1階には台所と居間

印鑑登録証明書

とりわけ移住し易い集合住宅団地から住み替える団塊世代は急増すると思われるエレベーターのない環境の中では住み続けられないことは判っており、少なくともバリアフリー環境を求めて移住するという選択は現実的な転居の動機として多くの団塊世代が意識している問題である。そして漸く就労や子育てから開放されて、新たなライフスタイルに変えるという選択と、高齢化というライフステージに対応した住まいを獲得する為に積極的に住み替えを始めるに違いない。多摩ニュータウンの居住者に対するアンケートの多くが、今後とも住み続けたいという意識の高いことを結論づけているが、詳細を見ると非常に疑わしいものがある。
多摩市

の世論調査(一三)ずっと住み続けたい当分は住み続けたいではの八一·二と当分は住み続けたい当分定住派としているが、パーセントをとするの意味は深それは市外に転居したい理由として、通勤通学、生活環境、住宅事情、長である。
同族会社を設立(すでに同族会社がある場合は仕事の都合、近隣関係を理由として回答項目を作っているが、最も多かった選択肢はそのの三六·六パーセントであり、そこに転居の本当の理由が隠されているように思う。他当分は住み続けるが、子育てが終わり定年退職後には住み続ける理由がなくなるという状況の中で、今後の団塊世代の退職者達が多摩ニュータウンに住み続けるかどうかは、まさに多摩ニュータウンの魅力を団塊世代がどのように受け止めているかを現すこととなる通勤·通学が不便だから市外に転居したい理由の二番目は三五,七パーセントとなっており、続いて生活環境が良くないから一六·一パーセントの順になっている。
ニュータウン居住の団塊世代にとって、子育てと通勤が無くなった定年後は、こうした居にわかに団塊世代へのラブコールが始まっ住継続の理由は無くなっている。地方都市で、た中で、定年を迎える団塊世代がどのような行動を示すかは定かではないが、ゆとりのあ

る世帯のみが移住を考えニュータウンから離脱し、余裕のない世帯のみが残っていくという構図が生まれることも想像に難くなぃ。

こうした状況に対してニュータウンが今後も活力のある都市として存続するためには、豊かな世帯を逃さない魅力あるニュータウンに改善することが必要である。ニュータウンには退職者達が求める田舎暮らしに共通した要素も持っている。こうした魅力を積極的に活かして、地域に発信していくことが必要である。

行政の役割はアンケート結果を都合良くとらえて八割が定住派だとして解釈するのではなく、もしかすると四割が移住するかもしれないという危機感を持って、今後も住み続ける世帯を増やす努力をすることが大移住するか否かの選択はあくまでも自由な選択であり、団塊世代がニュータウ切である。

ああ天国!天国!

ンとの関わりを継続させるかどうかは、地域の魅力づくりに掛かっているのだから。二地域居住国土交通省国土計画局総合計画課が「『二地域居住』の意義とそ一100五年三月二九日、の戦略的支援策の構想」について発表した。
都市住国土交通省によると二地域居住とは、民が、本人や家族のニーズ等に応じて、多様なライフスタイルを実現するための手段の一つとして、農山漁村等の同一地域において、三ヶ月程度、中長期一定期的·反復的に滞在すること等により、当該地域社会と一定の関係を持ちつつ、都市の住居に加えた生活拠点を持つこと』としており、郊外に住宅を確保して家族を住まわせ、都心に通勤地獄解『マルチハビテーション』田舎消のワンルームを確保するという嘗ての構想とは異なりを生活の中に捉えていることに違いがある暮らし

将来行いたいの内訳をみると、全回答者に占める割合で、まもなく始める予定実行予定分が0.七パーセント、制約はあるが行いたいが三·八パーセント、強志向分制約が解決されれば行いたいが三六·一パーセント』となっており、弱志向分実に半数が『二地域居住』に興味を抱いているということになる。
倍率方式当分は住み続けたいこの結果と多摩市での居住継続のアンケート結果のという解答と組み合わせて考えると、かなりの数の『二地域居住』志向者が現れてくるように思われる。実際、身近な友人達がすでに『二地域居住』を始めていて、かく言う私も10年ほど前に山梨に土地を確保し小屋を建て始めており、世代に共通するニーズであると思われるしかし、現実には移動手段や日常の忙しさなどで利用する機会が少ないのも事実で、必ずしも『二地域居住』が的を射た方策であるとは思えない面もある。
今後、こうした傾向がニュータウンから多くの転出者を生むかどうかは未知数であるが国が言うように『二地域居住』が理想だとすれば、『都心』多摩ニュータウンをとして理解し『地方圏その他の市町村』を求める住み分けが生まれると考えることもできる。
またニュータウンそのものが都心と田舎の両方を持っているという考え方もでき、その場合は

敢えて11地域での無理な生活ではなく、田舎暮らしを味わえる都会としての暮らしが実現できるのではないかとも思う。というのも『二地域居住』は言い換えれば別荘保有と同様な状況であり、別荘管理の問題と同様な課題がある。

一般的に別荘を持ち、維持管理するよりも、既存の宿泊施設を利用した多様な選択のあるくらしの方が経済的であるということもあり、必ずしも三地域居住』が『二住宅居住』にはならないと言う背景もありそうだ。

相当の地代

加齢に伴う移動手段や11カ所の住宅の管理を考えると維持管理は容易ではなく、その都度、最適な宿を求めて気軽に旅行を楽しむ方がベストのようにも思えてくる。従って1カ所で地域の要素を持つニュータウン、『一粒で二度美味しい』「理想の居住要素を持つニュータウンは、本来のなのかもしれないとも思えてくる。地」多摩ニュータウンでは里山活動が盛んである。炭焼きや稲作が楽しめる場所やグループ活動がある。自宅から徒歩で山歩きできるコースが整備されているし、筍堀や山菜を摘むことも日常的にできる環境がある。
自家菜園を確保することも可能であり、悠々自適の生人々の本音は山奥で過ごしたいとは考えてなく、活を楽しむこともできる。実の所、そこそこ都市の利便性を享受しつつ田舎暮らしを楽しめれば良いと考えていると思う。ニュタウンはこうしたニーズに応える要素を潜在的に含んでいる。
とりわけ地方のニュータウンで転出が続き、空き家や空き地が散在する住宅地では、空き家や空き地を借用して野菜を栽培したり、多様な趣味の場として空き家を活用するなど使われなくなった資産を活用することで街を活性化することも可能である。
同族会社を設立(すでに同族会社がある場合はこうした余剰の土地や建物を有効に活用することができれば、地価の安いことを逆手に取った地域再生のメニューが出来上がる。定年を迎え、終の棲家を探し始める大都市の団塊世代の呼び寄せも可能だろうし、農地に隣接したニュータウンや里山を持つニュータウンでは晴耕雨読の人生がおくれるし、埋め立て地や沿岸の砂丘を開発したニュータウンであれば海浜のレクレーションを共通のキーワードとして人を呼ぶこともできる過疎化しつつあるニュータウンでも、その地にあった特徴のある個性を強調したそこだけのニュータウンとしてオリジナリティを高めることが新たな再生の方向を見ぃだすことになる。
『ナンバーワン』『オンリーワン』を見いだすまちづくりやはりではなくが必要で、過去を振り返るのではなく未来を呼び込む地域作りへの方向転換が求められている。こうした地域の意識改革により、そこに新たな居住スタイルが生まれ、新たな魅力と居住する楽しみや豊かさが発見でき、その街に住み続けたい、住み移りたいとする居住ニーズが育成されると考えている。

鉄道の延伸が間に合わず、道路整備も遅れ、最寄り駅まで四0分かけての通勤通学は苦痛だったに違いにない。ましてバスが終わってからは陸の孤島で、自主的にミニバスの運行も行ったと言うから、居住者の苦労は並大抵ではなかったろう。降雪時はなおさらで、定刻通りバスが来ない時には徒歩で山越えをしたという話は多くの方から耳にする。ニュータウン開発は計画側の苦労だけではなく生活者の下支えがあってこそ成り立つものである。

形見分けの品を搬送

家を買わないかって

義務づけられることから、一戸当たりの面積が広く必要なファミリー中心の住宅供給が優先される。加えて建物や設備のメンテナンスのことを配慮すると自走式の駐車場が計画条件となり、駐車場部分と建物部分とで容積率を最大限有効に使う計画が生まれる。必然的に建物の形態は塔状または板状の高層、または超高層にならざるを得ない状況があり、結果として多摩センター駅周辺の景観はマンハッタンのように林立するマンション群と化している。
その時、多摩ニュータウンは多摩の中核都市として、大都市圏ネットワーク都市(衛星の一つとして確実に位置づけられることになる。いや、都市とは敢えて言わない)そうならなければ今後建設されるマンション群の行く末が不安で仕方ないというのが正直な感想である。

これらの帳簿価額が相続勢いよく高層マンション化している状況を見ていると、建物管理経費や修繕費用のランニングコスト確保の必要性が確実に増加してくる。ランニングコストは、そこに居住する世帯の定期収入に期待する必要があることから、居住世帯の高齢化などにより維持管理費用が滞っては建物保全は難しい。悪くすれば疲弊するマンション群という評価

を受ける結果ともなりかねない状況である。そうあってはならないとすれば、維持管理を支える個人の財布に期待していくしかないのである。
つまり、人口は常に新陳代謝し、高齢者と若い世代の住み替えを潤沢にして行く住宅ストックの循環が必要で、その為にはや高齢者が住み移れるコンパクトな住まいが必要なのだと痛感するのである。
はり、産学との連携ベッドタウンとして生まれた多摩ニュータウンを活性化させるためには、人口増加を支える環境要素がさらに必要である。一つが産業基盤であり、今ひとつが教育や研究施そのとりわけ今後の日本の産業構造がグローバル化の中で、設の充実である。通信やサービス産業にシフトしていくことから、多摩ニュータウン内での人材育成や就労環境の充実は住宅と並行して誘致および整備する必要がある。

安心して子育てが出来ること

幸い、多摩ニュータウンには初期段階からをはじめ九大学が開校している大学が誘致され、旧称東京都立大学首都大学東京アカデミックな環境がこうした大学での研究や修学に関連する人口も定住人口となるが、多くの先端企業進出の追い風にもなるもので、多摩ニュータウン居住者の就労先とも重なり相乗効果を生み出す人口を呼び込むためには魅力ある都市作りが欠かせない。
その為には多摩ニュータウンの魅力を最大限に活用することになる。

都心部とのアクセス環境の改善として自動車道路の整備やモノレールを初めとする公共交通ネットワークの充実、多くの公園や丘陵地形を活用したレクリエーション機能、さらにはサンリオピューロランドやラフェット多摩など広域的に利用さのアミューズメント施設やアウトレットショッピングモールの存在など、れる施設をアピールして来訪者を呼び込み、総合的に多摩ニュータウンの魅力を来訪者に定着させることが大切だ。

どこのニュータウンでも行えるはずで、こうしたニュータウンの魅力づくりは、私の関係した各地のニュータウンでも、遠州浜団地ならば、浜松市郊外の海浜に面した海浜海のリゾートに特化した環境でのレクリエーションとリゾート機能を高めた住宅供給や、整備で魅力あるニュータウンに変貌させることが出来るし、山間に開発した日立市の住宅地は企業の研究機関と一体にしたリサーチパークに変身させることも可能であろう。また千葉ニュータウンのように農業用地に隣接するニュータウンでは、農業と共存するブロジェクトを推進して農への就労環境の確保と地産地消をベースとした環境共生都市への再編も可能である人口や世帯数の減少社会で求められるまちづくりの要素は、そこに楽しく住み続けられ基盤整備が整ったニュータウンという環境を生かして個性的なまちる環境づくりであり、づくりが推進されれば、自ずとまちは活性化するものだと考えている。

日本のニュータウンを知る衰退をしてしまう基本的に自らの魅力をつかめていない所であり、個性的な魅力を見いだニュータウンは、して、修学と研究環境のある魅力あるニュータウン再生に取り組んでいただ産業と就労·きたい多摩ニュータウンには産業と大学がある。拠点駅をベースとしたオフィス群、幸い、町田市域には軽工業や大規模店舗が張り付き、幹線道路沿いには量販店が店舗展開するうした大型店舗は広域的な集客を意識しており、多摩ニュータウンに居住する有能な人材

と良質な住環境での生活を享受する目的で事務所機能も集積しつつある。
また、大学は有能な人材に多摩ニュータウンを知らしめる場でもあり、在学中に住み慣れた多摩ニュータウソに引き続き居住する研究者も多い。日本では少ないが、欧米では大学町もあるなど大学と都市との結びつきは重要だ。また、日本のニュータウンがベッドタウンであることから、住宅の集積は住宅産業を活性化させる。
住宅の維持管理、リフォーム、増改築などの産業は基幹産業となりうる。
とりわけ高齢化などでの住宅改造は今後も増え続けるし、バリアフリー住宅の少ない多摩ニュータウンでは、利用されなくなった賃貸住宅の総合的なリフォームなど、建物のコンバージョンビジネスにも結びつく。こうした住宅産業の台頭も地域に定着する人口を増やし、住み続けることが出来る多摩ニュータウンを育てることになり、結果として社会的な評価も高くなると考えている。
今後の都市は多くの機能が1カ所にあるのではなく、個性的な市街地が連担するネットワーク型の都市が台頭すると考えている。
人間生活にとってネットワークの基本は、住学ぶ憩う働く遊ぶが適度に連携した都市が望ましいわけで多摩ニュータむウンにはそれにふさわしい要素が集積している。

保証金に関する確認書

都市公団が提唱した多摩ニュータウンの基本テーマが住む、憩う、学ぶ遊ぶ働く、であったことを重ね合わせると要素についても、アミューズメント施設やレジャー施設の充実が整い始めており、総合的な町の様相を示している。このような環境が多摩ニュータウンにある限り、魅力的な都市であり続けることができよう。
自治体の横の繋がり多摩ニュータウンが四市に跨っていることの弊害は、市バスなどの交通のネットワークにも見られるが、多摩ニュータウンの重要な問題の一つである市バスの運行は各市の市民サービスとして四市共に行われている事業であるが、多摩ニュータウンの位置付けは各市によって大きく異なっており、とりわけ町田市や八王子市域での多摩ニュータウンエリアは辺地でもあり、サービス対象区域になるには相当な期間が必要である。

つまり、八王子市や町田市での多摩ニュータウン区域は市の中心から離れ市バスのサービスが受けにくい地区と言っても過言ではない。た僻地であり、それに引き替え、多摩市内のニュータウン部は市域の六割なのだから、当然のように多摩ニュータウンを中核に市バスが走る。

残念ながら多摩市の市バスだから多摩市のエリアを越しかし、えられないテリトリーが定められており、八王子市にも稲城市にも踏み込まない行儀のいい運行が行われている多摩ニュータウンは四市の部分を寄せ集めた都市である。
住宅団地地形的にも土地利用的にも明確に輪郭が描ける生活エリアであるにもかかわらず、横に連結するコミュニティバスのサービスがない。八王子市や町田市のサービスが難しければ、多摩市の市バスが運行すればいい。税金の使い方に問題があるというならば、各市が人口に併せて経費を負担するなど平等になるようなサービスをすればいい。頭は使いようである。融通を利かすことは出市バス来るはずで、を守る必要もない。地域バ何もかたくなに限定的な広域的なとして民間のバス会社に四市で委託すれば良い。
市バス結局はであっても民間のス

バス会社に代行してもらっているのだから、四市で話し合って市民サービスを向上させることをすればいい。行政の負担は変えないで、市民サービスの向上を図ることが様々な分野で出来るはずである。
すでに行政域を超えて利用されているのがゴミ処理場や火葬場などの共有施設によるサービス、市民向けのプールなど施設利用のサービスは広範囲に利用できるようになっただし、市民とそれ以外で価格差を付けている施設もあるが、ている。利用圏域を考えれその差を付ける必要もない。
たとえそれが市民の税金を使い整備したものとしてもば、福祉施設や公民館などの共同利用を押し進めた場合は説明も付く。図書館や体育施設、すプール利でに図書館利用は東京都の図書館とも連携して相互利用の拡大を進めているし、用なども始まっている。こうした市民向けのサービスを利用者側のニーズに沿った考え方でネットワークすると多様な施設が共同施設利用できるようになる。
こうした改善は行政内部でも検討が進んでいるとは思うが、市民からの要望や行政同士の横の関係を深める中で充実させることが出来るものだと考えている。

贈与契約書の例

空き家除去費補助金

従って、そのマンションはゴーストマンションへと転落するのである。とりわけ定期借地マンションで期限満了近くの管理組合の実態はどうなるのか想像するのも恐ろしい。使わなくなったマンションは自分だけの意志で、戸建て住宅のように解体して敷地だけにすることも出来ないから、管理費や修繕積立金を捻出するために賃貸活用するのが普通であろう。空き家が増加すると、そうした賃貸物件も増えてくるから次第に家賃相場も低下する。
平均で空き家が二割もあるような状況では、賃貸マンションによっては空き家が半分などと集中している地区も生まれてくる。過疎化も問題だが、居住していないマンションが増えることももっと問題で、維持費の掛かる収入を生まない資産はマンション所有者を苦しめる環境や建物そのものが良い条件のマンションであっても、コミュニティがしっかりしていないマンションも次第に人気を失う要素を持っている。
空き家の増加は犯罪の多発を生安全や安心が価値を生む時代になる。み、おそらく将来のマンションは砦である。
コミュニティがしっかりしていないと、いくらセキュリティを厳重にしてもコストばかり掛かって決して安全安心は確保できない。たとえば大規模マンションの管理は大規模なだけに抜厳重にすればするほど管理コストは膨大化する。社会経済が資産の循環で動け道もあり、くようになる時代に、維持管理費用の増加するマンションは敬遠される。将来のマンションは相互に競争する時代になる。
隣同士のマンションが安全安心を競う居住の価値を価格ではない評価で選択する時代が来る。
もちろんが、し、賃貸住宅などでは家賃が相場より安いことが空き家を発生させない条件になるが、その頃の家賃は相当こむやみに高いアパートも敬遠される。これから10年もたたない内にマンなされていて、ションの価値基準は大きく変化すると予想している。世帯が減れば空き家は増え、家賃相

場は下落する。低迷するのではなく下落するのだ。
家賃相場は、結局はマンション利用者の人気度で決まる家賃が一般的になり、同様に分譲マンションの中古価格も人気度で評価され、人気のないマンション価格は下落する。
その時、現状のマンション購入者は購入価格と中古価格との差額に愕然とするだろう。都市機構による分譲マンションの建て替えが行われている。ニュータウンの南大沢では、に分譲された三三戸の団地がそっくり再建された。

預貯金等の名義変更贈与続いて一九八九年平成元年平成11年建設の二つの団地が再建中である。高々、一五年ほどの建物が解体され0年建替を余儀なくされている現実が多摩ニュータウンにはある。ここには重大な建築瑕疵が報道により全国に広まった。存在しており、コンクリートの建物をそっくり建て替えるな前代未聞の出来事が身近で行われている。
どと言う瑕疵は私の知る限り初めてのことで、建築に瑕疵は付き物で、建設後発見された不備な部分を無償で修繕することを義務づける瑕疵保証がある。
修繕が前提で、建替など視野には入っていないのだがこれは都市機構旧都市公団はそれを受け入れた。事の起こりは当初からの雨漏りや隣戸からの音の貫通などの問題から始まった。
コンク巣が入っている状態がひどく、外部に露出している部分から雨が浸リートにジャンカ

隣との壁にコンクリートが詰まっていないので、漏れが激しいなど、み込んでくる。トラブルは多発していた。建設当時はバブル景気真っ只中。建設に携わる職人は少なく海外か多くの未熟な職人が出入りした。
建設ラッシュが資材調達を難しくしらの応援を含めて、そんな時代に約五00戸の住宅を111年間で建設した。て価格も高騰した時代である。こうした建設状況は当時どこも同じだった。まず、最初に三三戸の団地が建替られた。足かけ11年ほどの転居生活を経て新居に再入居した。
基礎を残しての改築という方便を使った事実上の建て替えは、入居者にとっては新築同様であり、対外的にも新築であった。築一五年の建物が新築になったことで、入居者の不満は少ない。

ユーザーが決まってしまえば経営リスクはありません。

それも問題発生の初期段階に建替が決定した経緯もあり、都市公団との交渉時間も少なかったことが、再入居率の高い再建となった。同時期の他の団地でも瑕疵問題が発生していた。一方、調査を重ね修繕で改善可能だという都市公団の申し出と管理組合側の意見が対立し問題が長引いていった。しかし、そこに生活しつつ問題を解決するという立場にいる居住者の辛さは想像を絶する。折から各地

新築同様であり、対外的にも新築であった。築一五年の建物が新築になったことで、入居者の不満は少ない。
それも問題発生の初期段階に建替が決定した経緯もあり、都市公団との交渉時間も少なかったことが、再入居率の高い再建となった。同時期の他の団地でも瑕疵問題が発生していた。一方、調査を重ね修繕で改善可能だという都市公団の申し出と管理組合側の意見が対立し問題が長引いていった。
しかし、そこに生活しつつ問題を解決するという立場にいる居住者の辛さは想像を絶する。
同族会社を設立(すでに同族会社がある場合は折から各地で地震災害が重なり、関東への震災が発生する前に移転したいとする入居者も現れ、売却して移転する世帯も現れた。建替か修復かが争点となっていた。ここでの問題は、たとえ基礎を残していても再建は新築と同様な安心感を生む。しかし、修復は瑕疵が隠れているかもしれないと言う不安を塗り込めてしまうように居住者には映る。居住者は再建を望み建設業者側は修復を主張する。とりわけ同じ団地内で棟によって再生方針が分かれる場合はさらに問題は複雑を極める。ここで問題を整理しよう。一つは、不動産価値としての評価である。
再建と修復では中古と新築の差がある。修復では瑕疵が隠されるのではないかという不安が残る。二つには、例え中古であっても普通の瑕疵物件に比較して不動産価値は落ちる。三つには、総コストである。今後の調査などのコストと再建コストは変わらないと言う現実である。当事者間争いの中心が不動産的な評価に原因するものではないかと思わの争点を耳にしていると、れてくる。

どの争点も不動産の価格に関わる評価の別れで、住み続けることを前提にした議論ではないように聞こえてくる。建て替えるか修復かは純粋に建築技術の問題で、建物が建設当時の技術基準に照らし合わせて同等な修復が可能かどうかの判断である。

田舎暮らし

出来なければ建て替えだし出来るならば修復になる。不動産価値の問題は別物である。しかし、居住者には収まらない気持ちもぁる。それは不動産が現金化できるものである限り結末は見えない闘争のように思う。住宅の余剰が顕在化してくる中で、建物が利用価値として評価されるようになると、修復であろうと建て替えであろうと、100年以上も使いこなせれば当初の一五年の推移はそれほど問題ではなくなる要素である。
大切なのは、問題を長引かせないで技術的な真を問い、新たな居住する場として使い続けることが大切である。とはいえ、人間の欲は収ほらない。

注記ニュータウンの未来(一五)秋元孝夫著(多摩ニュータウン·まちづくり専門家会議)ニュータウンの未来(一六)秋元孝夫著(多摩ニュータウン·まちづくり専門家会議)

多摩ニュータウンの未来を読む

未来予測の視点都市の骨格を見直す都市の未来を占うのに、ニュータウンは分かり易い回答を与えてくれる。
少子高齢化の現象は、同一世代が集中して流入したニュータウンには顕著に現れ、学校の統廃合の一方で高齢者施設の充実などの課題が浮かび上がる。
住宅不足に後押しされ建設された大規模団地は同一規格の住宅群で、多世代が混在するには住まいが固定的で理想的なコミュニティは形成しにくい。結果として、同一世代が集中して問題が集中する歪なコミュニティの大きな固まりとして地域に影響を及ぼすようになる。
また、市街地を歩車分離するために近隣住区理論とラドバーンの理論を高低差のある地形にダイナミックにあてはめたものだから、結果として段差のあるヒューマンスケールを越えた市街地が出来上がってしまった。
大規模な都市構造のあり様は、明確に土地利用区分に併せて大規模公営住宅や機構賃貸住宅群と言った社会的に限定されたコミュニティが形成されたことにより、多様な価値観の共有するコミュニティミックスが発達せず、地域内での偏りのあるコミュニティが生む問題を浮き彫りにさせしてきたまた、大規模公園や市街地を区分する緑地の連続や集積は、必ずしも景観の美しさや良好な環境をもたらすものではなく、防犯や維持管理の問題を生みだしたし、丘陵地という高低差のある地形を利用した明解な歩車分離の構造は、コンビニのようなロードサイド施設の誘致を妨げ、身近なバス利用も階段や急なスロープなくしては利用できない不便なものにしてしまった。
親の含み益を移転しこのように、大規模にダイナミックに開発したことによる弊害、それに加えて大規模に短期間で供給した均一な住宅、そして持ち家、借家という性格の異なる歪なコミュニティを生み出した事実を見逃せない。団地群を形成させたことにより、こうした都市の構造を今後どのように改善することで良好な市街地に再編できるのか多摩ニュータウンに与えられた課題は大きい。われわれ多摩ニュータウン住民にとって、これらの課題を一つ一つ解決して行くことで多摩ニュータウンの未来が拓けると考えている。我々は新たな都市の姿を求めて再編を始めなければならないときに来ている。
改めて都市を見直し、未来の多摩ニュータウンを創るためのコミュニティのあり方、住まいや環そしてそれを支える経済について持続可能な都市経営が可能な新たな仕組みを見境の姿、出すことが必要になっている。その仕組みを多摩ニュータウンに居住する市民や専門家が結集して、解決策を探ろうと考えている。専門家のみならず居住者、行政、外部からの応援団などを結集して、新たな多摩ニュータウンを共に創り上げてみるつもりである。

多摩ニュータウンに対するこうした試みは、未来の多摩ニュータウン住民のために役立つのみならず、様々な地域でまちづくりに係わる人々の参考になるものだと思うし、現実的に起こっている事象について解き明かすことで、同様な問題を抱える地域でのまちづくりの参考になると考えている。たとえば建設後三五年を経過した、住宅面積が三0平方メートル台の一五00戸の公営

住宅がある。
隣接して五○平方メートル余りの三八五0戸の公団賃貸住宅が一団を成してその賃貸団地に組み入れられたような配置で六四〇戸や八八0戸の分譲団地が再生おり、を模索している。このようにすでに三五年を経過した住宅団地群には解決すべき問題課題が山積している。
とりわけ、公営住宅制度や公団の賃貸住区制度などの既成施策では、高齢者や低所得層の集中といった偏りが地域のコミュニティを疲弊させる問題として顕在化しており、地域のみの問題として解決することの出来ないものとなっている。
それは国の法的な改正も視野に入れた総合的な取り組みが必要になって住宅政策上の課題でもあり、このままでは公営住宅には高齢者が集中することは必至だし、大規模すぎる住宅ストッ安易に家賃を下げれば貧困世帯をさらに集中させるこクは次第に空き家を増やしていき、とにもなる。

及び本契約条項のいずれかに違反した時。

高齢者を呼び込むことになる

産院、保育園、学校、公園、公民館、図書館、劇場、遊技場、温泉飲食店、マーケット、病院、寺院、斎場、墓地など多様な施設がそれを支える住まいにおいてもライフプランが必要で、住戸のあり方、成長変化に対応した居住の場の確保、多様な世帯のニーズに対応した住まいの提供などのストックが必要になる。また人が生まれ、学び、働き、そして憩うという生活行為の無理のない環境を創出する場作りが求められる。それに加えて、人が快く老いを迎え、そして死に向かうことが安心して出来る環境も大切な場作りで、死者を弔うことを含めて人が住み続けることに繋がる行為であることを忘れてはならない。
多摩ニュータウンでは、日本全体が少子化であるにも係わらず子育て世帯は多く、慢性的な保育施設の不足で保育環境整備が課題になっている状況があるし、両親が働く世帯が多く、学童保育などの不備も指摘されている。また、高齢化に対する対応としても増え続ける高齢者に対して施設整備の不足があり、老健施設などの民間施設建設が進めている状こうした環境整備により実態としての需要と供給のバランスが取れていること況である。
が望ましいのだが、計画が後追いになってしまうのはやむを得ないことでもある右肩上がりの日本では老人ホームなどの施設は姥捨て山的な扱いを受けていて、人里離隔離された歴史があった。
日本のニュータウンを知るしかし、れた所に建設され、今では高齢化は特別なものではなく日常的なことであることを漸く理解するようになり、各地の利便な場所に高齢者施設が建設されるようになってきた。多摩ニュータウンでも初期の老人ホームや高齢者の専門病院などは山裾に隠れるように配置されたが、今では駅近くに、そしてまちなかに建設され他の施設からコンバージョンされたりと多様な施設が整備され始めているたり、

こうした環境が整備される中で、高齢者の生活にも決まり切った選択ではない生き方が生まれている。
社会的入院の反省から生まれた高齢者支援施設。
そして施設介護の反省から生まれた高齢者居住施設。さらに居住施設ではない住宅そのものが高齢者の終の棲家と「永山ハウスもそれだ。三0代の夫婦かして生まれ始めている。
私達の取り組む(仮称)」ら七〇代の単身高齢者までが一つの屋根で共生するコーポラティブ住宅。最後まで我が家で過ごすことが出来るよう、在宅ホスピスの支援も受けられる環境を作ることを企画して人はいつか死ぬ。
その時に病院のクダの付いた装置に繋がれて逝きたくはないというのが万人の偽らざる心境ではないか。私の両親もクダに繋がれて息を引き取った。その時はすでに周りの存在にすら気を配れない状況である。人は人とふれあっていないと生き甲斐も生きている実感も感じられない動物である。最後の瞬間は思いがけない覚醒を覚えるのが自然な人の死だと言うが、親族と親しい友人と別れの言葉を交わしてから永眠したいものだ。

入居者募集

そんな死に様を理想としたい。「永山ハウスには人が生まれ死んでいく全(仮称)」ての生活が営まれていく。地域で守られ地域で死ぬことの選択を得たい。最後の瞬間に一人一人と別れを確かめてドイツ人の老後逝きたい。そうした死があることを(一九九一年法政大学出坂井洲二は教えてくれた。版)ドイツの老人ホームでは最後の時を老練な館長の采配で、親しい友人や親族とお別れをするという。
館長には死期が来た老人の最期を確信する能力があり一人一人を部屋に向かい入れ、お別れを促すというくだりが覚醒であった。日本では嘗てはあつたろう、こうした行為が今でも日常的に行われていることの驚きを感じたし、自宅で家族に見守られて死を迎えたときに、医者がいなかったが為に警察の検死を受けなければならないなど、不可思議なことも多い。死は厳粛なものでありたいと思う。
葬儀の煌びやかさや会葬者の数を競うよりも質素に弔う方法を導きたい。墓においてもそうで、子供のいない世帯も多くなった今、永代使用の墓も不必要であろう。
前述の書には墓を守る期間と面倒を見る人が定められた個人墓が普通であるドイツのシステムが紹介されている。
住民票(世帯全員)そろそろ日本にもこうした弔いの方法が合って良いと思う。マンション管理を見直す戸建て住宅とマンションの管理住宅ローンが終わっても、管理費や修繕積立金の支払いが税金のように続いていくのがマンションだから、戸建て住宅が良いと言う人もいる。しかし、私はマンションが割安だ理由は一つ。みんなで管理することが出来るからに他ならない。と考えている。一戸建ては、グレードを上げたければ必要なときに自分の都合で修理も修繕もできる。
費用を掛けて建物を立派にし、費用が無い場合はとりあえず見送ればいい。建物は1年や11年、いや五年や10年、手を加えなくてもそうは傷まない物である。だから、建物に手を加えなくても維持管理費用はかからないと思っている人は少なくない。それが大間違い

なのだ。とりわけ建物の維持管理は素人には難しい。
だから建築業者の言いなりにならざるを得ないし維持管理コストもマンションの倍は掛かるのが実態だまず管理すべき建物の外装部の負担割合だ。
戸建て住宅とマンションとの差は、マン五階建てだと五分の一だし、ションの屋根は数軒の共同になる。10階建てだと十分の一外壁にしても四周が囲まれている建物の二方向か三方向がマンションで、になる。戸建て住宅は必ず四方向が外壁だ。屋根と外壁の修理は定期的にやってくる。それはマンションでも戸建て住宅でも同じで、維持管理を怠っていると建物の耐用年数にも影響する。
私の居住する団地では11戸を1戸として建てた戸建て風二階建て住宅がある。
その外壁や屋根の修繕費用を中層団地の修繕の費用と比較すると概ね11倍の開きがある。

社長の土地にA社名義の借地権が

建物の仕様にも違いがあるが、戸当たりの負担面積などの差以外にも規模のメリットがマンション·五倍くらいの開きがある。にはあり、同じ外壁塗装の単価でも一それも戸建ての場合は所有者自らが見積もりを取り、自ら品質管理をしなければならず、十分なチェックは出来ない。しかしマンションの場合は専門家に委託して総合的な管理が可能だ。もちろん戸建て住宅の修繕でも専門家に依頼できるが、その費用も割高になる。一方、居住性能にも違いがあり、冬の暖房や夏の暑さ対策にもコストの係り方が相当違う。
寝室の温度は摂氏八度が戸建て住宅、一五度がマンションである。東京の冬の朝、嘘ではない。事実である。集まって住むことの意味はこうしたところにも跳ね返ってくる。日本の室温コントロールで最もコストを使うのが冬の寒さ対策。

預金と借金の両建て風通しの良い建物を作るのが日本家屋の心得だとすれば、いや、当然、冬の寒さは厳しい物になる。最近流行の外断熱の住宅を購入したとしても、外周から冷える戸建て住宅の温度コントロールは大変コストがかかるそして最も大きく影響するのが、建物の耐用年数の違いである。一般的に鉄筋コンクリートで建てられるマンションの耐用年数が七0年で実態としても六〇年を越えるのに対して、戸建て住宅はその半分の三0年である。
建築コストは多少違っても耐用年数は半分だと言うことはトータル的には建設コストも維持管理も倍掛かるという計算になり、二掛ける二で四倍のコスト差があることになる世帯数の減少で住宅が余ってくる。今後、その時に住宅余剰は何処から始まるか興味がある。これまで言われていたのは過疎地の空き家の発生だったが、今後は都市部にも及んでくる。特に既存市街地で基盤整備が整っていない密集住宅地と言われる地区。
東京都心部でも10キロ圏では木賃アパートや狭小宅地が集中していて、道路も狭く震災などで一端火災が発生すると一面火の海になる可能性のある地区である。そこには次第に空き家が増加している(一六)。
その点、多摩ニュータウンは安全だ。隣棟間隔の充分取れた住棟の並び、火災が発生してもコンクリート住宅は類焼の恐れはない。たとえ震災に遭遇しても比較的古い地層に位置する地盤は震災の揺れを和らげる効果がある。

何よりコンクリート住宅は地震にも強い耐震偽装が社会問題化されているが、木造建築の耐震性は確認申請での構造計算の義務化がされていないことや、建物竣工時の役所による検査が確認申請の数の二割ほどであるという実態から耐震性の確保が疑問視されている。

課税価格の合計額

表示に係る建物の設計プランについて

また、子育てと高齢者は縁が深い。親世代が働い高齢者が子供を見守った歴史がある。ている間、その時、子供も親も高齢者も役割分担を例えれば昔の農家の姿をイメージすれば分かり易い。しかし、していたことになる。こうした環境は多摩ニュータウンには育っていないことが高齢者と子育て世帯の関係を判りにだから、くくしている。行政も高齢化対策と子育て支援とは別の取り組みになる。多摩ニュータウンの場合、一部の住宅に高齢者が集められている節がある。
古い公的賃貸住宅でも顕著だが、比較的住戸面積の広い分譲マンションなどでは、子育て期間を無理なく住み続けることができたことで高齢化が顕在化し始めている。家族四人で個室が持てほぼ,八五平方メートル以上の広さの住宅にる大きさ、それは3LDK以上の住宅であり、高齢化が集中している。高齢者が好んで入ったのではなく、いつの間にか高齢化してしまったというのが現実。

居心地が良いだけにみんなして高齢化してしまった結果、高齢者が目立つ団地になったという結末である建物はマッチ箱型の階段タイプでも南面三室の広い住宅であり、そこは、間口より奥行きの方が短い住戸プランは換気が容易で結露の発生も少ない快適な居住環境の住宅だ。だバブル景気にも踊らされず定住していたことが、からこそ、結果として集団で高齢化を迎える結果になってしまったのだ。
こうした住宅ストックは見方を変えれば子育て世帯には利用しやすい住宅である。だから売却してもある程度の資産評価はあるし、賃貸に出してその資産を活用した住み替えも容易である。
建築だけでなく不動産売買も一括で引き受けてもらうも家賃もある程度確保できるので、こうしたマッチ箱型の住棟が連続する団地は、初期の開発であるだけに容積率や建蔽率は余っていて、増築や建替も有利に組み立てられる団地であることが多い。おまけに建物の妻部には窓がない。そこで既存建物に隣接して増築することも支障がなく出来る場合がまた、多摩ニュータウンなどの場合は、ある。
幹線道路との段差を緩衝させる為に団地の周辺が斜面緑地で囲まれているケースが多く、こうした緑地の利用も建て増しをするための敷地として利用できるそこに団地管理組合が運営するバリアフリー賃貸住宅を作り、四階や五階に居住している高齢者世帯が団地内で住み替える住宅として利用すれば、同じコミュニティで住み続けることができる。

住民票(入居者全員·続柄)

空き家になった住まいは若い世代に賃貸して、その賃貸料を団地内賃貸住宅の家賃に回すという仕組み。さらに、その賃貸住宅にプレイルーム等を併設して学童サポートを入居者も支援すると言った、保育所を開設し、地域で相互に支える仕組みを作

れないだろうかというのが提案である。三世代が各々の役割を担ってきた村社会が嘗てあったが、こ寸仕組みさえ作れば多摩ニュタウンの中でそれが実現する可能性を持っている。とりわけ、高齢化した世帯の多い団地には、それが可能な資産と環境がある。
後はその仕組みを具体化する知恵があると良い。住みづらくなった住宅を若い世代に利用させ、高齢者はコミュニティが建設したバリアフリー賃貸住宅に移住する。
複数の管理組合が協働で建設する場合や単独の団地管理組合が建設する場合もある。ポイントは住み慣れた地域で、地域と関わりながら暮らし続けるこ管理組合が合意を取るのは難しいが、とである。
その気になりさえすれば何でも出来るのが大地主たる管理組合の力である

老人ホームと思われているが、家で死ぬ現在、高齢者の最後の住まいはことを「永山ハウスしたいと考えている。我々が取り組んでいる(仮称)」1階には台所と居間それを目指して生まれてから死ぬまでの過程の最期を家で迎えるという、いる。当たり前の幸せを実現させたいと願っている。その為には、医療や福祉、そして食を通しての健康管理は必要だから、建物の1階には高齢者の生活支援サービスを提供する施設と共に最期を看取るための医療拠点、健康を管理する食のサービス施設を併設させる予定だ。このように高齢者が安心して住み続けることが出来る所には若い世代も積極的に居住できる。
誰かが誰かの負担

になるのではなく、互いの不足を補う関係が生まれることが判っているからである。新婚世帯も子育て世帯も互いの持っているものを出し合うことで高齢者世帯との役割分担が可住み続けられる都市我々は多くのことを行政に委ねてきた。
道路整備から学校建設、公共施設整備や公営住宅づくりなど建設に係わること、そしてその維持管理や運営に係わることまで行政に委任とはいえ、してきたことを反省する時期に来ている。
ニュータウンの場合は都や公団といった事業者の方で基本的な施設の建設などは進めていたことから、地元行政は維持管理を引き受けて来たのだが、今後は市民が維持管理に手を出すことが必要になっている。誰かがやってくれるのを待つのではなく、自らが地域の維持管理に係わっていくことが必要になっている。
いわば、マンションの自主管理によく似ていて、住民の自主性が生かせる範囲で住民参加の機会を増やしていくことが望ましい姿になる。今後、高齢化は一層進み、就労人口の減少からニュータウンに流通する資金量は減少する。

土地のリース

その時に経済的な閉塞が発生しないように小さな資金の循環でも大切に扱い、それに蓄えた資金の循環を加えることで住み続けるための基本的な経済循環を促すようにすることが重要になる。生活に係わる資金はの他、医療や介護に係わる安心サービスや生き甲斐に繋がる文化活動や社会参加の費用といった生活関連費用が経済の循環として必要になるが、に関する費用が発生しない場合年金生活者の実態を見るとそこで今後の住み続けるための住宅づくりには、かなり経済的に安定すると考えられる。
に必要な資金を想定すると以下のようになる。
「維持管理を目的とした修繕のための費用」と「機能や性能住宅に最低限必要な資金はであるから、極論を言えば修繕費用として一五0円/平米、を向上させるための投資」更新費用として一五0円/平米、税金として一00円/平米、諸経費として一00円/平米の合計五00円/平米程度の家賃で住宅は利用できると考えられる。

つまり、五0平方メートルの住宅では家賃月額二万五千円、100平方メートルの住宅で五万円ということである。これさえあれば維持管理出来るのだから、原価償却の進んだ公的賃貸住宅などの家賃を減額すれば、多摩ニュータウンでの居住者の多くが無理なく豊かに生活が出来るようになる建物には償却という考え方がある。

建物を建て替える資金を準備するため、一定期間に投資した資金を回収して再投資の為に蓄えるという考え方である。この期間が現在、税法では木造二二年、木骨モルタル一10年、鉄骨造三四年、鉄筋コンクリート造四七年としている。つまり資産的には鉄筋コンクリートの建物だと四七年で資産価値がゼロ評価になる概ね償却期間が過ぎたら建替を考えることになるのがこれまでだったということである。
が、住宅が余り続ける時代には再投資は必要ない。今あるものを長く使い切ることがテーもちろん必要に応じて新規建設も必要になるだろう。マになる。
その場合には、当然のよただし、うに100年利用できるストックを建設する。むやみに建設するのではなく将来に向けて廃墟にならない地域に投資する。

形見分けの品を搬送これが住宅を社会資本として建設するためには欠かせない手続きである

多摩ニュータウンのマンションブームでは余り続ける住宅を整理することなく現在、新しい住宅供給が相次いでいる。こうした新規供給も今後は都市の資産として後世に継承されることになり、旧来の住宅ストックと共に長期活用可能なストックとして活用が行われるようになるだろう。
とりわけ公的賃貸住宅の空き家の活用を推進するため、さらなる家賃の改正が行われ周辺から人を呼び込むことが行われる事になり、こうして転入した世帯が蓄えられた持ち家ストックを購入するという住まいの循環が進んでいく。
多摩ニュータウンには時代に合わせた住宅資産があり、将来に渡って使い続けることが出来る耐震耐火の建物ストックが集積している。こうした都市の資産を活かして、それぞれの特徴を見定めて補填すべき施設や住まいを加え、各々を結びつける仕組みを与えることで住まいの循環をより安定したものにして、安心安全なまちが生まれると考えているこうした都市経営が住み続けられる都市には欠かせない。
その為には、都市の資産を活用する視点に立った居住者の意見が必要で、市民自らが都市経営に参加し意見を言い、責任を持つことが大切である。
生まれそして死ぬことコミュニティを作り育てることが今後の地域づくりであるならば、多摩ニュータウンが住み続けられる街として定住化社会を迎えるためには、生まれてから死ぬまでのライフブランを完結できる環境を整える必要がある。どこで生まれ、どこで育ちどのように育てられ、学び、遊ぶ場を持つか。働き、そして老いを迎えて死ぬという課程の中で、地域の仕組みが欠かせない。

親の含み益を移転し

迷ったら考えずにあと回し!

その為の根拠として二00三年平成一五年では二0万人であり、さらに二00五年六月一二日の朝日新聞の情報から多摩ニュータウンの売れ残り土地面積が東京都10四ヘクタール、都市機構,四0ヘクタール合計二四四ヘクタール当たりということから推計すると、今後民間開発が主ということも考え、ヘクタール当たり100戸の住宅ができるとすれば二万四四00戸が供給できることになり、一世帯三人と計算すると七万三000人の増加が見込めることになる実際には未処分の土地が販売を完了するのはまだまだ先であり、それまでに少子化と世帯分離で人口減少が続くことが予測されるので、そのまま加算することはできないがの計算結果からすると計画人口三〇万というのも怪しく、八王子市の二八万というのも背伸びしている数字と言うことができよう。
このように人口に関する目標値が曖昧な状況で計画が進んできた多摩ニュータウンであ

今後、東京都も都市機構も多摩ニュータウン開発からは手を離しているのだから、る。これからの計画目標は誰が造るのか、四市に跨った多摩ニュータウンであるだけに難しい舵取りが待っているようだ。

たまたま多摩ニュータウンの保健業務に必要なデータとして保健所が把握していてくれてはいるが、大規模な多摩ニュータウン計画を推進する為のデタとして将来に渡って保健所のデータを頼る訳にもいかず、常時、多摩ニュータウン全体を視野に入れた情報拠点が必要である。
本件建物多摩ニュータウン全体を計画的な視点で掌握する組織は絶対に必要なものであり、今後のまちづくりには欠かせないと考えている。四多摩ニュータウンの推移まだら模様の人口の実態多摩ニュータウンの人口が伸び続けていることは、すでに解説したが、多くの人々は多摩ニュータウンもまた衰退を辿るニュータウンというイメージが強い国もまたニュータウソの衰退の要因に気を配り、常に幾つかの施策を展開しているし、報道もセンセ-ショナルな出来事を好む傾向があるので印象として衰退をイメージさせる。

しかし、多摩ニュータウンの人口は伸び続けており、こうした状況は多摩ニュータウンの開発が長期にもちろん全体としては人口の伸び亘り段階的開発だった結果によるものだと考えている。は堅調だが、初期の団地では高齢化も進みとりわけ多摩市域ではその比率も高い。しかし稲城市側に行くと高齢化は低く若年層の転入の多い多摩ニュータウンの姿があるというように一律では語れない状況があるのだ。

土地ではなく家を売ろう

それを開発時期別で見ることも可能だが、より範囲を広げて自治体単位で見てもその差異は顕著である多摩ニュータウン全体の年齢別人口を見ると、東京都の平均的な状況と変わらない分布をしているが、初期開発の多摩市域、次いで開発された八王子市域、そして比較的新しい稲城市域の年齢別人口分布には全く異なった分布になっている。
さらに開発手法別に区画整理事業で整備した地区と新住宅市街地開発事業新住事業で整備した地区での年齢別人口分布も極端に差があり、土地利用と居住者年齢が相関していることも明らかである。多摩市の場合は多摩ニュータウン全体の中でも人口割合が多いので全体に与える影響が大きくなる。

ただ他の地区とは違って団塊と団塊ジュニアの間にあるくびれが際だっており、世間の噂通り団塊世代が集中している様子が見受けられる。しかし、二〇代を中心と

した若い世代も区画整理地区のみならず新住地区にも居住しており、世代の二極化はあるものの若い世代がいなくなっているということではないようだ。
一方、八王子のニュータウン区域では団塊世代の特異性は見あたらず世代を通して満遍なく居住している姿が浮き彫りにされる。
親の含み益を移転し少し110歳代の前半が突出してはいるが、大学などの学生によるものだと理解すれば、平均的な世代構成は多摩市との違いがくっきりとしている。とりわけ子供世代も多く、少子化の影響も少ない区域と言えよう。八王子市域の開発は昭和五六年頃からの開発で多摩市域より10年遅れて始まったこともあり、世代としては一0歳は若い世代構成になり高齢化も遅れることになる。
同様に稲城市域を見てみると、さらに若い世代が集中して入居していることがわかるまた多摩ニュータウンエリアには区画整理区域も無いことから、民間のアパート類も計上されないので一10歳代の学生などがいない分、三0歳代後半から四〇歳代の子育て世帯が集中している様子がわかる。特に個室を要求し始める10歳代前半の子供の数が多く、親世代とも相まって稲城市域の人口構成の特徴となっている。

購入·支払い

同じ多摩ニュータウンであっても、開発の段階で大きく人口分布も異なり、そのコミュニティも変わって来るのだということを特徴づける結果であるが、これまでの右肩上がりの時代ではなく、引き潮時代に向かう中で各々の地区のあり方次第で多様に変貌することが予測でき、10年後の未来ではなく、二〇年三0年と時を経たときに人口分布がどの様に変化しているかは各々の地域の舵取りにかかっている。
その時、多摩市域と八王子市域稲城市域と町田市域がどのようになっているのか、未来を占うことも重要であろう。今後の取り組み次第では現段階で不安一杯の多摩市域が、住みよい街の筆頭になる可能性だってあるのだから。土地処分とマンションラッシュ現在110万人だから、大きく捉えて多摩ニュータウンの計画人口は三0万人である。さらに10万人の余地がある。

その余地は多摩市にも稲城市にも八王子市にも町田市にもある。これらを如何に販売していくかによって人口計画が左右されることになる。割安な土地が提供されれば一次所有のマンション取得者は増えるし、駅近くの小規模マンションが供給されれば高齢世帯の住み替えが誘導され、住み替えで空いた住宅は若い世代に引き継がれることになる。

本件建物人口の伸びは大規模マンションを供給する方法だけではなく、小規模マンションの建設も住み替えを誘導する手段になる。こうした視点で今後とも多様な住宅供給を推進することで居住人口の積み上げが可能である。

多摩ニュータウンの人口は伸び続けている現在は駅近くのマンション供給が盛んに行われていることから、確実に計画人口に近づいていくし、そのスピードは衰えていない供給元が民間に変わっただけで、供給量そのものは一定のボリュムで続いている。
むしろ高密度な計画であるので人口増加の効果は高く、従来の一·五倍ほどの計画密度でマンション化が進んでいる。
高層棟での計画が常識となったし、多摩ニュータウン開発の当初の景観とは一変したが、今後も高密度開発は進むだろうし、未利用地の高密度化も進行しかも、そのエリアは駅前に限らず、多摩ニュータウン周辺にも及ぶ。する。開発が激しいのが多摩センター駅前の未利用地だが、住宅建設が可能になったこ現在、とで、すでに買い手が殺到し始めており、殆ど買い手は付いていると想定される。
その景観は駅前の高層マンション街というもので、一四階や111階など土地利用効率のいい経済効果優先の計画が進行している。
多摩ニュータウンでの開発では戸数密度制限や駐車場!

住宅団地

遺品整理

しかし、建て替えそのものが出来ないとなると、現状を如何に改善すべきかを検討すとりわけ広い敷地を有する多摩ニュータウン内の初期の団地では、ることも可能で、余剰敷地を活用した定住促進のためのバリアフリー住宅の整備など、団地内で住み替え定住が可能な方策を導入することが良いコミュニティを継続させるポイントとなる団地の場合、1棟のマンションと違い、広い土地があることで部分的な建て替えや空き敷地に新築するということも可能であることから、住み続ける団地づくりのために知恵を出して環境改善を図ることが出来るのが魅力でもある。
今後の団地の活用方法は、今あるものを如何に活かして不足しているものを足していくかがキーポイントになる団地再生の動き多摩ニュータウンの団地再生は、開発初期の諏訪二丁目住宅団地で進んでいる。五階建て階段室タイプ、戸当たり住戸面積四八平方メートル、六四〇戸の住宅群は三五年の年月を経て豊かな緑と丘陵地形の高低差のある景観で独特の雰囲気を醸し出す団地として育まれている。

隣棟間隔の広い空間には緑の芝生の広場があり、陽光に照らされた芝面はよく建物の管理も自主的に行われていて、見かけ上は構造的な問題は見ら手入れされ美しいれないコンクリート壁構造で建築されている。
及び本契約条項のいずれかに違反した時。元来、壁構造は強度のある構造形式で耐震的にも信頼の置ける永続的な活用ができる建物である。この団地が今、国の補助金や市都の税金を投入して全面建替のための検討に入っている。初期の入居からすでに八〇パーセントの住民が入れ替わっている現状から、極端な高齢化で困っている団地ではないし、団地内には子供たちも比較的多く、若い世代も定住している。年齢構成は多摩市全体とそれほど変わらないという現状から、バリアフリー化が緊

急に必要だという状況ではない。
狭くて住みづらいことは理解できるが、住まいの狭さ適合する小規模世帯にとって取得しやすい価格であることからこそ入居できた世帯も多いここで五人を育てたという方もいるのだから、狭いながらも楽しい我が家と思えば、住み続けることはできる。住み続けることに違和感が無いのに何故建替を検討するのか、その理由は見あたらない。
あえて挙げるとすれば、敷地にゆとりがあり、増床するのに効果的。つまり余っている容積を売れば建替が容易だろうという不動産投資をベースとした考え方がある。

特定の財産をわたす

もう一つあるとすれば、三五年の経過が建設当時の施工不良やその後のコンクリートの管理などの不備で構造的な問題を孕んでいて、予測されている震災に耐えられない構造であることなどが挙げられる。その場合、同時期建設の都市機構の賃貸住宅も同様な危険性が潜んでい必ずしも諏訪団地だけの問題でもないようにも思うし、ることになり、例え欠陥があったとしてもすべての棟の問題ではなく、一部の棟の改善で済む事だから全体の建替検討には及ばないと考えるのが自然である建築技術は年々向上している。当時のコンクリートが中性化していても、その進行を抑え建物を長期に活用する術はある。
従って建て替えないで良好な環境を維持していくという選択肢があるはずである。不動産は利用されてこそ価値である。世帯が小規模になってきている状況の中では四八平方メートルのコンパクト住宅は貴重である。住み続けられない高齢者はすでに転居しているし、今後の高齢化のためには、ゆとりのある敷地を活用した住宅を管理組合が建設すれば良い。

利便地区に位置する団地は必ずしも建替が結論ではなく、既存建物の活用を進めつつ、不足しているものを計画的に補っていくことが、もう一つの解になるのではないかと考えている。事を急がせないで、立ち止まって考えようではないか。コンクリートの中性化は外気の流入を防ぐことでコントロールできるし、建物に対する雨がかりを制御するためには屋根庇を取り付けることで対応可能だ。

預金と借金の両建て建物の寿命が伸びれば、あとは階段周りの手摺りや床面の滑り止めなど安全性のアップと外壁デザインの見直しで建物景観も一新できる。建物イメージがグレードアップすると同時に設備も改善しよう。給排水ガス電気、そしてインターネットなど通信関係も向上させると建物の利用価値は倍増する。何も建替だけが資産価値の向上に繋がるものではないことに気づくだろう。集会所や共用周りの外部空間の改善を進めよう。並行して、急な階段をなめらかにしよう。敷地を二分する敷地の高低差を緩和するためのエレベーターを設置しよう。
高齢者のめにはやるべき事はたくさんある。こうした計画や改善に補助金を使えないものか。建て替え一辺倒の補助金ではなく、住み続けることを支援する補助制度であってもらいたいまちづくりの呼び水はスクラップアンドビルトからコンバージョンの時代に入っているのだから……。二00七年六月現在、諏訪二丁目住宅は全面建替に向けて歩を進めている。六四〇戸を一二00戸に建て替える-括建替事業が軌道に乗りつつある。

これには事務局として私の「多摩ニュータウン·まちづくり専門家会議通称所属するたま·まちせん」も支援しているが、決して全面建替が望ましい姿としているわけではなく、これまで団地管理組合

が主導的に進めてきた10年余りに渡る建替事業の道筋が、遺漏無き事業として慎重に公平に行われることを希求しての役割と思っている。
とりわけ、大規模な開発が地域にもたらす影響は大きい。
こうした動きに対して地域との整合性をとり、さらに建替事業が地域にもたらす活性化の動きを誘発するものであることを認識した上で、近隣商店街や公的賃貸住宅の活用、さらには周辺居住者のコミュニティのあり方などを検証し、建替事業を通じて発生する新たな環境整備や地域活動を誘引する切っ掛けとなればと考えている。
補助金を管理する行政の立場ではなく、直接的に影響を受ける居住者でもない地域の専門家の立場で、地域をマネジメントする役割を担えるかもしれないと考えている注記(一四)

改葬許可書

多摩ニュータウンの暮らしを解く

住民参加の仕掛けを育てる顔の見える団地と顔の見えないマンション私の住んでいる団地は一四0戸程の中層住宅と1110戸ほどの低層住宅の組合わさった建物配置で、全員共有の集会所やミニ公園を囲むように配置された一団の団地である。
管理組合組織は変則で低層、中層、集会所の三つの組合を持つという独特の組織体制になってもっぱら自治会的な活動が主になて、集会所の管理組合は団地全体の管理組織として、り、低層、中層管理組合の理事が兼務するという構成である。四階建て、中層住宅は三階建て、五階建ての棟の組み合わせで10棟、コミュニティは階段型でエレベーターはなく上下階の顔合わせは頻繁である。

建物の管理は棟別に行われていることから、棟別に物事を決めるという点で棟単位のコミュニティも形成されており五階までの住宅群は階段の異なる隣戸の様子も窺いながら生活し、つかず離れずの関係がある。低層住戸も権利は戸建てと同様に敷地分割されているものの建物は二戸が一また、棟という単位で建設され、実態としては長屋構成になっている。
中層住宅は階段型のコミュニティであるが建物の維持管理は中層住宅全体で管理されることから、必然的に中層住宅の利害が一致して一つのコミュニティが成立する。
また、低層住宅は権利的には敷地が分離した戸建て住宅と法的にはなっているものの、鉄筋コンクリートの建物の屋根が一体となっていることと、建築協定で建物の利用に制限が掛かっていることから、やはり価値観の共通するコミュニティが形成されている。
そして、中層の組合員と低層の組合員が共通に利用する集会所やゴミ置き場、そして共有の道路や広場などの管理は共通の資産管理を通じて低層と中層の団地全体のコミュニティを醸成する為にうまく機能している。こうした建物環境の中で、全体の世帯数も程々であることが功を奏してか、コミュニティのまとまりは強い。
ゆたかがおか入居して110年、毎年の餅つき大会に始まって、夏はそうめん流しが定例となり、夜の映画会や飲み会も頻繁に行われていて、昼にはガーデニングクラブが団地全体の花を飾り、シニア世代中心のグループが団地を見回り安全安心をチェックする。いつの間にか男性も女性も子供も大人もお年寄りも参加する顔の見えるコミュニティが育っている。一方、最近の民間マンションのコミュニティ環境はどのようになっているだろうか。多摩ニュータウンでも二000年以降、開発主体が民間となって急速に高密度なマンション供給や住宅地開発が進んでいる。
多摩ニュータウンの公的な住宅団地の一戸あたりの敷地面積が00平方メートルが標準だったのだが、それがバブル期には七五平方メートルになり民間の開発になるとさらに狭められ五平方メートルに、そして中には二七平方メトルというマンションまで建設されている。一戸当たりの敷地面積が狭ければ、当然、高く建物を積み上げる必要があり、必然的に大規模な高層や超高層の塊の建物が現れてくる。
建物の詰まり具合を表現するのに容積率という基準がある。
敷地の面積に対して部屋内

の床面積の合計をパーセントで表したもので、100平方メートルの敷地に床の合計面積が100平方メートルの住宅を建てれば一00パーセントという事になるが、初期の多摩ニュータウンでは五〇パーセントが標準だった。

倍率方式

美しい街並みは地域の財産!!

中には二四時間営業を売りにしているスーパーも現れている時代である旧商店街のシャッター通りは滅びても仕方ない。そのかわり商店主も住んでいるニュータウソに商売の拠点を移すのも一つの選択。人のいるところにビジネスは成立するし商売の考え方を顧客本位に切り替えれば商いは成立する。とりわけインターネット販売や通販などのビジネスも成立する時代である。場所を選ばなくてもビジネスは出来るれは各地のニュータウンに同様に通じる真理であるように思う。時代は大量消費から少量多品種の個別消費時代に入っていく入り口にある。
ニュータウンにビジネス拠点が移動するとさらにニュータウンには雇用も生まれ定住化もし易くなる。都市基盤がしっかりしているので流通などへの対応も容易で、通信環境も整っている。こうしたニュータウン開発のメリットを生かした新規事業を組み立てれば効率の良いビジネスが展開できるはずであるそれに、ニュータウンには人材がいる。

住宅団地大卒の専業主婦層が比較的集中するのがニュタウンの特徴だし、持ち家取得でローンを抱えるというハードルのある中堅勤労者達がいまた、その退職者達は専門的な知識と業務経験を持ったスペシャリストも多い。る。それほどの人材に恵まれたニュータウンである。地域の活性化には大きな知恵になり知的財産でもある。加えて高齢化も味方する。定年退職者が集まることで選挙などには力を発揮し利益誘導には欠かせない勢力となろう。これからは都市の選別の時代であり地域間競争の時代である。こうした時代に勝ち残れるニュータウンであるためには、人·物·金がバランス良く集積する必要がある。
これら

の条件を一手に引き受けられるのがニュータウンである。だから私はニュータウンに対する悲劇的な見方はしていない。全国で高齢化や過疎化が進むニュータウンと悪評されたとしても、ニュータウンには人·物·金の三拍子が整っていると考えている。
それを活かすも殺すもニュータウン居住者である生活圏と行政界の谷間で多摩ニュータウン区域の八王子市域の住民が多摩市への編入を望み、一時期、行政に進言したことがある。
対象区域を地形的に見ると、多摩市に編入されることが住民サービスを容易にすると誰が見ても思うのだが、その編入は許されなかった。

総資産価額

多摩ニュータウン開発が始まる前の山林であれば、丘陵地を斜めに区切る行政界も不自然ではないが、宅地開発後は戸建て住宅団地を斜めに分断する市境は困りものだ。本来、開発に伴い行政界も整理すべきであったのだが、現実は行政界をそのままに開発を終え分譲したものだから、つの団地の中に行政界が走り、ご丁寧に区分された宅地の真ん中にも斜めに走る境界があり、居住者としては困惑する。おまけに、自治組織としての町内会も分断されているのだから、隣同士が違う行政サービスを受けることになる。ゴミの出し方から回覧板まで、隣とは違う行政サービスが行わこれではまちの運営は難しい。
とりわけ八王子市役所へは、れる。バスを乗り換え1時間以上もかかる場所にあるのだから行政サービスを受けるには徒歩でも利用できる多摩市役所の方が良いと思うのは致し方ない地区である。図書館も警察署も文化施設も多摩市の施設を利用する方が便利なのにもかかわらず、編入は許されなかった。行政界はその時代に合わせた合併や政治的な背景で決まってきた歴史がある。
しかし戦国の時代のように統治する領地で勢力争いをする時代ではない。
及び本契約条項のいずれかに違反した時。時代は三世紀である。にも関わらず、同様な思想で行政界が取り巻く不合理な現実に矛盾を感じるのは私だけなのか。多摩ニュータウン開発によって生まれた住宅地に居住するものの権利や義務はどこにあるのか、ニュータウン開発の象徴的な出来事であったと思っている。一度、地域の仲間とその境界線を歩いてみた。道路が分断されている所では、ガードレールの種類も異なり、ペンキの塗り具合も違っていた。
敷地の中に境界線がある宅地は空き地になっていたし、同じ街区なのに市の名前が違っているという不思議な光景も確認した。その地を初めて訪ねる人はとまどうに違いない。多摩ニュータウンにはこうした陰の部分がまだまだあるのだが、大きく見ると都市の構開発の区域や時代構成が、七0年代、八○年代、九0年代、造は明確で、二000年代と段階的な整備が見られ、住宅地の構成も大振りで特徴が出やすい傾向がある。

従って時代に相応した栄枯盛衰も極めてブロック単位で明瞭に表面化していることから地域毎の問題点を浮き彫りにすることが可能だと考えている。まちづくりの問題をエリアを限定した問題してクローズアップすることでこのように、固有の問題として解決方法も見つけやすいので、全国のニュータウン問題の事例として扱そこで本書では多摩ニュータウンのまちづうにはもってこいの地域であると考えている。

くり問題を題材として、全国のニュータウン再生や活性化方策の参考として、あるいは地域のまちづくり·まち育て活動の事例として、役立つ参考書としていただければ、私とし

てこの上ない喜びである国立社会保障·人口問題研究所の報告では、二00六年には人口減少社会が始まり、二〇一五年からは世帯数も減少し始めると発表されている。

とりわけ地方においては人口減少も早く現れるが東京圏も二0110年からは下降段階に入るとされる。その時、全国のニュータウンのどこが生き残れるのか、未来を展望して活動していくことが大切である。

多摩ニュータウンから未来を占う千里ニュータウンの街開きからほぼ一〇年遅れた多摩ニュータウンでは、オイルショッその後の開発である他の市域とでは明確に状況が異ク前の開発地区のある多摩市域と、多摩市域では世帯分離や住み替えで人口減少が始まっているものの、なっている。

市街化区域

他の三市では新規住宅建設が続き、人口が増加している。そのことで多摩ニュータウン全体とし人口増加が続いている開発規模は千里ニュータウンの約11倍、ては現在も尚、日本最大の新住宅市街地であり、計画当初から時代の変化に右往左往させられながら、のらりくらりと段階的な開発が続いてきた。
こうしたこともあり、全体を通してみると少子高齢化の動きも平均化し緩和されていると見ることができ、総合的に見ると世代バランスもオイルショックまでに殆どの住宅整備が終わった千里取れているという結果になる。オイルショック以降に本格的なまちづくりが始まった多摩ニュータウンニュータウンと、との違いが街の様相を違えている。
千里ニュータウンが一三年間で人口のピークを迎えたのに対して、多摩ニュータウンでは三五年経っても人口が伸び続けている所に基本的な違いがある。
土地売却のスピードやタイミングがその違いを裏付けることになるが、千里ニュータウンの開発主体が大阪府企業局であったことと、多摩ニュータウンでは都市機構や東京都が開発主体であったことの違いがその運命を決定づけたという論評もある。結果として開発初期の多摩市のニュータウン人口に着目すると、街開き後110年で下降に向かっており、限定的ではあるが少子高齢化の問題や課題を噴出させている。
しかし多摩ニュータウン全体としては今も人口増加をしているのが実態であるこのように見てくると、全国に分布するニュータウンを一元的にくくるのは元々無理があることが解るはず。
これらの帳簿価額が相続多摩ニュータウンの場合は開発時期のずれや地理的な事情から必ずしも老朽住宅が全体に分散しているのではなく、一部に集中しているに過ぎないのである多摩ニュータウンの場合は開発初期の住宅が多摩市に集中しており、必然的に多摩市は急速な高齢化で財政負担が過剰に膨れあがるという財政危機に構えることになる。こうした状況から離脱するためには人口増加がめざましい稲城市との合併も望ましいのだが、現状ではこうした議論は机上には乗らないようだ。ニュータウン開発という共通の考え方で整備されたエリアであるので、本来、行政界を区分せず融合合併の方向は示せないものか。
自治体レベルではできないことならば、多摩ニュータウン市民が公共サービスの享受する中で、市民共通の利益になるものだとして市民生活環境を融合する術を考えてみたい。行政区は違っても市民生活は共通している。その中での棲み分けを行政単位でない形で構築できれば良いと考えている。

多摩ニュータウンを模式化してみると、やはり多摩市と稲城市の市域には多摩ニュータウンが占める割合が高い。
従って多摩市も稲城市も多摩ニュータウンを主役の一つとして置かなければ行政はままならない。また多摩ニュータウンに占める面積規模としては八王子市が多摩市と,,規模である。

クレープ

その中で

資金を出せというのではない、エレベーター設置の効果があるマンションとして、資金投入の効果を居住者に説明することで分である。エレベーターの設置は資産価値の向上を促し、建物全体がバリアフリーマンそのマンションがエレベーター設置効率の良いマンションとして生き返ることになる。ションであることを管理組合に伝えることでバリアフリー化の呼び水となれば行政の役割予算がないことを憂うよりも、も達成される。市民の資産を如何に守るかの知恵を出す,もし、知恵もないとすれば地域の専門家を巻き込んで、とも行政の役割である。
知恵を集高齢化を恐れない団地づくり高齢化の問題は介護だとか医療だとかの費用負担という経済問題で片づけられる場合が多いが、居住者の立場から言えば高齢者一人一人が家族の中での役割分担や地域との関わりを育むことによって生き甲斐に繋がり、病気や介護も遠のく要素を持っている。すなわち高齢者が地域で役に立つ場があれば、高齢者問題も半減するのだという確信がある。

国で言う体力増強などは、ただ単に体力をストレッチで温存させようとする消極的な対策で『元気にしていろ』では健康維持の意欲が起こらないが、孫のため家族のためただ地域のためなどと社会的な役割が加われば、意欲的な体力の維持も必要になろうというもの。

役割があってこそ、百まで生きようと言う気になるのが人間の性(さが)とりわけ男性の場合、退職すると与え続けられた役割から開放されて人生の目的すら失ったように思う人がいるが、多くの場合、それぞれの専門性を持って働いていたり、会こうした能力を活かした役割が私の住む団地には社人間たるノウハウを持った人である。

信頼できる引退した人達が自らお助け隊という組織を作り、ある。ヶ月に1回、団地内や周辺の見回りとゴミ集めを買ってでているリタイヤグループがある。メンバーの中にはパソコンの得意な方がおり、インターネットやパソコン操作の個別サービスをボランティアしていたり、大工仕事が好きで団地内のベンチの修理やペンキ塗りを一手に引き受けている方リタイア組ではないが雪の積もった日には必ず朝から延々と通学路の雪かもいる。
また、きを始める人も地域での役割を買ってでる人、団地中の植栽に気配りをして定期的に仲間を募って刈り込みなどの活動をする人など、その方の生き甲斐に繋がるものである地域に自主的に手を出すことを躊躇する風潮は多くの人にあるが、それを一歩踏み出せば自らの活動で成果が得られ、充実感もある。その雪かきのおじさんは、近くの緑道につも出かけて草刈りをするのが趣味にもなっている人でもある。
ジョギングでダイエット運動をかねてボランティアで汗をかくことで生き甲斐を得ているケースであるするより、「単なるジョギングより草刈りの方が自分に向いている」という哲学で草刈りは行われており、役に立つ喜びを感じているに違いない。

住まいを補う

確かにダイエット効果が現れ、スリムになっ

団地を毎日見回り、ゴミの出し方、不審な人の進入、居住者の動きなどを常にチェックしている方がいる。高齢者と言うには元気な方だからシニア(先輩)とでも行っておこうか。日頃の団地管理を一手に引き受けている。業者に委託した修繕の完了状況の確認や定管理組合役員が日常的に対応できない所をサポートする。期清掃の確認、祭りや餅つきなどの古式ゆかしき作法も教え導いてくれる逸材である。
こうしたシニアは、おそらくどこの団地にも人材が眠っているはずである。
掘り起こすことで、団地も良くなるし本人の喜びもひとしおであろう。必要なのは、個人個人の能力が発揮できる場であり、共用のものに手を出せるコミュニティ環境とそれを否定しない組合員の心が欠かせない。個々の価値観は多様だが、美しい安心なもの快適なもの雪が降ったときに雪かきものには否定しないものである。している人を見て、不愉快には思わないものだ。

もし不愉快に思う人がいる場合は、自らの雪かきの出来ない自責の念が裏にある場合で、不健康な発想でしかない。他人の親切を素直に受け入れることも重要なコミュニティへの関わりであるこうした環境が出来れば高齢化は怖くない。高齢者の知恵と力が発揮できる環境に若い世代も集まってくるし子育ても安心だ。
多摩ニュータウン全体の組織化を多摩市にはまちづくり活動のNPOとしても幾つかの団体があり、多摩市のマスタープランづくりに意見するグループもある。
しかし、多摩ニュータウン全体のまちづくりを議論する場が無いことから、まちづくりの問題が多摩ニュータウン共通の問題として提案できないことが、まちづくり意識の育たない原因になっている。
各行政サイドでは行政区域内の問題として議論されているのだが、それぞれ多摩ニュータウンの置かれた位置で温度差があり、決して足並みが揃っているとはいえない状況である多摩ニュータウンの住民サイドからすると、各行政組織が温度差のないフラットな立場政策を進めて欲しいというのが思いであるが、現実には行われていないのがで議論をし、各行政の立場では必ずしも多摩ニュータウンに対する取り組みのスタンスが真相である。

課税価格の合計額同じではなく、同じ温度で政策を進めるというのは難しいというのが本音であろう。本来それぞれの生活圏を意識しながらまちづくりを議論することで、多摩ニュータウンのまちづくりを推進することが必要なのだが、そこは生活者としての住民がイニシアティブを取って行くことが必要になる。
地域にふさわしい都市計画や文化活動、教育福祉、経済活動など多様な議論が、多摩ニュータウンを構成する四市の立場を背景にしながら展開されることが大切である四市の市長が同一のスタンスで会議をしようと平成一三年五月、八王子市、町田市、多東京都副知事及び都市基盤整備公団理事による多摩ニュータウン摩市、稲城市の市長、が開催され、「多摩ニュータウンまちづくり協議会」サミット四市を中心とするの設置が合意された。

これを受け四市の助役と都の都市整備部長、そして公団の多摩ニュータウ「多摩ニュータウンまちづくり協議会」ン事業本部長がメンバーとなってを開催してきが、「地域活性化結果として図書館の相互利用を目指し地域のポータルサイトを構築する

部会」とアダプト制度について検討する都市管理部会の二つの専門部会を定め活動することを決めた公団や東京都が開発から退いていく中で四市の結束が必要でぁこうした動きは、今後、ることをアピールする切っ掛けにはなったが、多摩ニュータウンに取ってはさらに継続的な都市計画や都市経営のバックアップ組織作りが必要で、一時的なパフォーマンスでは間に合わない段階に来ている。

預貯金等

一時的な専門部会ではなく、恒久的なまちづくり組織が必要その為には、だと考えている。多摩ニュータウン全域を研究活動の対象として活動する多摩ニュータウン学会やまちづくリの専門家などが、多摩ニュータウン全体の情報を統括して都市計画や都市経営についての計画を策定するなど、多摩ニュータウン全体を掌握する新たな機関の必要性を思うのだ。多摩ニュータウンには独自のまちづくり計画が必要である。これまで東京都や都市公団が都市計画や都市経営を担ってきた歴史がある。
それが独立行政法人UR都市再生機構に組織替えしたことによって多摩ニュータウンのまちづくりには係われなくなり、東京都も自らが抱えている未利用地を売却する地権者の一人になってしまった。そこでは何らかの形で行政が係わる必要があるのだが、東京都も都市機構も関係四市に任せてしまった格好しかし、各市には温度差があり、多摩市の担当者は真剣に対応するが町田市の担である。
当者は末端のことで、居住者と対峙するにも扱いは違うことになる。
これは致し方ないとで、各自治体の部分管理で多摩ニュータウン全体をコントロールするには無理があるそこで居住者自らがまちづくりを提案し、各自治体がその提案に習って事業展開をするという構図が求められてくる。
信頼できるこれらを司る組織が欲しい。その方法としては、各市から温度差に応じた人材を投入した独立した組織を編成する,とである。面積比で人数を配分して行く方法もあるし、市民サービスという視点では人口による人員配分も考えられる。さしずめ多摩センター辺りに事務所を置き、多摩ニュータウン全体の施策について協議する環境を作ることから始めることになる。
当初は多摩ニュータウン全体を理解することから始めて、問題点の掘り起こしから始めることになる行政施策としての提案など、まちづくりまち育てに関する議論は徹底して多摩ニュータウン発の議論として、問題課題のとりまとめからまちづくり方針の整理、そして計画の具体化実現のための施策の展開など必要な項目について徹底的に議論することから始める,とになる各メンバーに共通の問題意識や目標が次第に備わっていき、徹底した議論は、具体的な事業化に向けて発信するエネルギーとして蓄えられる。
そこに集まったメンバーは各市から集まった人材ではあるが、多摩ニュータウンの場において議論することで、必然的に多摩ニュータウンの中を意識し、提案や問題提起が出来るようになる。多くのアイディアや取り組み課題はその場に居てこそ生まれるもので、傍観者では行動に向けた力にはならない。核となる場に一同することが大切になる。

だからこそ、このように徹底して議論した事業計画を各市に持ち帰り、各々の自治体で事業化する,とになる。その場合は各市の共通認識の上で行われる事業であることが周知されているので、迷うことなく着実な事業推進が可能になる。迷いは必要なく、決まったことを行う自治体の役割があるのみである。このような多摩ニュータウンを司るまちづくり組織が継続

的に運営できる場が生まれることを望みたい。

多摩ニュータウンは既成の市街地とは大きく異なるエリアであり、その中をコントロールするのに既成の市街地と同様な視点では解決しないことが多い。そこで、独自の環境である市街地を政策的にコントロールする独立した政策集団の場づくりを始めていただきたい。
住み続けるためにマイナスをプラスにする高齢者が安心して生活できること安心して子育てが出来ることとは内容は違うとが背景は同様な意味合いを持っている。

ゆたかがおか

平成25年都市計画現況調査

これらは今でも緑豊かな団地として管理されており、隣棟間の芝生の管理も自主管理で、エンジン付きの芝刈り機の数は相当なもので、居住者が参加する緑地管理の日の活動風景は圧巻である。それだけ空閑地が多く日当たりの良い芝生の広場があるという意味で、緑の環境は豊かである。それに引き替え、最近の民間開発のマンションは高密度である。多摩ニュータウンでは開発に制限があり一概ね一五○パーセントでコントロールされているが、それでも建物の高さは超高層も現れている。三階建てもあるが二四階建てもあると言うように敷地の活用は多様である。
それが駅周辺や新住地区からはずれて区画整理地区になるとたちまち容積それが一戸当た率は増加して、容積制限の三00パーセントを目一杯使った計画になる。そのマンションの住戸数は約一七〇戸。り二七平方メートルのマンションになる。私の住む団地の住戸規模と変わらないコミュニティである。そこには緑の環境は殆ど無い。建物は一棟。管理組合は一つ。
管理会社が徹底した管理を約束してくれていて、平均的な管理費と修繕積立金を合わせると二万五千円ほど。おそらく一0年くらい経つと修繕積立金の見直しがあり、毎月、三万円を越える出費となろう。
さらに固定資産税と都市計画税が毎月一万五千円から11万円という所で、固定費が四万五千円から五万円の出費というそれに加えて住宅ローンとなると相当な支払いになるが、ことになる。
親の含み益を移転し管理費や修繕積立金はずっと続くコミュニティの結束は自らが困ってはじめて守りたいという意識が生まれたときから始10年ほど経ったあるマンションの管理組合の相談に乗っているのだが、まる。事はマン管理会社から管理費のアップと修繕積立ション管理費と修繕積立金の上昇から始まった。金の不足を告げられてから管理組合は動いた。管理費の上昇は窓口の管理体制の変更で対応するとともに、維持管理費は他から見積もりを取ることで、管理会社の見積もりを精査した。
そして使われていなかった機械式駐車場を解体して平置きに変更し、さらにマンション管理を多角的に見守ってくれる専門の管理者を委託して出費の必要な工事について徹底した相見積もりを実施した当然、管理組合は頻繁に議論して、ある時は紛糾したが、それでも住み続けることができるマンションになるためには議論は続けられ、結果として管理費も修繕積立金も上昇させずに継続して住み続けることができるようになった。

集中した議論の末に、人と人がコミュニケーションすることによって自主的な活動が生まれ、結果として経済効果のあるマンション管理ができることが始めて共通の認識になった。つまり顔の見えるコミュニティが問題を解決できる手段であることがわかったのだ。多摩ニュータウン内には民間マンションが急速に増えている。これらのマンションを管理するノウハウが今後も蓄積されることが必要である。

その為にも地域で支えるシステムが必要だ。先の管理組合の経験が有効なノウハウになる。地域に生まれたマンション管理のノウハウが新しいマンションに行かされるシステムが必要である。マンション管理に対して自治体も協力的である。相互に情報を提供し合うことで新たな展開は可能である。

家なんていらない

地こうしたコミュニティが生まれれば、その自主的な管理組合運営の実現は難しくない。

中層住宅にエレベーターを設置する多摩ニュータウンの集合住宅の九一パーセントが三階から五階建てのエレベーターのな外部とのバリアフリーが確保できない状況で、い住棟で占められている現状からすると、結局住み続けられないままでの高齢化対策になり、住戸内のみを改善しても、効果は半減多摩市では平成一四年三月策定の住宅マスタープランに基づき、する。

中層住宅のエレベーター設置に伴う設計費補助を打ち出した。二箇年ほど予算を計上したが、結局、申しやむなく提案を取り下げることとなった。込みはゼロ。そして多くの高齢者がエレベ多摩ニュータウンの高齢化は待ったなしでやってくる。

ターのない中層住宅で居住している実態を考えるとエレベーター設置は的を射た施策ではあったのだが、実態は殆どが階段タイプの住棟であり、エレベーター設置の効果が余りにも効率が悪いこと、団地管理組合という性質上、増設に伴う合意形成が難しいこと、そして法的に増設するための手続きやその為に影響を受けることが多いことなど、実施に向けてのハードルが高いことが普及しなかった理由である。

本件建物しかし、これらのことはよくよく考えれば解ったはず。エレベーター設置が現実的ではないので事業としては取り下げられたが、現状のまま放住み続けられなくなること必至である。
置すると必然的に高齢化は進み、人口の移動状況を分析すると高齢者及び予備軍のこうした住宅からの転出が盛んに行われていて、団塊世代を含む高齢期を迎える前の世代がバリアフリー住宅を求めて移動していることがわかる(一五)老後の不安を解消するために転出している現実があることを自治体は密かにほくそ笑んでいるのではないかと勘ぐってしまうが、退職金を受け取る前の資金力のある団塊世代を転出させているのも事実で、総体的に考えて市の財政にメリットがある世代をみすみす失っているようにも見える。
現在の高齢者の多くは裕福な資金を持った世帯であり、団塊世代も今後退職金の一時金や貯蓄もある世代である。こうした裕福な世帯の転出を誘導するような施策を展開しているのが多摩市の現実である。今転居できる世帯は資金力のある世帯であり、都心のマンションや多摩ニュータウン近辺に新規供給されるマンションに転出している状況は容易に推察することができる。

多摩ニュータウンの住宅·市街地

資金力もなく結果として移動が出来ず残されている市民も居るので、こうした移動の発生が高齢福祉の必要性を迫られる市政の中で、市の財政に有利に働〈とは考えにくい。むしろ、税での支援が必要な高齢者を増加させているのではないかと気になる実態である。思うのは私だけなのか、多摩市で今後進めなければならない施策は、住み続けられない住まいに困り果てて、やむを得ず住み移らなければならないと思っている高齢者世帯等を地域に定住させることであり、より豊かな生活環境を提案して住み続けてもらうことが重要である。
急ピッチの高齢化が危惧されていて、世代交代を促したいという意識も生まれるとは思うが、実態としては自力でカバー出来る経済力のある世帯を転出させ、住宅ローンを抱え子育て支援を受けなければ共働きできない借金世帯を増加させている事に他ならない。こうした若い世代その時はさらに高齢者が増えるのだから結局は問題の先送りでありも何れは高齢化し、無責任な対応であると思われる。

市民サービスの基本は高齢者本人への思いやりであり、住みたいところに住んで、健康で生き続けるための場の提供と暮らしのサービスを提供できる環境作りを推進することが行政としてのまともな考え方である。

建築だけでなく不動産売買も一括で引き受けてもらう少しでも高齢者の転出を抑制し、元気な高齢者が楽介護保険に頼らない生活の場を演出する。しく生活できる場を増やし、その上で若年世帯の転入を増加させるよう誘導することが必要である。若い世代も高齢者が安心して豊かに安心して集結する。居住している場所には魅力を感じ、高齢化は全国どこにでも起こる現象である。その中で多摩ニュータウンだけが回避しようなんて考えるのは不公平だし、利己主義そのものである。結局は生活者にとっては幸せになれない、偏ったコミュニティを形成してしまう結果になる。
世代を越えて共生できる環境こそ、これからの理想的なまちなのであるところで、エレベーターの設置についての施策であるが、一度始めた施策を取り下げる結果になったが、多摩ニュータウン内にはエレベーターを設置するのに効果的なマンションも見つけだせば少なからずあるはず。行政施策は補助などの予算をつけ、広報して知らしめることで行政施策として全うしたと思っているが、補助なしの支援施策も有効な手段となる。
写真の団地は多摩ニュータウン開発初期、昭和四八年入居の1棟からなる分譲マ

ンションで、敷地の高低差を利用して三階が玄関の七階建てのマンションだ。
中間階にアブローチするので、エレベーター設置のない建物として建設された廊下タイプの住棟であこのマンションにエレベーターを設置することの効果は、階段型の住棟にエレベーターを設置するより数段の経済効果や居住環境の向上を図ることが可能で、行政が積極的な支援に乗り出すことで効果的な成果が期待できるはず。