どの人が日本の人口が減少することを認識している時代が来ている。やがて世帯数がバブル経済崩壊以降、第六次マンションブームが続い減少し始めると住宅が余り始める。ていて住宅建設のスピードは止まることを知らないが、一方で空き家数は増加の一途をこれも多摩ニュータウンの場合、辿っている。

都や都市機構の未利用地処分や銀行や企業の負債対象の土地処分が終わると同時にマンションブームも終わりを告げるが、建設された住宅ストックを巡って、その利用に関心が持たれる時代がやって来る。現状の建設ラッシュから推して、世帯数に対して一四パーセント余りの空き家がある現状から察すると、さらに世帯数がピークを迎える二〇一二年近辺では、空き家率はさらに延び、その後一転して世帯数の減少が始ほるのだ。
一五パーセントを越えると思われる。

世帯数の減少は人口減少が始まっても世帯分離が続くことでしばらくは顕在化しないが世帯人員の減少が安定し始めると、世帯数の減少は人口減少と同様に顕在化することになる。従って、その後の空き家は急ピッチで増加することになる。
おそらく、二〇二〇年頃には空き家が二〇パーセントを越えるのではないかと思われる住宅の維持管理は経費のかかるもので、使われなくなった住宅は朽ち果てるまま放置されることが多くなる。

管理しきれなくなった空き家には不法侵入が発生するし放火などで火災の発生の危険度も増すであろう。また、利用されなくなった建物は解体しても、その後に建物は建たず敷地は空き地のままで残されていく。住宅地はまるで実の抜けたトウモ所々歯抜けの状況が広がってくる。ロコシのように、これは今後起こりうる郊外のニュタウンの姿でもある。これをマンションに例えるとさらに恐ろしい状況が発生する。空き家になっても持ち主はマンション管理費と修繕積立金を義務づけられる。
建物の維持管理費用はマンションが存続する限り継続的に発生する。居住しているマンションでなければ、管理は基本的に人任せにならざるを得ないから、リゾートマンションとよく似た構造になる。従って管理費は安くはならないし自分の努力でカバーすることもできない。
所有しているだけで管理費賃貸活用するか売却するしかないのだが、空き家が増加しているマに耐えられない人は、ンションの中古価格は下がり続けて買い手がいないだろうし、賃貸利用者も空き家の多い物騒なマンションは借りない。
建築だけでなく不動産売買も一括で引き受けてもらう従って、そのマンションはゴーストマンションへと転落するのである。とりわけ定期借地マンションで期限満了近くの管理組合の実態はどうなるのか想像するのも恐ろしい。使わなくなったマンションは自分だけの意志で、戸建て住宅のように解体して敷地だけにすることも出来ないから、管理費や修繕積立金を捻出するために賃貸活用するのが普通であろう。空き家が増加すると、そうした賃貸物件も増えてくるから次第に家賃相場も低下する。
平均で空き家が二割もあるような状況では、賃貸マンションによっては空き家が半分などと集中している地区も生まれてくる。過疎化も問題だが、居住していないマンションが増えることももっと問題で、維持費の掛かる収入を生まない資産はマンション所有者を苦しめる環境や建物そのものが良い条件のマンションであっても、コミュニティがしっかりしていないマンションも次第に人気を失う要素を持っている。
空き家の増加は犯罪の多発を生安全や安心が価値を生む時代になる。み、おそらく将来のマンションは砦である。
コミュニティがしっかりしていないと、いくらセキュリティを厳重にしてもコストばかり掛かって決して安全安心は確保できない。たとえば大規模マンションの管理は大規模なだけに抜厳重にすればするほど管理コストは膨大化する。社会経済が資産の循環で動け道もあり、くようになる時代に、維持管理費用の増加するマンションは敬遠される。将来のマンションは相互に競争する時代になる。
隣同士のマンションが安全安心を競う居住の価値を価格ではない評価で選択する時代が来る。
もちろんが、し、賃貸住宅などでは家賃が相場より安いことが空き家を発生させない条件になるが、その頃の家賃は相当こむやみに高いアパートも敬遠される。これから10年もたたない内にマンなされていて、ションの価値基準は大きく変化すると予想している。世帯が減れば空き家は増え、家賃相

場は下落する。低迷するのではなく下落するのだ。
家賃相場は、結局はマンション利用者の人気度で決まる家賃が一般的になり、同様に分譲マンションの中古価格も人気度で評価され、人気のないマンション価格は下落する。
その時、現状のマンション購入者は購入価格と中古価格との差額に愕然とするだろう。都市機構による分譲マンションの建て替えが行われている。ニュータウンの南大沢では、に分譲された三三戸の団地がそっくり再建された。

続いて一九八九年平成元年平成11年建設の二つの団地が再建中である。高々、一五年ほどの建物が解体され0年建替を余儀なくされている現実が多摩ニュータウンにはある。ここには重大な建築瑕疵が報道により全国に広まった。存在しており、コンクリートの建物をそっくり建て替えるな前代未聞の出来事が身近で行われている。
どと言う瑕疵は私の知る限り初めてのことで、建築に瑕疵は付き物で、建設後発見された不備な部分を無償で修繕することを義務づける瑕疵保証がある。
修繕が前提で、建替など視野には入っていないのだがこれは都市機構旧都市公団はそれを受け入れた。事の起こりは当初からの雨漏りや隣戸からの音の貫通などの問題から始まった。
コンク巣が入っている状態がひどく、外部に露出している部分から雨が浸リートにジャンカ

隣との壁にコンクリートが詰まっていないので、漏れが激しいなど、み込んでくる。トラブルは多発していた。建設当時はバブル景気真っ只中。建設に携わる職人は少なく海外か多くの未熟な職人が出入りした。
建設ラッシュが資材調達を難しくしらの応援を含めて、そんな時代に約五00戸の住宅を111年間で建設した。て価格も高騰した時代である。こうした建設状況は当時どこも同じだった。まず、最初に三三戸の団地が建替られた。足かけ11年ほどの転居生活を経て新居に再入居した。
基礎を残しての改築という方便を使った事実上の建て替えは、入居者にとっては新築同様であり、対外的にも新築であった。築一五年の建物が新築になったことで、入居者の不満は少ない。

それならM

ユーザーが決まってしまえば経営リスクはありません。

それも問題発生の初期段階に建替が決定した経緯もあり、都市公団との交渉時間も少なかったことが、再入居率の高い再建となった。同時期の他の団地でも瑕疵問題が発生していた。一方、調査を重ね修繕で改善可能だという都市公団の申し出と管理組合側の意見が対立し問題が長引いていった。しかし、そこに生活しつつ問題を解決するという立場にいる居住者の辛さは想像を絶する。折から各地

新築同様であり、対外的にも新築であった。築一五年の建物が新築になったことで、入居者の不満は少ない。
それも問題発生の初期段階に建替が決定した経緯もあり、都市公団との交渉時間も少なかったことが、再入居率の高い再建となった。同時期の他の団地でも瑕疵問題が発生していた。一方、調査を重ね修繕で改善可能だという都市公団の申し出と管理組合側の意見が対立し問題が長引いていった。
しかし、そこに生活しつつ問題を解決するという立場にいる居住者の辛さは想像を絶する。

折から各地で地震災害が重なり、関東への震災が発生する前に移転したいとする入居者も現れ、売却して移転する世帯も現れた。建替か修復かが争点となっていた。ここでの問題は、たとえ基礎を残していても再建は新築と同様な安心感を生む。しかし、修復は瑕疵が隠れているかもしれないと言う不安を塗り込めてしまうように居住者には映る。居住者は再建を望み建設業者側は修復を主張する。とりわけ同じ団地内で棟によって再生方針が分かれる場合はさらに問題は複雑を極める。ここで問題を整理しよう。一つは、不動産価値としての評価である。
再建と修復では中古と新築の差がある。修復では瑕疵が隠されるのではないかという不安が残る。二つには、例え中古であっても普通の瑕疵物件に比較して不動産価値は落ちる。三つには、総コストである。今後の調査などのコストと再建コストは変わらないと言う現実である。当事者間争いの中心が不動産的な評価に原因するものではないかと思わの争点を耳にしていると、れてくる。

どの争点も不動産の価格に関わる評価の別れで、住み続けることを前提にした議論ではないように聞こえてくる。建て替えるか修復かは純粋に建築技術の問題で、建物が建設当時の技術基準に照らし合わせて同等な修復が可能かどうかの判断である。

預金と借金の両建て出来なければ建て替えだし出来るならば修復になる。不動産価値の問題は別物である。しかし、居住者には収まらない気持ちもぁる。それは不動産が現金化できるものである限り結末は見えない闘争のように思う。住宅の余剰が顕在化してくる中で、建物が利用価値として評価されるようになると、修復であろうと建て替えであろうと、100年以上も使いこなせれば当初の一五年の推移はそれほど問題ではなくなる要素である。
大切なのは、問題を長引かせないで技術的な真を問い、新たな居住する場として使い続けることが大切である。とはいえ、人間の欲は収ほらない。

注記ニュータウンの未来(一五)秋元孝夫著(多摩ニュータウン·まちづくり専門家会議)ニュータウンの未来(一六)秋元孝夫著(多摩ニュータウン·まちづくり専門家会議)

多摩ニュータウンの未来を読む

未来予測の視点都市の骨格を見直す都市の未来を占うのに、ニュータウンは分かり易い回答を与えてくれる。
少子高齢化の現象は、同一世代が集中して流入したニュータウンには顕著に現れ、学校の統廃合の一方で高齢者施設の充実などの課題が浮かび上がる。
住宅不足に後押しされ建設された大規模団地は同一規格の住宅群で、多世代が混在するには住まいが固定的で理想的なコミュニティは形成しにくい。結果として、同一世代が集中して問題が集中する歪なコミュニティの大きな固まりとして地域に影響を及ぼすようになる。
また、市街地を歩車分離するために近隣住区理論とラドバーンの理論を高低差のある地形にダイナミックにあてはめたものだから、結果として段差のあるヒューマンスケールを越えた市街地が出来上がってしまった。
大規模な都市構造のあり様は、明確に土地利用区分に併せて大規模公営住宅や機構賃貸住宅群と言った社会的に限定されたコミュニティが形成されたことにより、多様な価値観の共有するコミュニティミックスが発達せず、地域内での偏りのあるコミュニティが生む問題を浮き彫りにさせしてきたまた、大規模公園や市街地を区分する緑地の連続や集積は、必ずしも景観の美しさや良好な環境をもたらすものではなく、防犯や維持管理の問題を生みだしたし、丘陵地という高低差のある地形を利用した明解な歩車分離の構造は、コンビニのようなロードサイド施設の誘致を妨げ、身近なバス利用も階段や急なスロープなくしては利用できない不便なものにしてしまった。

このように、大規模にダイナミックに開発したことによる弊害、それに加えて大規模に短期間で供給した均一な住宅、そして持ち家、借家という性格の異なる歪なコミュニティを生み出した事実を見逃せない。団地群を形成させたことにより、こうした都市の構造を今後どのように改善することで良好な市街地に再編できるのか多摩ニュータウンに与えられた課題は大きい。われわれ多摩ニュータウン住民にとって、これらの課題を一つ一つ解決して行くことで多摩ニュータウンの未来が拓けると考えている。我々は新たな都市の姿を求めて再編を始めなければならないときに来ている。
改めて都市を見直し、未来の多摩ニュータウンを創るためのコミュニティのあり方、住まいや環そしてそれを支える経済について持続可能な都市経営が可能な新たな仕組みを見境の姿、出すことが必要になっている。その仕組みを多摩ニュータウンに居住する市民や専門家が結集して、解決策を探ろうと考えている。専門家のみならず居住者、行政、外部からの応援団などを結集して、新たな多摩ニュータウンを共に創り上げてみるつもりである。

多摩ニュータウンに対するこうした試みは、未来の多摩ニュータウン住民のために役立つのみならず、様々な地域でまちづくりに係わる人々の参考になるものだと思うし、現実的に起こっている事象について解き明かすことで、同様な問題を抱える地域でのまちづくりの参考になると考えている。たとえば建設後三五年を経過した、住宅面積が三0平方メートル台の一五00戸の公営

住宅がある。
隣接して五○平方メートル余りの三八五0戸の公団賃貸住宅が一団を成してその賃貸団地に組み入れられたような配置で六四〇戸や八八0戸の分譲団地が再生おり、を模索している。このようにすでに三五年を経過した住宅団地群には解決すべき問題課題が山積している。
とりわけ、公営住宅制度や公団の賃貸住区制度などの既成施策では、高齢者や低所得層の集中といった偏りが地域のコミュニティを疲弊させる問題として顕在化しており、地域のみの問題として解決することの出来ないものとなっている。
それは国の法的な改正も視野に入れた総合的な取り組みが必要になって住宅政策上の課題でもあり、このままでは公営住宅には高齢者が集中することは必至だし、大規模すぎる住宅ストッ安易に家賃を下げれば貧困世帯をさらに集中させるこクは次第に空き家を増やしていき、とにもなる。
田舎暮らし

信頼できる

本件建物

そんな市街地に空き家が集約していることになる。市街地は同心円的に広がっているのだから10キロメートルで区切った場合、郊外に行くに従って空き家は拡散しており、いかに空き家の絶対数が一OS二〇キロメートルに集中しているかがわかる。そこは環状七号線から10キロメートルという圏内である。いわゆる密集住宅市街地の集中しているところで、都市再生の重点的なエリアでもある。都市の開発状況とも相関する。
空き家の動きは、都心回帰が進む中央区では平成一0年に空き家密度が八七一戸/平方キロメートルだったものが五年後の平成一五年には五二五戸/平方キロメートルに減少していて、空き家率も1111.九パーセントから10.0パセントに激減した。これは新規供給のみならず既存空き住戸が埋まったことによる変化であり、見事な都心回帰と言うことが出来よう。
空き家を減らし居住者を増やしたということにおいては確実に地域の活性化を招いたと言える。一方、台東区の場合を見てみよう。同様に空き家密度が一0七0戸/平方キロメートルから一五七四戸¥平方キロメートルになり、空き家率が1111.八パーセントから一六·八パーセントに動いた。
住宅に居住する世帯数も一万五千世帯ほど増加しており、マンションラッシュに転入世帯が負いつかない状態。供給過剰の状況になっていることがわかる。もう一つ特徴的な所に豊島区がある。

空き家密度は多少減少したものの一七二九戸/平方キロメートルが一五四七戸¥平方キロメートルと高水準を保ち、空き家率も一四·八パーセントが一二·九パーセントと少し減少するに止まっている。世帯数も六千世帯ほど増えているので、構造的に空き家が多いという特徴を持っていることになる

アパートなどの空き家が多い。もともと賃貸住宅の多い空き家は殆ど賃貸用の住宅で、今後、地区でもあるが、その数は増えたり減ったりと地区によって特徴が出る。
こうした世界の都市の趨勢を見ればその現象が何をもたらすか空き家の問題がどのようになるか、次第に空き家が増えることで治安が悪化し居悪くすれば地域の崩壊に繋がる。
は明白で、次第に悪循環住者が次第に減ってくることが、さらに空き家を生みスラム化を助長する。銃社会のアメリカほど危険ではが起こり最後には住めない町になる可能性を持っている。ないが、犯罪は多発するだろうし賃貸経営も続かなくなるだろう。ここには二つのシもう一つの危険な市街地が五0キロメートル以遠に広がる市街地だ。平たつは旧来からの駅を中心とした市街地を形成していた商業集積地、ナリオがある。
1居住者が自動車利用を前提とした生活になったことで駅前く言えば地方の商店街である。幹線道路沿いに展開する量販店に客を奪われている状況がある。幸,の商店街を利用しないで、従業員のアパートもあった市街地は次第かつては商店がある所に併設する住宅があった。

建築だけでなく不動産売買も一括で引き受けてもらう殆どが無駄各地で商業活性化のてこ入れをしているが、にシャッター通りとなっている。衰退に向かう流れは仕方ない事であるように思う。骨である。

二つめのシナリオは、郊外に展開したニュータウンである。都心部への通勤を前提としそしてバブル期に郊外に広がりすぎた。たニュータウンの拡大はオイルショック前に、今、そのニュータウンが存亡の時を迎えている。
都心回帰は郊外の地価の下落を生み、都市に人口が集中するとともに地価は下落していくことを考えると、郊外に居を求めて移住した人の多くは再び都心には戻れない状況に陥る。
少なくとも多くのローンを抱えたままの転資産価値も低迷している中での移住は難しい。しかし、売は困難だし、一部の裕福な世帯のみが都心回帰を図る。グラフは郊外の空き家率の増加を示していて、これも年々増加している見渡せば空き家だらけのニュータウンで誰が住むのだろう。
多摩ニュータウンがどうなるかは軽々にいえないが、多摩ニュータウンの中でも選別が生まれることは確かで、人のいなくなる所と人の集まるところがはっきりと現れるはず。それが10年後なのか三0年後なのか予測するのは難しいが、問題の発生を野放しにすれば、衰退は確実にやってくる。
マンションブームの余波を受けて比較的新しい都市機構の賃貸住宅や公社の特定優現在、良賃貸住宅に相当空き家が発生しているが、こうした空き家状態が続くと安全安心な環境は維持できず、居住の継続すらままならない状況になる可能性もある。
三大規模開発の不幸土地利用計画がまちを滅ぼす首都圏二○y三0キロメートルの多摩ニュータウンは現段階で大雑把に見ると、家賃さえ市場に対応させていれば空き家の発生で恐れることは無いと見える。しかし多摩ニュタウンの土地利用は住区を単位とした大規模なブロックに区分されているので、そのブロック毎に土地利用が制限され市街地の栄枯盛衰が決まってしまうことがある。

つまり大規模な賃貸住宅エリアや分譲マンションエリア、そして戸建て住宅などの土地利用の違いがブロック単位で構成されていることによって、市街地の活用範囲が限定され、時代の要請に街が追随できないと言う理由で時代に取り残される市街地となってしまうことがあ多摩ニュータウン初期に供給された一五00戸もの一団の都営住宅公営住宅の塊の賃貸住宅のエリア、三八00戸もの都市機構そして六四0戸と八八0戸の分旧公団昭和四七年から五一年までに建設された住宅が集中している諏訪永山地讓団地の塊など、区の将来が気がかりだ。
まさに新住宅市街地開発法によって整備された計画市街地の姿である。それだけに市場原理から取り残された利用されない商業施設や廃校になった校舎など、当初の目的をすでに終えた施設が余っている。基本的に修復型の再生計画でなければならないと考えてこうした団地や施設の再生は、いる。

すでに三五年もの間、住み続けている人々を含めて、永住できる安心があることが全てを建て替えることが、経済的に有利だとする意見もあるようだがまちの姿である。経済活動を優先する為に個人の生活が犠牲になることがあるとすれば、それは多数決の暴白か黒か白も黒も力である。

別の論点

地価公示価格

注意点2
土地利用計画はではなく共存してこそ理想的な共生

が生まれる。まちづくりは排除の論理ではなく、共生の論理で遂行すべきものでなければならない。現在、六四〇戸の諏訪二丁目住宅で建替計画が進んでいる。住戸数が倍増する計画がされていて、地域に与えるインパクトは大きい。こうした事業がこれまでの不備だった土地地域にとってふさわしい事業になるためには多くの地域の意見を採り入れ利用を改め、ダイナミックに修復していく思想が必要になる。

とりわけ都市機構の賃貸住宅に隣接して一体的に開発された地区での建替であり、隣接敷地のみならず周辺の街路整備や土地利用を含めた将来的な計画を策定しながら建替計画が進むことが望まれるやりすぎた街区構成スーパーブロックで計画された多摩ニュータウンには不便なことが多々発生している。
とりわけ初期のスーパーブロックは区画整理区域が組み込まれていないために、土地の自由な利用が制限されていて、コンビニエンスストア1つ建てられない土地利用になっている。特にコンビニエンスストアは自動車利用を念頭に配置するため、沿道沿いの土地を確初期のスーパーブロックには土地利用計画が厳密に定められており保することが多いが、スーパーブロック内にあった一部のスーパ商店などを誘致できる土地は無い。
結局、マーケットが二四時間オープンの看板を上げた。幹線道路と居住地の高低差が大きいので、また、歩行者専用道路からバスの走る車道に降りるのに階段や長いスロープを利用するしかなく、バスに乗るのも不便だし車椅子だと電動車椅子でなければとても対応できない急勾配のスロープばかりがそこにはもう大変。

ある。当時は基準が緩やかだったのか、スロープでさえあれば自転車や乳母車などの移動には支障がないと思ったのか、若い子育て世代が集まった時代には、老々介護など想像だに出来なかったのだろう。子育て都市が多摩ニュータウンのイメージだったのだから致し今後はこの街で高齢者も生活していかなければならないことを念頭にす方ないとはいえ、ると改善は待ったなしだ。
時は今、高齢化が問題になり、バリアフリーにノーマライゼーションの言葉が世間の常識となり、今ではユニバーサル都市という概念を国は多摩ニュータウンに持ち込もうとしている。『ユニバーサルデザインの複合都市に1老朽化ニュータウンを再生へ国土交通のタイトルが二00五年のニュータウン再生の新テーマである。
ユニバーサルデザイ省』「障害者·高齢者·健常者の区別なしに、すべての人が使いやンそのものは辞書によるとすいように製品·建物·環境などをデザインすること。
一九七四年、アメリカのメースにとなっており、住みづらい状況を改善しようと言う試みは美しいよって提唱された概念」が国の計画にどこまで期待して良いのか結果を待ちたいものであるもし、多摩ニュータウンが時代を通じて使い続けられるユニバーサルデザインの街になるとすれば、今後も引き続き機能や性能の改善を通してリ·モデリングされるに違いない。

遺産分割の方法による節税対策(相続開始後の対策)これは国の施策展開を待ちたいが、やはり住民の自主性に期待したい。多摩ニュータウン大きすぎる土地利用を繰り返してきたことで、それぞれに大地主を育んできた。は幸い都や公団公社の賃貸住宅は大地主の貸家である。また、分譲マンションの管理組合は大規模団地を管理運営する大地主である。
管理組合には修繕積立金という金融資産があり、大

規模な土地の活用について判断できる管理組合という組織を持った団地が集積しているのが多摩ニュータウンの姿である。また、そこに居住する人材は首都圏の企業に勤めているエリートであり、退職した富裕層でもあるのだから、地域に貢献するつもりになれば大いなるパワーを発揮するに違いな建物や都市基盤はしっかりしている。そして人材は豊富だとすれば、い。
資力はある。これに優れるものはないと言い切れるのではないか。多摩ニュータウンの底力の試されると大規模すぎる土地利用はこうした副産物を残した。ころである。

人·物·金の三拍子揃った多摩ニュータウンを活かすのも殺すのも居住者一人一人の意識である大規模マンション開発を占う多摩ニュータウンでは民間のマンション建設が相変わらず続いているグラフは私が確認している限りの新住区域での民間マンションの整備状況だが、区画整理区域も合わせるとさらに多くの民間マンションが建設されている。
これらの民間マンションは殆ど完売が続いているので、用地を供給する東京都と都市機構の売却が続く限り、多摩ニュータウンのマンション供給は続くと思われ現在の多摩ニュータウンのマンション供給は、公社や機構が直接住宅供給できなくなったことから、その担い手は民間のディベロッパーに委民間ディベロッパーの事業としてリスクを少なくすることが土ねられている。

そこでは、売れる住宅が供給されることになり、その為に基本的に土地の地購入の条件となる。価格は販売予定価格から逆算された採算ラインが売買価格となる。いわばそれが市場の土また、マンション購入者は周辺のマンションと比較して、地価格ということになる。価格が安いことが購買の動機となることから、順次販売されるマンションが売れるマンション地価のコントロールは欠かせない。

創業30年感謝の会

美しい街並みは地域の財産

つまり、地価は毎年下降することがであるためには、未処分の用地を整理するためには必要で、土地の路線価も毎年五パーセントは確実に減少し続けてきた。

このようにして、一物件100戸を超えるマンション供給が続々と登場している現状の中で、一団地六八○戸もの定期借地権付き民間分譲マンションや多摩市最大のマンション五三〇戸、多摩ニュータウン最大では八四五戸のマンションも完売してしまった。多摩センター駅周辺ではさらに新たな分譲マンションの供給も進み、今後もマンション供給の勢いは止まらないと思われるほど、マンション建設が頻繁にある。

民間のマンション供給で効率を考えると大規模マンションにならざるを得ないのだろうが、ある以上、これまでの公的な開発とは一八0度異なり、緑地も殆ど無い、容積率を目一杯使った土地利用が展開されている。いつかは老朽化して寿命が来る建物であるが、多摩ニュータウン初期の大規模団地ならば、建替を検討する余地もあるが、現在建設されている民間のマンション群の建替は現実的ではないだろう。
余剰容積をベースにした建替計画は成り立たないし、高層マンションに住み着いた世帯を移動させることも至難の業である。定期借地権マンションであれば期限が来れば必然的に退居して解体することになるが、一般のマンションではそうはいかない。
とりわけ超高層などのマンションを建て替えようとした場合には、実現は途方もなく困難だと思ってしまう。

結局、現在、供給されているマンションは100年や二00年という超長期の利用を前提に維持管理するという選択が取られるはず。すでに容積を目一杯使った建物であり、等例え今後建築基準法や都市計画法が大改正され価交換などの建替手法にはならないのだ。て容積率が倍になったとしても多摩ニュータウンが世界的に注目され、多摩のマンハッタンにもならない限り容積率を活かした建替は困難なのだ。
もちろん多摩ニュータウンが将来ともホットスポットであることを前提としなければ既存住宅の維持にも困難が生じることになり、マンションの評価が問われる時代が早晩、到来するだろう。良いマンションは高く売れ、悪いマンションは見捨てられるという構図は市場に住宅が潤沢に供給されることによって発生する価値観である。

信頼できる現在、大量に供給されたマンションや団地の中で、このマンションは衰退する。このマンションは生き残るだろうと言う予測は容易に付く。それが大規模に供給された分譲マンションの顛末であるように思う。もちろん、公的な団地も同様な憂き目に遭うことを避けることはできないその為にも居住者自らが地域をホットスポットにし、建物のレベルをアップさせるような工夫を重ねることが大切になる。
計画規模と実態人口のずれ「計画規模-一九八〇ヘクタール当たり、多摩ニュータウンの開発は計画人口約三四万人現在人口約110万人」が都市機構の公式ホームページからの情報だったが、同時期の八王「総面積約二八九〇ヘクタール当たり、子市のホームページには居住人口約二八万人」と謳われていた。
また、東京都都市整備局のホームページには「計画面積二九八四ヘクタール、計画居住人口三0万人、現在一八万人」、そして東京都南多摩保健所が出している多摩ニュータウンの人口動態「総面積-一九八〇ヘクタール、によると建設計画での居住人ロ約三0万人、平成一五年時点居住人口110万0四0五人」となっており、それぞれの機関により公表数字が微妙に異なっているというのが多摩ニュータウンの特徴でもある

「ニュータウン当初の計画を確認するために昭和四八年発行の日経新書精一著」を参考にすると『計画人口は、当初の三0万人から四一万人に変更して少しでも多くの住宅が供給されるようはかられた。

計画戸数は10万九六00戸。ただし,自然保護の観点からふたたび人口をやや減少させようとする動きが見られる。事業期間は昭和四一年から五11年と予定されている。』とされており、計画人口にも浮き沈みがあったことを物語っている。計画期間も昭和五二年を目途としていたが、結局は未だに未造成の一九住区を残す状況で、当初の完了予定から三〇年も経過したことになる。
こうした人口計画のもとに整備されてきた多摩ニュータウンではあるが、計画人口に対して実態人口の把握が難しく、とりわけ四市に跨っていることと多摩ニュータウン区域が町丁目に合っていない区域設定であることなど、人口把握が難しい条件がさらに加わり正確な調査ができない状況がある。
こうした条件の中でも東京都南多摩保健所の人口動態調査は平成11年以降、住民基本台帳ベースでの多摩ニュータウンの人口調査を継続していることもありデータとして信頼できるものだと考えている。筆者も平成11年の国勢調査データに基づいて多摩ニュータウン区域の人口を集計して調査区が区域外と区域内に分かれるところは案分して、みた。
調査区毎に拾い出してみたその結果は一九万六100人と言う数字で南多摩保健所が平成一三年一月一日現在の住民基本台帳調べの一九万六五八八人とほぼ同様な数字なので概ね正しい数字だと考えている。
ただ、多摩ニュータウンは学生も多いので、住民票をベースとした住民基本台帳と実態ベースの国勢調査では実態の方が多く出るという特徴もあるのだが一概ねの数字はあっているという意味で正しいと考えられる多摩ニュータウンの人口把握は難しいが、計画人口はさらに曖昧なものになる。
また「計画人口と目標とする居住人口は違う」という説明や計画人口は修正したという経緯もぁり、その時の状況で動くのが計画である。多摩ニュータウンの場合も当初の計画人口三四万人は一世帯の人員が四人として積み上げられたもので、すでに世帯分離が進み出生率も史上最低を示す時代にはこの計画人口も当てにならないことになるでは本当の計画人口はどう考えれば良いのか。
計画人口は目標人口でもあり、施策的な誘導なども加えて決定するものだが、ここでは人口の実態をベースにして、現実に土地の残っている面積から戸数を推計して積み上げてみることにしよう。
法定後見人

住民票(世帯全員)

住宅団地

従って、将来に対しての不安は少ないが、現状で困っていることを着実に改善することがまずは必要になる。これらをスムーズに運行するために、四市独白で組合を設立させたり指定者管理制度を活用した業務移管などが考えられ、法制度などが次第に充実していく中で、市民サイドに立った利用環境が生まれることを期待したい。五住宅ストックの更新と新規供給

多摩市の住宅供給の状況最初の入居から三五年、区画整理区域と新住区域を合わせて約110万人、約八万世帯が居住している。
住宅の数とすれば九万戸近くが建設されており、さらに年間1000から4H,.っ衣バ谷%一五00戸ペースで供給が続いている。それも民間分譲マンションや戸建て持ち家が殆どを占める。
賃貸住宅は供給過多で空き家の発生が顕在化している状態が続いていて現在、都市機構や公社の賃貸住宅には空き家が目立っている。同様に、区画整理区域の賃貸経営アパート経営も困難な時期を迎えている。
者も影響を受け、舌、経営破綻で、民間マンション業者に売却した地主の話、空き住戸で困っている家主の話公共機関から土地を返されて困っている地主など、不況下で土地にまつわる話は多い!方、こうした賃貸住宅の土地を建て替えて民間分譲マンションが建設されている。多摩

ニュータウン周辺の既存市街地では、こうした市場原理でもマンション建設が進むことにとりわけ、多摩市の既成市街地では、なる。
建設後10年ほどの賃貸マンションを解体して分譲マンションに建て替えたり、今まで見向きもされなかった河川に囲まれた未利用地思いがけないマンション供給に驚かされる。
を利用した大規模マンションも現れる程で、平成11年の国勢調査で、多摩市の人口は東京都下で三宅村に次いで人口が減少した白治体として一躍有名になったが、平成一七年の国勢調査ではわずかではあるが人口は増加した。

さらに五年後の平成11年調査では顕著な増加が見込まれるだろう。平成11年の人口は一四万五八六二人が平成一七年には一四万五八八七人と五年間でわずか二五人の増加ではあるが、これは大きな第一歩でもあり、平成11年までの五年間で二二五一人も減少していた流れが変わったのだから画期的な事である。全体から見れば相変わらず世帯分離は続いているので、人口減少傾向は継続しているのだが、それ以上に人口が増加したのである。
その理由は単純に言えば新規開発の住宅供給が急増し、転入人口が増えたことに他ならない。二000年以降の民間のマンションブームが多摩市にも及んできた結果である。多摩市域のニュータウン内の土地でのマンション供給のみならず、区画整理区域や既存区域のマンション供給が増加した。その勢いが世帯分離によって減少する数を凌駕した格好になったのだ。
多摩市にとってみれば、人口減少が続き高齢化が懸念されてきた中で、新たなマンションの供給が周辺から人口を引き寄せてきたことは大きい。
課税価格の合計額こうした動きを裏付けるものとして住民基本台帳の人口動向と世帯数の動向で見ることが出来る。最近のマンションラッシュの状況が人口減少を抑止している様子がわかる。全体としては世帯分離で人口減少基調は変わらないが、新規住宅供給により年度の切れ目で一挙に世帯数が増加し、それにつれて人口も回復する様子が見て取れる。とりわけ1100六年四月の動きは顕著で、全世帯の1パーセント二ヶ月で六00世帯以上の増加である。の増加は、大規模住宅開発が発生していることの証でもある。
実際、多摩センター地区のマンションや区画整理地区のマンションの供給が相次ぎ、世帯数が増えていった。

多摩市のマンション供給の今後現状のマンション供給が結果として世帯数を増加させ、人口を引き込んでいるので、人口減少に悩んできた多摩市にとって、今後の高齢化不安の中で安心を喚ぶ事柄であるよう多摩市では新たなマンション供給により若い世代の転入を歓迎しているが、に思う。
現状のマンションラッシュもその流れに貢献するものであろう。
土地売却やマンション建設の動向を見ると、さらに人口の伸びが期待できるし、これにより税収が増加することで安定した自治体経営を支えることが出来るとの考えでいるようだ。しかし改めて考えてみるとマンション購入者がどこから来ているのか、購入している年齢層の実態はどうなのか、住み替えの実態が解らなければ真相は掴めない。

既存のデータをベースにコーホート法による分析をしてみると、多摩ニュータウンからニュータウン外の市街地である既存地区への中高齢者世帯の人口移動は統計的にも出ていて、多摩ニュータウン内の住宅からエレベーターなどの付いた新しいマンションに比較的高齢の世帯が移動しているデータの裏付けも得ている。
こうした移動によって発生する住み替えが、高齢者から若い世代に所有が移る住まいの循環を伴っていることが統計的にも解ると、多摩ニュータウンの未来が明るいかどうかがはっきりする多摩ニュータウン内での民間マンション供給は勢いづいていて、現在、年間1000戸から一五00戸ペースで新規供給が進んでいる。

こうした住宅に対して多摩ニュータウン内では確実に住み替えなどの循環も発生しており、現状では完売しているマンション購入者のモデルルーム見学者の動向は、関係者からのヒアリングで確認する限り、多摩ニュタウン内及び周辺市街地からの見学者が多いとの情報もあり、近隣からの住み替えが需要を生んでいるようだそれを裏付けるように、八王子市域や稲城市域のファミリー向け賃貸住宅の空き家が増加している。
とりわけ比較的高家賃の公的賃貸住宅に空き家が目立つ団地が頻発しており家賃を払うよりも持ち家を購入するという動きが顕著になっている。今後はこのままの推移でマンション供給が進めば、さらに利用されない賃貸マンションを生み出し、地域の住宅供給バランスが崩れ、安全安心と言った地域の居住環境の問題にまで影響を与えかねない状況が生まれる可能性がある。

二00六年八月、大量の空き家を抱える都住宅供給公社は優良賃貸住宅の家賃を大幅に見直した。とりわけ多摩ニュータウン内の比較的新しい住宅については最大二五パーセントという減額を実施した。六○平方メートルで六万円という価格帯は都市機構の家賃と比較しても極めて安く、都市機構の入居者が移動することも現実になる。

意外に安いね

住宅·土地統計調査

遺品整理
そうなると引き続て都市機構の賃貸住宅も減額することになり、今度は周辺の民間賃貸住宅の家賃相場も下がるはずである。大量に割安なマンションを供給したことが、比較的高い新しい公的賃貸住宅を敬遠するようなり、賃貸住宅のドミノ現象が始まった。捨てるより活かす大量の住宅ストックを造り上げ大量生産大量消費の時代に多摩ニュータウンは生まれ、てきた。
従って、戦後の急成長経済の中で作られた建物や市街地は、大作りで均質な建物の大量供給が住宅にも反映していて、マッチ箱のような建物が平行に配置されている団地

風景が大規模に広がっている。それから一九七三年昭和四八年の第一次オイルショッ住宅の面積が増え始める。

戦後漸く住宅戸数が世帯数クを経て、同年の住宅統計調査で、を上回ったと発表され、大量供給よりも質を重んじる住宅供給へ変化していくことになる第二次オイルショックが一九七九年折からの「ゼロ成その後、昭和五四年に起こり、の時代でもあり、量から質への動きが加速され、長」マンションの形も配置も作り込みも少しずつ手が加わってくるに新耐震計算法が施行され、住宅公団が住宅·都市整その後一九八一年昭和五六年建物デザインにも勾配屋根や外壁備公団となり、積極的に分譲団地づくりを推進し始め、のタイルが取り入れられ、民間ではオートロックも普及し始める。
一九八三年(昭和五八には区分所有法の大改正もあり、年)いよいよマンション時代の充実へと進んでいくことになる。このような時代を経ているマンションも、初期の大量供給時代の余波で立てられたマンションは小規模であることや同一規格で多様性の時代に合わないことから、次第に人気が無くなってきている。

とりわけ、分譲団地は資産評価が低く時代に合わなくなった住棟を建て替えて、広さを確保しようと検討が始まっているが、全ての団地で建替が成立するわけではなく、今後、地価の上昇はあまり見込まれないとすれば、五〇平方メートルに満たない小規模住宅棟の有効活用も重要になる。
分譲マンションの場合には個々の住戸や棟が勝手に増築やエレベ賃貸住宅と異なり、ターの増設などが行えないことから、部分的な改善について全体の合意を取ることは難しい。
親の含み益を移転ししかし、建て替えそのものが出来ないとなると、現状を如何に改善すべきかを検討すとりわけ広い敷地を有する多摩ニュータウン内の初期の団地では、ることも可能で、余剰敷地を活用した定住促進のためのバリアフリー住宅の整備など、団地内で住み替え定住が可能な方策を導入することが良いコミュニティを継続させるポイントとなる団地の場合、1棟のマンションと違い、広い土地があることで部分的な建て替えや空き敷地に新築するということも可能であることから、住み続ける団地づくりのために知恵を出して環境改善を図ることが出来るのが魅力でもある。
今後の団地の活用方法は、今あるものを如何に活かして不足しているものを足していくかがキーポイントになる団地再生の動き多摩ニュータウンの団地再生は、開発初期の諏訪二丁目住宅団地で進んでいる。五階建て階段室タイプ、戸当たり住戸面積四八平方メートル、六四〇戸の住宅群は三五年の年月を経て豊かな緑と丘陵地形の高低差のある景観で独特の雰囲気を醸し出す団地として育まれている。

隣棟間隔の広い空間には緑の芝生の広場があり、陽光に照らされた芝面はよく建物の管理も自主的に行われていて、見かけ上は構造的な問題は見ら手入れされ美しいれないコンクリート壁構造で建築されている。

元来、壁構造は強度のある構造形式で耐震的にも信頼の置ける永続的な活用ができる建物である。この団地が今、国の補助金や市都の税金を投入して全面建替のための検討に入っている。初期の入居からすでに八〇パーセントの住民が入れ替わっている現状から、極端な高齢化で困っている団地ではないし、団地内には子供たちも比較的多く、若い世代も定住している。年齢構成は多摩市全体とそれほど変わらないという現状から、バリアフリー化が緊

急に必要だという状況ではない。
狭くて住みづらいことは理解できるが、住まいの狭さ適合する小規模世帯にとって取得しやすい価格であることからこそ入居できた世帯も多いここで五人を育てたという方もいるのだから、狭いながらも楽しい我が家と思えば、住み続けることはできる。住み続けることに違和感が無いのに何故建替を検討するのか、その理由は見あたらない。
あえて挙げるとすれば、敷地にゆとりがあり、増床するのに効果的。つまり余っている容積を売れば建替が容易だろうという不動産投資をベースとした考え方がある。

本件借地契約

特定の財産をわたす

もう一つあるとすれば、三五年の経過が建設当時の施工不良やその後のコンクリートの管理などの不備で構造的な問題を孕んでいて、予測されている震災に耐えられない構造であることなどが挙げられる。その場合、同時期建設の都市機構の賃貸住宅も同様な危険性が潜んでい必ずしも諏訪団地だけの問題でもないようにも思うし、ることになり、例え欠陥があったとしてもすべての棟の問題ではなく、一部の棟の改善で済む事だから全体の建替検討には及ばないと考えるのが自然である建築技術は年々向上している。当時のコンクリートが中性化していても、その進行を抑え建物を長期に活用する術はある。
従って建て替えないで良好な環境を維持していくという選択肢があるはずである。不動産は利用されてこそ価値である。世帯が小規模になってきている状況の中では四八平方メートルのコンパクト住宅は貴重である。住み続けられない高齢者はすでに転居しているし、今後の高齢化のためには、ゆとりのある敷地を活用した住宅を管理組合が建設すれば良い。

利便地区に位置する団地は必ずしも建替が結論ではなく、既存建物の活用を進めつつ、不足しているものを計画的に補っていくことが、もう一つの解になるのではないかと考えている。事を急がせないで、立ち止まって考えようではないか。コンクリートの中性化は外気の流入を防ぐことでコントロールできるし、建物に対する雨がかりを制御するためには屋根庇を取り付けることで対応可能だ。

建物の寿命が伸びれば、あとは階段周りの手摺りや床面の滑り止めなど安全性のアップと外壁デザインの見直しで建物景観も一新できる。建物イメージがグレードアップすると同時に設備も改善しよう。給排水ガス電気、そしてインターネットなど通信関係も向上させると建物の利用価値は倍増する。何も建替だけが資産価値の向上に繋がるものではないことに気づくだろう。集会所や共用周りの外部空間の改善を進めよう。並行して、急な階段をなめらかにしよう。敷地を二分する敷地の高低差を緩和するためのエレベーターを設置しよう。
高齢者のめにはやるべき事はたくさんある。こうした計画や改善に補助金を使えないものか。建て替え一辺倒の補助金ではなく、住み続けることを支援する補助制度であってもらいたいまちづくりの呼び水はスクラップアンドビルトからコンバージョンの時代に入っているのだから……。二00七年六月現在、諏訪二丁目住宅は全面建替に向けて歩を進めている。六四〇戸を一二00戸に建て替える-括建替事業が軌道に乗りつつある。

これには事務局として私の「多摩ニュータウン·まちづくり専門家会議通称所属するたま·まちせん」も支援しているが、決して全面建替が望ましい姿としているわけではなく、これまで団地管理組合

が主導的に進めてきた10年余りに渡る建替事業の道筋が、遺漏無き事業として慎重に公平に行われることを希求しての役割と思っている。
とりわけ、大規模な開発が地域にもたらす影響は大きい。
こうした動きに対して地域との整合性をとり、さらに建替事業が地域にもたらす活性化の動きを誘発するものであることを認識した上で、近隣商店街や公的賃貸住宅の活用、さらには周辺居住者のコミュニティのあり方などを検証し、建替事業を通じて発生する新たな環境整備や地域活動を誘引する切っ掛けとなればと考えている。
補助金を管理する行政の立場ではなく、直接的に影響を受ける居住者でもない地域の専門家の立場で、地域をマネジメントする役割を担えるかもしれないと考えている注記(一四)

課税価格の合計額

多摩ニュータウンの暮らしを解く

住民参加の仕掛けを育てる顔の見える団地と顔の見えないマンション私の住んでいる団地は一四0戸程の中層住宅と1110戸ほどの低層住宅の組合わさった建物配置で、全員共有の集会所やミニ公園を囲むように配置された一団の団地である。
管理組合組織は変則で低層、中層、集会所の三つの組合を持つという独特の組織体制になってもっぱら自治会的な活動が主になて、集会所の管理組合は団地全体の管理組織として、り、低層、中層管理組合の理事が兼務するという構成である。四階建て、中層住宅は三階建て、五階建ての棟の組み合わせで10棟、コミュニティは階段型でエレベーターはなく上下階の顔合わせは頻繁である。

建物の管理は棟別に行われていることから、棟別に物事を決めるという点で棟単位のコミュニティも形成されており五階までの住宅群は階段の異なる隣戸の様子も窺いながら生活し、つかず離れずの関係がある。低層住戸も権利は戸建てと同様に敷地分割されているものの建物は二戸が一また、棟という単位で建設され、実態としては長屋構成になっている。
中層住宅は階段型のコミュニティであるが建物の維持管理は中層住宅全体で管理されることから、必然的に中層住宅の利害が一致して一つのコミュニティが成立する。
また、低層住宅は権利的には敷地が分離した戸建て住宅と法的にはなっているものの、鉄筋コンクリートの建物の屋根が一体となっていることと、建築協定で建物の利用に制限が掛かっていることから、やはり価値観の共通するコミュニティが形成されている。
そして、中層の組合員と低層の組合員が共通に利用する集会所やゴミ置き場、そして共有の道路や広場などの管理は共通の資産管理を通じて低層と中層の団地全体のコミュニティを醸成する為にうまく機能している。こうした建物環境の中で、全体の世帯数も程々であることが功を奏してか、コミュニティのまとまりは強い。

入居して110年、毎年の餅つき大会に始まって、夏はそうめん流しが定例となり、夜の映画会や飲み会も頻繁に行われていて、昼にはガーデニングクラブが団地全体の花を飾り、シニア世代中心のグループが団地を見回り安全安心をチェックする。いつの間にか男性も女性も子供も大人もお年寄りも参加する顔の見えるコミュニティが育っている。一方、最近の民間マンションのコミュニティ環境はどのようになっているだろうか。多摩ニュータウンでも二000年以降、開発主体が民間となって急速に高密度なマンション供給や住宅地開発が進んでいる。
多摩ニュータウンの公的な住宅団地の一戸あたりの敷地面積が00平方メートルが標準だったのだが、それがバブル期には七五平方メートルになり民間の開発になるとさらに狭められ五平方メートルに、そして中には二七平方メトルというマンションまで建設されている。一戸当たりの敷地面積が狭ければ、当然、高く建物を積み上げる必要があり、必然的に大規模な高層や超高層の塊の建物が現れてくる。
建物の詰まり具合を表現するのに容積率という基準がある。
敷地の面積に対して部屋内

の床面積の合計をパーセントで表したもので、100平方メートルの敷地に床の合計面積が100平方メートルの住宅を建てれば一00パーセントという事になるが、初期の多摩ニュータウンでは五〇パーセントが標準だった。
改葬許可書

ゆたかがおか

クレープ

これらは今でも緑豊かな団地として管理されており、隣棟間の芝生の管理も自主管理で、エンジン付きの芝刈り機の数は相当なもので、居住者が参加する緑地管理の日の活動風景は圧巻である。それだけ空閑地が多く日当たりの良い芝生の広場があるという意味で、緑の環境は豊かである。それに引き替え、最近の民間開発のマンションは高密度である。多摩ニュータウンでは開発に制限があり一概ね一五○パーセントでコントロールされているが、それでも建物の高さは超高層も現れている。三階建てもあるが二四階建てもあると言うように敷地の活用は多様である。
それが駅周辺や新住地区からはずれて区画整理地区になるとたちまち容積それが一戸当た率は増加して、容積制限の三00パーセントを目一杯使った計画になる。そのマンションの住戸数は約一七〇戸。り二七平方メートルのマンションになる。私の住む団地の住戸規模と変わらないコミュニティである。そこには緑の環境は殆ど無い。建物は一棟。管理組合は一つ。
管理会社が徹底した管理を約束してくれていて、平均的な管理費と修繕積立金を合わせると二万五千円ほど。おそらく一0年くらい経つと修繕積立金の見直しがあり、毎月、三万円を越える出費となろう。
さらに固定資産税と都市計画税が毎月一万五千円から11万円という所で、固定費が四万五千円から五万円の出費というそれに加えて住宅ローンとなると相当な支払いになるが、ことになる。

管理費や修繕積立金はずっと続くコミュニティの結束は自らが困ってはじめて守りたいという意識が生まれたときから始10年ほど経ったあるマンションの管理組合の相談に乗っているのだが、まる。事はマン管理会社から管理費のアップと修繕積立ション管理費と修繕積立金の上昇から始まった。金の不足を告げられてから管理組合は動いた。管理費の上昇は窓口の管理体制の変更で対応するとともに、維持管理費は他から見積もりを取ることで、管理会社の見積もりを精査した。
そして使われていなかった機械式駐車場を解体して平置きに変更し、さらにマンション管理を多角的に見守ってくれる専門の管理者を委託して出費の必要な工事について徹底した相見積もりを実施した当然、管理組合は頻繁に議論して、ある時は紛糾したが、それでも住み続けることができるマンションになるためには議論は続けられ、結果として管理費も修繕積立金も上昇させずに継続して住み続けることができるようになった。

集中した議論の末に、人と人がコミュニケーションすることによって自主的な活動が生まれ、結果として経済効果のあるマンション管理ができることが始めて共通の認識になった。つまり顔の見えるコミュニティが問題を解決できる手段であることがわかったのだ。多摩ニュータウン内には民間マンションが急速に増えている。これらのマンションを管理するノウハウが今後も蓄積されることが必要である。

その為にも地域で支えるシステムが必要だ。先の管理組合の経験が有効なノウハウになる。地域に生まれたマンション管理のノウハウが新しいマンションに行かされるシステムが必要である。マンション管理に対して自治体も協力的である。相互に情報を提供し合うことで新たな展開は可能である。

住民票(世帯全員)地こうしたコミュニティが生まれれば、その自主的な管理組合運営の実現は難しくない。

中層住宅にエレベーターを設置する多摩ニュータウンの集合住宅の九一パーセントが三階から五階建てのエレベーターのな外部とのバリアフリーが確保できない状況で、い住棟で占められている現状からすると、結局住み続けられないままでの高齢化対策になり、住戸内のみを改善しても、効果は半減多摩市では平成一四年三月策定の住宅マスタープランに基づき、する。

中層住宅のエレベーター設置に伴う設計費補助を打ち出した。二箇年ほど予算を計上したが、結局、申しやむなく提案を取り下げることとなった。込みはゼロ。そして多くの高齢者がエレベ多摩ニュータウンの高齢化は待ったなしでやってくる。

ターのない中層住宅で居住している実態を考えるとエレベーター設置は的を射た施策ではあったのだが、実態は殆どが階段タイプの住棟であり、エレベーター設置の効果が余りにも効率が悪いこと、団地管理組合という性質上、増設に伴う合意形成が難しいこと、そして法的に増設するための手続きやその為に影響を受けることが多いことなど、実施に向けてのハードルが高いことが普及しなかった理由である。

しかし、これらのことはよくよく考えれば解ったはず。エレベーター設置が現実的ではないので事業としては取り下げられたが、現状のまま放住み続けられなくなること必至である。
置すると必然的に高齢化は進み、人口の移動状況を分析すると高齢者及び予備軍のこうした住宅からの転出が盛んに行われていて、団塊世代を含む高齢期を迎える前の世代がバリアフリー住宅を求めて移動していることがわかる(一五)老後の不安を解消するために転出している現実があることを自治体は密かにほくそ笑んでいるのではないかと勘ぐってしまうが、退職金を受け取る前の資金力のある団塊世代を転出させているのも事実で、総体的に考えて市の財政にメリットがある世代をみすみす失っているようにも見える。
現在の高齢者の多くは裕福な資金を持った世帯であり、団塊世代も今後退職金の一時金や貯蓄もある世代である。こうした裕福な世帯の転出を誘導するような施策を展開しているのが多摩市の現実である。今転居できる世帯は資金力のある世帯であり、都心のマンションや多摩ニュータウン近辺に新規供給されるマンションに転出している状況は容易に推察することができる。

多摩ニュータウンの住宅·市街地

平成25年都市計画現況調査

その中で
資金力もなく結果として移動が出来ず残されている市民も居るので、こうした移動の発生が高齢福祉の必要性を迫られる市政の中で、市の財政に有利に働〈とは考えにくい。むしろ、税での支援が必要な高齢者を増加させているのではないかと気になる実態である。思うのは私だけなのか、多摩市で今後進めなければならない施策は、住み続けられない住まいに困り果てて、やむを得ず住み移らなければならないと思っている高齢者世帯等を地域に定住させることであり、より豊かな生活環境を提案して住み続けてもらうことが重要である。
急ピッチの高齢化が危惧されていて、世代交代を促したいという意識も生まれるとは思うが、実態としては自力でカバー出来る経済力のある世帯を転出させ、住宅ローンを抱え子育て支援を受けなければ共働きできない借金世帯を増加させている事に他ならない。こうした若い世代その時はさらに高齢者が増えるのだから結局は問題の先送りでありも何れは高齢化し、無責任な対応であると思われる。

市民サービスの基本は高齢者本人への思いやりであり、住みたいところに住んで、健康で生き続けるための場の提供と暮らしのサービスを提供できる環境作りを推進することが行政としてのまともな考え方である。

少しでも高齢者の転出を抑制し、元気な高齢者が楽介護保険に頼らない生活の場を演出する。しく生活できる場を増やし、その上で若年世帯の転入を増加させるよう誘導することが必要である。若い世代も高齢者が安心して豊かに安心して集結する。居住している場所には魅力を感じ、高齢化は全国どこにでも起こる現象である。その中で多摩ニュータウンだけが回避しようなんて考えるのは不公平だし、利己主義そのものである。結局は生活者にとっては幸せになれない、偏ったコミュニティを形成してしまう結果になる。
世代を越えて共生できる環境こそ、これからの理想的なまちなのであるところで、エレベーターの設置についての施策であるが、一度始めた施策を取り下げる結果になったが、多摩ニュータウン内にはエレベーターを設置するのに効果的なマンションも見つけだせば少なからずあるはず。行政施策は補助などの予算をつけ、広報して知らしめることで行政施策として全うしたと思っているが、補助なしの支援施策も有効な手段となる。
写真の団地は多摩ニュータウン開発初期、昭和四八年入居の1棟からなる分譲マ

ンションで、敷地の高低差を利用して三階が玄関の七階建てのマンションだ。
中間階にアブローチするので、エレベーター設置のない建物として建設された廊下タイプの住棟であこのマンションにエレベーターを設置することの効果は、階段型の住棟にエレベーターを設置するより数段の経済効果や居住環境の向上を図ることが可能で、行政が積極的な支援に乗り出すことで効果的な成果が期待できるはず。
日本のニュータウンを知る資金を出せというのではない、エレベーター設置の効果があるマンションとして、資金投入の効果を居住者に説明することで分である。エレベーターの設置は資産価値の向上を促し、建物全体がバリアフリーマンそのマンションがエレベーター設置効率の良いマンションとして生き返ることになる。ションであることを管理組合に伝えることでバリアフリー化の呼び水となれば行政の役割予算がないことを憂うよりも、も達成される。市民の資産を如何に守るかの知恵を出す,もし、知恵もないとすれば地域の専門家を巻き込んで、とも行政の役割である。
知恵を集高齢化を恐れない団地づくり高齢化の問題は介護だとか医療だとかの費用負担という経済問題で片づけられる場合が多いが、居住者の立場から言えば高齢者一人一人が家族の中での役割分担や地域との関わりを育むことによって生き甲斐に繋がり、病気や介護も遠のく要素を持っている。すなわち高齢者が地域で役に立つ場があれば、高齢者問題も半減するのだという確信がある。

国で言う体力増強などは、ただ単に体力をストレッチで温存させようとする消極的な対策で『元気にしていろ』では健康維持の意欲が起こらないが、孫のため家族のためただ地域のためなどと社会的な役割が加われば、意欲的な体力の維持も必要になろうというもの。

役割があってこそ、百まで生きようと言う気になるのが人間の性(さが)とりわけ男性の場合、退職すると与え続けられた役割から開放されて人生の目的すら失ったように思う人がいるが、多くの場合、それぞれの専門性を持って働いていたり、会こうした能力を活かした役割が私の住む団地には社人間たるノウハウを持った人である。

引退した人達が自らお助け隊という組織を作り、ある。ヶ月に1回、団地内や周辺の見回りとゴミ集めを買ってでているリタイヤグループがある。メンバーの中にはパソコンの得意な方がおり、インターネットやパソコン操作の個別サービスをボランティアしていたり、大工仕事が好きで団地内のベンチの修理やペンキ塗りを一手に引き受けている方リタイア組ではないが雪の積もった日には必ず朝から延々と通学路の雪かもいる。
また、きを始める人も地域での役割を買ってでる人、団地中の植栽に気配りをして定期的に仲間を募って刈り込みなどの活動をする人など、その方の生き甲斐に繋がるものである地域に自主的に手を出すことを躊躇する風潮は多くの人にあるが、それを一歩踏み出せば自らの活動で成果が得られ、充実感もある。その雪かきのおじさんは、近くの緑道につも出かけて草刈りをするのが趣味にもなっている人でもある。
ジョギングでダイエット運動をかねてボランティアで汗をかくことで生き甲斐を得ているケースであるするより、「単なるジョギングより草刈りの方が自分に向いている」という哲学で草刈りは行われており、役に立つ喜びを感じているに違いない。

家なんていらない

住まいを補う

確かにダイエット効果が現れ、スリムになっ

団地を毎日見回り、ゴミの出し方、不審な人の進入、居住者の動きなどを常にチェックしている方がいる。高齢者と言うには元気な方だからシニア(先輩)とでも行っておこうか。日頃の団地管理を一手に引き受けている。業者に委託した修繕の完了状況の確認や定管理組合役員が日常的に対応できない所をサポートする。期清掃の確認、祭りや餅つきなどの古式ゆかしき作法も教え導いてくれる逸材である。
こうしたシニアは、おそらくどこの団地にも人材が眠っているはずである。
掘り起こすことで、団地も良くなるし本人の喜びもひとしおであろう。必要なのは、個人個人の能力が発揮できる場であり、共用のものに手を出せるコミュニティ環境とそれを否定しない組合員の心が欠かせない。個々の価値観は多様だが、美しい安心なもの快適なもの雪が降ったときに雪かきものには否定しないものである。している人を見て、不愉快には思わないものだ。

もし不愉快に思う人がいる場合は、自らの雪かきの出来ない自責の念が裏にある場合で、不健康な発想でしかない。他人の親切を素直に受け入れることも重要なコミュニティへの関わりであるこうした環境が出来れば高齢化は怖くない。高齢者の知恵と力が発揮できる環境に若い世代も集まってくるし子育ても安心だ。
多摩ニュータウン全体の組織化を多摩市にはまちづくり活動のNPOとしても幾つかの団体があり、多摩市のマスタープランづくりに意見するグループもある。
しかし、多摩ニュータウン全体のまちづくりを議論する場が無いことから、まちづくりの問題が多摩ニュータウン共通の問題として提案できないことが、まちづくり意識の育たない原因になっている。
各行政サイドでは行政区域内の問題として議論されているのだが、それぞれ多摩ニュータウンの置かれた位置で温度差があり、決して足並みが揃っているとはいえない状況である多摩ニュータウンの住民サイドからすると、各行政組織が温度差のないフラットな立場政策を進めて欲しいというのが思いであるが、現実には行われていないのがで議論をし、各行政の立場では必ずしも多摩ニュータウンに対する取り組みのスタンスが真相である。

同じではなく、同じ温度で政策を進めるというのは難しいというのが本音であろう。本来それぞれの生活圏を意識しながらまちづくりを議論することで、多摩ニュータウンのまちづくりを推進することが必要なのだが、そこは生活者としての住民がイニシアティブを取って行くことが必要になる。
地域にふさわしい都市計画や文化活動、教育福祉、経済活動など多様な議論が、多摩ニュータウンを構成する四市の立場を背景にしながら展開されることが大切である四市の市長が同一のスタンスで会議をしようと平成一三年五月、八王子市、町田市、多東京都副知事及び都市基盤整備公団理事による多摩ニュータウン摩市、稲城市の市長、が開催され、「多摩ニュータウンまちづくり協議会」サミット四市を中心とするの設置が合意された。

これを受け四市の助役と都の都市整備部長、そして公団の多摩ニュータウ「多摩ニュータウンまちづくり協議会」ン事業本部長がメンバーとなってを開催してきが、「地域活性化結果として図書館の相互利用を目指し地域のポータルサイトを構築する

部会」とアダプト制度について検討する都市管理部会の二つの専門部会を定め活動することを決めた公団や東京都が開発から退いていく中で四市の結束が必要でぁこうした動きは、今後、ることをアピールする切っ掛けにはなったが、多摩ニュータウンに取ってはさらに継続的な都市計画や都市経営のバックアップ組織作りが必要で、一時的なパフォーマンスでは間に合わない段階に来ている。
親の含み益を移転し一時的な専門部会ではなく、恒久的なまちづくり組織が必要その為には、だと考えている。多摩ニュータウン全域を研究活動の対象として活動する多摩ニュータウン学会やまちづくリの専門家などが、多摩ニュータウン全体の情報を統括して都市計画や都市経営についての計画を策定するなど、多摩ニュータウン全体を掌握する新たな機関の必要性を思うのだ。多摩ニュータウンには独自のまちづくり計画が必要である。これまで東京都や都市公団が都市計画や都市経営を担ってきた歴史がある。
それが独立行政法人UR都市再生機構に組織替えしたことによって多摩ニュータウンのまちづくりには係われなくなり、東京都も自らが抱えている未利用地を売却する地権者の一人になってしまった。そこでは何らかの形で行政が係わる必要があるのだが、東京都も都市機構も関係四市に任せてしまった格好しかし、各市には温度差があり、多摩市の担当者は真剣に対応するが町田市の担である。
当者は末端のことで、居住者と対峙するにも扱いは違うことになる。
これは致し方ないとで、各自治体の部分管理で多摩ニュータウン全体をコントロールするには無理があるそこで居住者自らがまちづくりを提案し、各自治体がその提案に習って事業展開をするという構図が求められてくる。

これらを司る組織が欲しい。その方法としては、各市から温度差に応じた人材を投入した独立した組織を編成する,とである。面積比で人数を配分して行く方法もあるし、市民サービスという視点では人口による人員配分も考えられる。さしずめ多摩センター辺りに事務所を置き、多摩ニュータウン全体の施策について協議する環境を作ることから始めることになる。
当初は多摩ニュータウン全体を理解することから始めて、問題点の掘り起こしから始めることになる行政施策としての提案など、まちづくりまち育てに関する議論は徹底して多摩ニュータウン発の議論として、問題課題のとりまとめからまちづくり方針の整理、そして計画の具体化実現のための施策の展開など必要な項目について徹底的に議論することから始める,とになる各メンバーに共通の問題意識や目標が次第に備わっていき、徹底した議論は、具体的な事業化に向けて発信するエネルギーとして蓄えられる。
そこに集まったメンバーは各市から集まった人材ではあるが、多摩ニュータウンの場において議論することで、必然的に多摩ニュータウンの中を意識し、提案や問題提起が出来るようになる。多くのアイディアや取り組み課題はその場に居てこそ生まれるもので、傍観者では行動に向けた力にはならない。核となる場に一同することが大切になる。

だからこそ、このように徹底して議論した事業計画を各市に持ち帰り、各々の自治体で事業化する,とになる。その場合は各市の共通認識の上で行われる事業であることが周知されているので、迷うことなく着実な事業推進が可能になる。迷いは必要なく、決まったことを行う自治体の役割があるのみである。このような多摩ニュータウンを司るまちづくり組織が継続

的に運営できる場が生まれることを望みたい。

多摩ニュータウンは既成の市街地とは大きく異なるエリアであり、その中をコントロールするのに既成の市街地と同様な視点では解決しないことが多い。そこで、独自の環境である市街地を政策的にコントロールする独立した政策集団の場づくりを始めていただきたい。
住み続けるためにマイナスをプラスにする高齢者が安心して生活できること安心して子育てが出来ることとは内容は違うとが背景は同様な意味合いを持っている。
預貯金等

これらの帳簿価額が相続

預貯金等の名義変更贈与

住宅を造っても住む人がいなければ街は成立しないし、交通事情などが整っていない地区に転入する努力たるや想像を絶するものがある。とりわけ、多摩ニュータウンの最初の入居者は、開発側の経験も浅いので殆どマニュアルのないことの連続だったろう。いわば開拓者の精神で掛からなければ、到底多摩ニュータウンに住み続けることは出来なかったと思われるほど不便を強要した。だから、当初に入居した人々からの多摩ニュータウンへの思いには熱いものがある。時代はそれほど住宅不足が深刻だったという裏返しの事情があった。
当時の様子は多摩ニュータウンタイムズ社主、横倉舜111氏の報告に詳しいが一九七四年昭和四九年六月小田急多摩線が永山駅まで開通、同10月京王相模線が多摩センターまで開通するまでの間、入居した人々の苦労がどの様な試練の中で住み続けたのか、その状況が詳しく語られている。
横倉氏は多摩ニュータウンの土地取得に当初から係わり、多摩ニュータウン開発の生き字引として、われわれの多摩ニュータウン情報の原点でもある。
多摩ニュータウンタイムズが語るニュータウン初期の光景を参考までに抜粋する(一四)

-多摩ニュータウン妻子が待つマイホームに住民がピストン輸送永山地区に入居第一陣を迎えて一年が経った昭和四七年三月頃、諏訪、京王相模原線や小田急多摩線の鉄道工事は始まっていたものの住民の足の問題が解決したわけではなかった。

当時ニュータウンは、京王線聖蹟桜ヶ丘駅と小田急線鶴川駅との間を京王バス、神奈川中央バスの11社のバスで繋がれていた。朝夕のラッシュ時には途中無停車で急行してようやく間に合うというのが現状である。雪の日や雨の日に積み残された乗客の行列は気の毒であった。諏訪、永山地区には当時五千六百戸が入居しており、この三月には愛宕地区の入居も開始される。

ところが勤めから帰り桜ヶ丘に着くのが10時半過ぎると終バスはない。タクシもあるがバス料金の10倍以上を払うことになる。しかもタクシーに乗るためには長時間並んで待たなければならない。

桜ヶ丘駅のホームに電車が着くたびにホームからの階段を先を争い駆け降りてくるその足音と一人でも追い越して先に出ようとする気迫ある行動は異常ともいえる。そ新しいマイホームに住んで日が浅い、してタクシーを待つ列に加わるのである。妻や小さい子供が待つ家に一刻も早く帰りたいというのは人情である。折角桜ヶ丘駅に着いても、ここでまた三〇分、一時間待たなければならない、こんな日々が続くと、何とかならないものかと考えるようになる。だが、この新しい街はまだこれに応えられるようにはなっていない。
夜になると文字通り陸の孤島化するのが世界に誇る多摩ニュータウンの現状である京王新宿発の特急は最終が午後11時で、聖蹟桜ヶ丘駅着は同11時11五分だが同駅の最終バスには間に合わない。せっかく特急に乗ってもニュータウン行きの足はタクシー以外にはない。
夜10時半以後に聖蹟桜ヶ丘駅に下車して、折返し帰ってくる駅前のタクシーを待つ人たちで毎晩長蛇の列が続く多摩ニュータウンの入居募集案内などのうたい文句は新宿から二五分、職住近などであった。そこでこの交通問題を何とかしようと立ち上がったのが、「多摩交通問題実力突破委と称する自主運行だった。
バスのなくなった午後10時半以後終電まで、員会」京王桜ヶ丘駅とニュータウン間の約六キロを九人乗りのワゴン車で五八回のピストン輸送をする。少しでも帰宅の遅れを緩和しようと住民側が動き始めたのだった。車の自主運行車多摩交通問題実力突破委員会と書かれ横には白字で大きく小さくている陸運局は黙認していたのだろう。

信頼できる多摩ニュータウンタイムズより

最初の住宅供給多摩ニュータウン開発最初の一九七二年昭和四七年までの11箇年に投入された住宅宅四011戸、公団分譲住宅一二三0戸であった。いずれも三九平方メートルから五11平方メートルの小規模住宅で、エレベーターなしの五階建てが標準だった。
それでも2DK3DKの団地住まいはモダンで、二〇代後半から三0代前半の世帯を中心に不便を物ともせずに転入した。当時の公営住宅も公団公社賃貸住宅も分譲マンションも110代三0代のファミリー向けの住まいとして普及し始めていた。
今と比較すると結婚年齢も子育て期も五年以上早かったから、住宅ニーズも若くして始まった。ちなみに、公団の分譲価格四八平方メートル三九0万円、1平方メートル単価八·0万円は今では考えられない価格である

しかし、四八平方メートルは四人家族を主とする世帯には余りにも狭い。多くの世帯はまもなく始まるオイルショックをきっかけに住宅双六へと始動しはじめるのである。

折か日本の住宅はウサギ小屋量の供給ら国連人間居住会議からの発言もあって、から質の供給へと日本の住宅政策を大きく方向転換させる時期とも重なった。
だからそれ多摩ニュータウンに供給される住宅の面積も六五平方メートルに、以降、そして九五平方メートルへと急速に増え、同時に多摩ニュータウンのマンション価格は五年後の昭和五一年には二三·八万円/平米、一0年後には三五.二万円¥平米をつけた。その結果、一戸の総額も一五00万から三三00万と跳ね上がっていった。
当時のサラリーマンの収入もインフレで急速に上昇していたので、中古住宅を高く売ってさらに広い住宅を購入して行くという住宅双六が住宅取得の常套手段として受け止められていた。すでにお気づきの方もあろうかと思うが、多摩ニュータウン開発でも他の公的なニュ初期に投入する住宅は賃貸住宅を中心に整備する。
タウン開発でも、とりわけ公営住宅は多くなり、都営住宅多摩ニュータウンの場合も初期投入の住宅全体の三七パーセントが都営住宅になっている。

それに引き替え分譲マンションは一九パーセントという低水不便を承知で分譲マンションを買う世帯のニーズを少なく見て、準で、多少の不便は承知でも入居せざるを得なぃ入居者を対象とした公的賃貸住宅が供給の中心になった。その場合、希少価値の分譲マンションは高嶺の花で、当時の多摩ニュータウンでは、あ

こがれの持ち家だったに違いない。多くの賃貸世帯は、将来は中古住宅でも購入して持ち家世帯の仲間に入りたいと考えていたはずで、あわよくば、さらに住み替えで最後の到達当時、点は戸建て住宅の取得を夢見た時代である。マンションは終の棲家としては不十分と思われていて、住宅双六の上がりは戸建て住宅に決まっていた。

それを受け止めるように公社や公団は最寄り駅から少し離れた丘陵部に戸建て住宅団地を造成した。これで、公所得階層に応じた住宅政策のモデル配置が完成した。営住宅から戸建て持ち家まで、居住者もそれを当然として、右肩上がりの日本経済が本物であることを疑いもしなかったし、住宅双六はある種の錬金術として市民の意識に根付いていった。
それを証拠に多摩昭和四六年に供給された諏訪二丁目住宅の入居者の八割がニュータウン最初の分譲団地、転居している事実がある。
相続税の還付請求

定期預金の書き換えも贈与を受けた人が行う

親の土地の名義はとっくの昔に死んだ祖父のまま!
元々、住戸面積が四八平方メートルという狭さが原因で移転が誘発されたと思われるが、現状の居住実体を見ると単身世帯は11割以下で三人以上のファミリー世帯が五割以上と、必ずしも狭さが家族数を決定するものではないようだ。そこにその流れがバブルは狂乱物価で上昇した資産価値を生かした住宅双六が確実に存在した。景気後、一挙に崩壊すると誰が予測できたろう。従って、当時の住まいの価値観は、住み続けることが大切だという持続可能な社会を目指す現代の風潮とは価値観を一八〇度異にする状況だったに違いない。
その後の住戸面積が100平方メートルに近づいた昭和五六年頃の分譲団地、豊ヶ丘団地の入居者の住み替えは少ない。すでに建物の価格帯も上昇しており売却による利益は得られない状況にあった。その後のバブル景気にも広さという点では十分だったし、マンション管理も自主管理などでコミュニティもしっかりしていて、住宅双六は必要なかった。ただ、高齢化の波はひたひたと押し寄せており居住者は加齢している。

この団地の特徴は住宅規模は十分だが階段型住棟で、住み続けていくにはバリアフリーの対策が必要であり初期の団地とは違う、高齢化という現実的な問題が待っている。

求められる住まいの規模一九七一年、最初の分譲マンションが四八平方メートル、賃貸マンションが五一平方賃貸の方が111平方メートル広いという状況があった。
一般通念からするとメートルと、分譲の住戸規模が賃貸を上回るのが常識であるのだが、この時は逆転していた。
原因は当時の分譲マンションに対する住宅金融公庫融資の面積基準枠に限界があったことで、住戸面積を広くしたいとする公団賃貸住宅の方向と逆転現象を起こしていた。それほどマンションが持ち家住宅として一般的ではなく、抵当権を設定する不動産として金融機関には信用がなかったということに尽きる。

また住宅金融公庫のマンション融資そのものも一九七〇年、多摩ニュータウン第一次供給の前年度に実験的に始まったばかりで、マンション融資も手探りだったと言える。とりわけニュータウンとはいえ、開発途中の山間部の土地に落下傘で降りるかのような陸の孤島の住宅への融資だから、土地本位制の中で、マンションの資産価値の評価も難しかったに違いない。とはいえ、余程、住宅に困窮していなければ入居しないだろうと言う計画者側の思惑もあったのだろう。安価な小規模住宅が大量に供給され、すべてが売却された

その後、1年で狂乱物価のオイルショックがやってくる。
マンション価格も急上昇する一九七二年と一九七三年は第三次マンションブーと共に新規供給の住戸面積も拡大する。
ム、一九七七年から一九七九年は第四次マンションブームと呼ばれるが、オイルショック以降の多摩ニュータウンの位置づけは、一九七六年、他の例に漏れず公団住宅は「高.と評され、都心部のマンション供給が増え、遠·狭高くて遠くて狭い」その時期、都心回帰が始まっていた。
やがて多摩ニュータウンでも住宅面積は八〇平方メートルを上回り、とよがおかに分譲されたマンションは南面三室、当時、多摩市豊ヶ丘100平方メトルにもなる規模で供給され、ゆたかがおかと呼ばれるほど特別な面積の住宅が供給さそしてバブルれた。
さらに一九七九年以降は小規模分譲マンションの供給はなくなった。
信頼できる経済期には住戸面積平均が一四四平方メ-トレにもなる三世代同居型の団地も供給されファミリー型分譲マンションの最大面積に到達するバブル経済期の住宅供給戸建て住宅が住宅双六の上がりだと信じていた日本人には広いマンションは売れず、民間のマンションは何れも小規模だった。だから居住水準の向上を目指す国は、公団分譲などの公的マンション供給を通して広めのファミリー中心の住宅を供給してきた経緯がある。民間が都心部で比較的コンパクトなマンションや投資型のワンルームマンションを大量供給するのに対して、公的に整備する住宅はファミリーを中心にするために住戸面積を拡大していった歴史がある。だから多摩ニュータウンの分譲マンションにはコンパクトな住宅は初期の供給以外は存在しない。

一度、方向を定められれば、わき目もふらずに一心に目標の住戸を供給するのが我が国の習わし。最低でも七五平方メートルは確保すると国が宣言すれば、何が何でも最低限を守っていくので、結局、単身者は住めない団地群が生まれる。だから高齢の単身者は古い狭い住宅に住むしかないと言う選択になって、初期の住宅に集中することになった。日本の住宅政策はそれほど偏った住宅供給をしてきたことになる。

しかも殆どが中層住棟のエレベーターのない住宅だから、高齢化に対しては無子供が巣立って片方が死ぬ防備だ。人になる。と必然的に一中途半端な住戸面積では子供との同居も難しい。そんな問題が顕在化し始めたのもバブル景気の最中だった。高齢化が問われ始めたのもバブル景気と同じ時期になる。一九八六年昭和六一年、国の高齢者住宅事業としてシルバーハウジングが始住宅政策に高齢者への対策が取り上げられた最初だが、まった。
家族同その後の議論はか高齢者集合なのか議論が分かれた時代。その結果としてのマンションにも近居居隣居の可能性を作れと生まれたのが、三世代同居住宅の供給。平均住戸面積一四四平方玄関を二つ用意して内部で繋がる仕組みでエレベーターが用意されバリアフメートル、リーが謳われた。

そして多摩ニュータウンには新規団地の供給の中でまとまった単位で供給された一九八八年昭和六三年八月入居のサバービア多摩21は四九戸という小規模な団地であるが、一六四.九九平方メートルという大規模な住戸が供住戸面積は一一三.九一七八九0万、給された。
価格は五七七一平方メートル当たり四六.七万円という価格帯は当初の住宅価格としては高額であり、都心の親の住まいを整理して子供と同居するとやがてバブル景気のピーク時には多摩いう住み替え需要に焦点を当てた供給でもあった。ニュータウン内でも一平方メートル当たり六0万円が常識となり、やがて崩壊に進むことバブル景気だったことは、になる。はじけてから解るもの。
高額で購入した二世帯同居の住戸も今では一平方メートル当たり三〇万を割っており、八千万円近くで購入したものが五千万円を下回る価格になった。それでも、ピーク時に購入した住宅よりは損失は少ない広すぎる住戸は維持管理費も馬鹿にならず、ものの、月々の管理費と修繕積立金の合計は

高齢者世帯の住まいとしては負担が大き過ぎる。
四万円となり、すでに110年近く経過し居住者も住み続けることの重さを感じているはずである。た団地である。

アパートを建てた場合

コールドスポット

多摩ニュータウンに供給された住宅の規模は多様ではあるが、同一団地で同様な住宅が単身高齢者や新婚夫婦、集中して供給されているため、子育て世帯もいるというコミュニティミックスを実現できないでいる。その時々の住宅政策がモデル的に団地建設に適応されてきたことがコミュニティミックスの実現を妨げていると言ってもいい。こうした住宅ストックの中では、ライフステージに対応した望ましい住まいを求めるためには他の地区に住み替えていくしかなく、育ててきたコミュニティを失う結果となる。孤高の人は別にして、人間は共に暮らす仲間がいてこそ楽しくも有意義にも生きられるもの。特に老後の住まいは地域に密着するのが常。
できれば地域で終の棲家を見つけたいと考えるのは万人の共通する価値観であろう。そんな住まいが多摩ニュータウンにはない見方を変えると、家族の成長変化や経済力の違いによって住み替えをする日本の住宅制度に最も適応できているのが多摩ニュータウンであるのかもしれない。

ニュータウン内で区画整理地区の民間のワンルームから新住宅市街地開発地区新住地区の公共賃貸住宅そして新旧の分譲マンションや戸建て住宅などの全てが用意されていて選択できるという環境は大規模ニュータウンの特徴であろう。

経済力が不足すれば公営住宅があり、高齢化すれば高齢者向け優良賃貸住宅が用意されている。余裕のある世帯には高級な戸建て住宅団地も整備されていて、ステータスのある生活ができる。ある意味では至れり尽くせりのニュータウン、それが多摩ニュータウンであるのかもしれない。ただ、多様な住まいはあったとしても、人々は成長変化するもので、その度にヤドカリのように移住するのではかなわない。
住み替えるとしても同じコミュニティの中で住み替えることができれば近所づきあいも守れるが、所得や家族の成長や縮小などの変化によってコミュニティも一新させなければならないと言う住まい方は今後の高齢社会には似合わない。今後はコミュニティを離れずに住み続けられる住まいのあり方が求められている。その為の施策が望まれている。
多摩ニュータウンの住宅供給多摩ニュータウンの住宅供給は時代の流れに左右されながら大きく揺れてきた。
昭和四住宅不足の時代に街開きがあり、七年のオイルショックまでの大量の小規模住宅を供給し、住宅の質の時代続くでは急速に住戸面積の目標を拡大する国の施策に対する追随を団地単位に展開して、平均面積一四四平方メートルという偏った住宅団地を世に生み出してきた。

とりわけ公団を中心とした住宅開発は、国の住宅政策に従順に取り組んで極めて特異な市街地を生んできた。日本の住宅政策は階段状に昇っていく段階的施策といえる。五年ごとに住宅建設五箇年計画を策定して居住水準や環境水準を上向きに定め誘導する。それが公的住宅供給組織である都市公団や公社の建設基準になり、多摩ニュータウンの住宅供給の基本的基準ともなった。

これらの帳簿価額が相続時代の要請で、三年からの第八期住宅建設五箇年計画を最後にこの計画も平成一新たな住宅政策へと衣替えしたが、戦後の住宅政策の根幹を成す計画として、公営住宅公団公社の賃貸住宅、公的な分譲住宅、金融公庫融資住宅など旧建設省の関連する住宅に

全てに適応された基準であるは、誘導基準が優先する余り、従って、民間住宅の実態と、かけ離れた基準で整備するため低所得階層を救済する公営住宅が一般の民間賃貸住宅よりも高級な住宅になるケースも各つまり民間がついていけな所で現れ、ある種の逆差別的な捉え方もされることもあった。

いほど国の基準は高く位置づけられていて、結果的には現実から乖離した居住水準を求め言い換えると、ていたということにもなる。

日本の住宅環境を向上させるために高尚な目標を持っていたともいえるが、振り返って多摩ニュータウンを見ると、こうした高邁な理想を持った計画で造られた住宅が殆どを占めていることであり、とてもとても他では見られない優良な住宅が集積している区域であると言い換えることもできる建物のデザインや団多摩ニュータウンの住宅供給は面積も質も次第に向上していった。

地の配置計画など、環境デザインについても周到な計画理念や理想的な環境への提案が加えられ、都市計画、建築計画の世界では格好の実地研修場として歴史的にも先進事例としても見学の場として使われたり、放送業界からはテレビドラマやコマーシャルの舞台となり、クリエイティブな新都市としてデビューしていくことになる。とりわけバブル経済に突入する頃からはデザインも際だって良くなり、各種の景観賞に取り上げられるなど華々しいデビューを飾った。このように多摩ニュータウンの住宅は日本の中でも優良な住バブル期に建設した団地群で大規模の瑕疵が発生して、宅が揃っているのだが、前代未聞の建替にまで補償が進展した話題は新しい。
バブル経済期に入り、デザインも奇抜に個性的になって行くに従って住宅に掛けるコスそしてバブル経済のトも増加する。当然のように販売価格も賃貸価格も上昇していった。崩壊がやってきた。分譲目的として建設していた公団マンションも販売できず、やがて賃貸住宅として活用することが決まったし、市場価格暴落で売れ残っていた公社住宅もバブル崩壊以降10年を経て、元値の半分以下で処分した。
バブル経済崩壊は多摩ニュータウンから公的な分譲住宅供給を撤退させた。その後の分譲住宅供給は民間に移行した。
多摩ニュータウン開発を担っていた東京都も公団も用地を売却する手法として大規模な敷地にコンペを実施して販売を促進した。いずれも容積率を最大大規模な土地でのコンペ案は、限に使った計画で、住戸密度を限定しての計画案は、戸当たり面積が八〇平方メートル以Eの広めの住宅供給が続いた。

多摩ブルー賞