クレープ

その中で

資金を出せというのではない、エレベーター設置の効果があるマンションとして、資金投入の効果を居住者に説明することで分である。エレベーターの設置は資産価値の向上を促し、建物全体がバリアフリーマンそのマンションがエレベーター設置効率の良いマンションとして生き返ることになる。ションであることを管理組合に伝えることでバリアフリー化の呼び水となれば行政の役割予算がないことを憂うよりも、も達成される。市民の資産を如何に守るかの知恵を出す,もし、知恵もないとすれば地域の専門家を巻き込んで、とも行政の役割である。
知恵を集高齢化を恐れない団地づくり高齢化の問題は介護だとか医療だとかの費用負担という経済問題で片づけられる場合が多いが、居住者の立場から言えば高齢者一人一人が家族の中での役割分担や地域との関わりを育むことによって生き甲斐に繋がり、病気や介護も遠のく要素を持っている。すなわち高齢者が地域で役に立つ場があれば、高齢者問題も半減するのだという確信がある。

国で言う体力増強などは、ただ単に体力をストレッチで温存させようとする消極的な対策で『元気にしていろ』では健康維持の意欲が起こらないが、孫のため家族のためただ地域のためなどと社会的な役割が加われば、意欲的な体力の維持も必要になろうというもの。

役割があってこそ、百まで生きようと言う気になるのが人間の性(さが)とりわけ男性の場合、退職すると与え続けられた役割から開放されて人生の目的すら失ったように思う人がいるが、多くの場合、それぞれの専門性を持って働いていたり、会こうした能力を活かした役割が私の住む団地には社人間たるノウハウを持った人である。

信頼できる引退した人達が自らお助け隊という組織を作り、ある。ヶ月に1回、団地内や周辺の見回りとゴミ集めを買ってでているリタイヤグループがある。メンバーの中にはパソコンの得意な方がおり、インターネットやパソコン操作の個別サービスをボランティアしていたり、大工仕事が好きで団地内のベンチの修理やペンキ塗りを一手に引き受けている方リタイア組ではないが雪の積もった日には必ず朝から延々と通学路の雪かもいる。
また、きを始める人も地域での役割を買ってでる人、団地中の植栽に気配りをして定期的に仲間を募って刈り込みなどの活動をする人など、その方の生き甲斐に繋がるものである地域に自主的に手を出すことを躊躇する風潮は多くの人にあるが、それを一歩踏み出せば自らの活動で成果が得られ、充実感もある。その雪かきのおじさんは、近くの緑道につも出かけて草刈りをするのが趣味にもなっている人でもある。
ジョギングでダイエット運動をかねてボランティアで汗をかくことで生き甲斐を得ているケースであるするより、「単なるジョギングより草刈りの方が自分に向いている」という哲学で草刈りは行われており、役に立つ喜びを感じているに違いない。

住まいを補う

確かにダイエット効果が現れ、スリムになっ

団地を毎日見回り、ゴミの出し方、不審な人の進入、居住者の動きなどを常にチェックしている方がいる。高齢者と言うには元気な方だからシニア(先輩)とでも行っておこうか。日頃の団地管理を一手に引き受けている。業者に委託した修繕の完了状況の確認や定管理組合役員が日常的に対応できない所をサポートする。期清掃の確認、祭りや餅つきなどの古式ゆかしき作法も教え導いてくれる逸材である。
こうしたシニアは、おそらくどこの団地にも人材が眠っているはずである。
掘り起こすことで、団地も良くなるし本人の喜びもひとしおであろう。必要なのは、個人個人の能力が発揮できる場であり、共用のものに手を出せるコミュニティ環境とそれを否定しない組合員の心が欠かせない。個々の価値観は多様だが、美しい安心なもの快適なもの雪が降ったときに雪かきものには否定しないものである。している人を見て、不愉快には思わないものだ。

もし不愉快に思う人がいる場合は、自らの雪かきの出来ない自責の念が裏にある場合で、不健康な発想でしかない。他人の親切を素直に受け入れることも重要なコミュニティへの関わりであるこうした環境が出来れば高齢化は怖くない。高齢者の知恵と力が発揮できる環境に若い世代も集まってくるし子育ても安心だ。
多摩ニュータウン全体の組織化を多摩市にはまちづくり活動のNPOとしても幾つかの団体があり、多摩市のマスタープランづくりに意見するグループもある。
しかし、多摩ニュータウン全体のまちづくりを議論する場が無いことから、まちづくりの問題が多摩ニュータウン共通の問題として提案できないことが、まちづくり意識の育たない原因になっている。
各行政サイドでは行政区域内の問題として議論されているのだが、それぞれ多摩ニュータウンの置かれた位置で温度差があり、決して足並みが揃っているとはいえない状況である多摩ニュータウンの住民サイドからすると、各行政組織が温度差のないフラットな立場政策を進めて欲しいというのが思いであるが、現実には行われていないのがで議論をし、各行政の立場では必ずしも多摩ニュータウンに対する取り組みのスタンスが真相である。

課税価格の合計額同じではなく、同じ温度で政策を進めるというのは難しいというのが本音であろう。本来それぞれの生活圏を意識しながらまちづくりを議論することで、多摩ニュータウンのまちづくりを推進することが必要なのだが、そこは生活者としての住民がイニシアティブを取って行くことが必要になる。
地域にふさわしい都市計画や文化活動、教育福祉、経済活動など多様な議論が、多摩ニュータウンを構成する四市の立場を背景にしながら展開されることが大切である四市の市長が同一のスタンスで会議をしようと平成一三年五月、八王子市、町田市、多東京都副知事及び都市基盤整備公団理事による多摩ニュータウン摩市、稲城市の市長、が開催され、「多摩ニュータウンまちづくり協議会」サミット四市を中心とするの設置が合意された。

これを受け四市の助役と都の都市整備部長、そして公団の多摩ニュータウ「多摩ニュータウンまちづくり協議会」ン事業本部長がメンバーとなってを開催してきが、「地域活性化結果として図書館の相互利用を目指し地域のポータルサイトを構築する

部会」とアダプト制度について検討する都市管理部会の二つの専門部会を定め活動することを決めた公団や東京都が開発から退いていく中で四市の結束が必要でぁこうした動きは、今後、ることをアピールする切っ掛けにはなったが、多摩ニュータウンに取ってはさらに継続的な都市計画や都市経営のバックアップ組織作りが必要で、一時的なパフォーマンスでは間に合わない段階に来ている。

預貯金等

一時的な専門部会ではなく、恒久的なまちづくり組織が必要その為には、だと考えている。多摩ニュータウン全域を研究活動の対象として活動する多摩ニュータウン学会やまちづくリの専門家などが、多摩ニュータウン全体の情報を統括して都市計画や都市経営についての計画を策定するなど、多摩ニュータウン全体を掌握する新たな機関の必要性を思うのだ。多摩ニュータウンには独自のまちづくり計画が必要である。これまで東京都や都市公団が都市計画や都市経営を担ってきた歴史がある。
それが独立行政法人UR都市再生機構に組織替えしたことによって多摩ニュータウンのまちづくりには係われなくなり、東京都も自らが抱えている未利用地を売却する地権者の一人になってしまった。そこでは何らかの形で行政が係わる必要があるのだが、東京都も都市機構も関係四市に任せてしまった格好しかし、各市には温度差があり、多摩市の担当者は真剣に対応するが町田市の担である。
当者は末端のことで、居住者と対峙するにも扱いは違うことになる。
これは致し方ないとで、各自治体の部分管理で多摩ニュータウン全体をコントロールするには無理があるそこで居住者自らがまちづくりを提案し、各自治体がその提案に習って事業展開をするという構図が求められてくる。
信頼できるこれらを司る組織が欲しい。その方法としては、各市から温度差に応じた人材を投入した独立した組織を編成する,とである。面積比で人数を配分して行く方法もあるし、市民サービスという視点では人口による人員配分も考えられる。さしずめ多摩センター辺りに事務所を置き、多摩ニュータウン全体の施策について協議する環境を作ることから始めることになる。
当初は多摩ニュータウン全体を理解することから始めて、問題点の掘り起こしから始めることになる行政施策としての提案など、まちづくりまち育てに関する議論は徹底して多摩ニュータウン発の議論として、問題課題のとりまとめからまちづくり方針の整理、そして計画の具体化実現のための施策の展開など必要な項目について徹底的に議論することから始める,とになる各メンバーに共通の問題意識や目標が次第に備わっていき、徹底した議論は、具体的な事業化に向けて発信するエネルギーとして蓄えられる。
そこに集まったメンバーは各市から集まった人材ではあるが、多摩ニュータウンの場において議論することで、必然的に多摩ニュータウンの中を意識し、提案や問題提起が出来るようになる。多くのアイディアや取り組み課題はその場に居てこそ生まれるもので、傍観者では行動に向けた力にはならない。核となる場に一同することが大切になる。

だからこそ、このように徹底して議論した事業計画を各市に持ち帰り、各々の自治体で事業化する,とになる。その場合は各市の共通認識の上で行われる事業であることが周知されているので、迷うことなく着実な事業推進が可能になる。迷いは必要なく、決まったことを行う自治体の役割があるのみである。このような多摩ニュータウンを司るまちづくり組織が継続

的に運営できる場が生まれることを望みたい。

多摩ニュータウンは既成の市街地とは大きく異なるエリアであり、その中をコントロールするのに既成の市街地と同様な視点では解決しないことが多い。そこで、独自の環境である市街地を政策的にコントロールする独立した政策集団の場づくりを始めていただきたい。
住み続けるためにマイナスをプラスにする高齢者が安心して生活できること安心して子育てが出来ることとは内容は違うとが背景は同様な意味合いを持っている。

ゆたかがおか

平成25年都市計画現況調査

これらは今でも緑豊かな団地として管理されており、隣棟間の芝生の管理も自主管理で、エンジン付きの芝刈り機の数は相当なもので、居住者が参加する緑地管理の日の活動風景は圧巻である。それだけ空閑地が多く日当たりの良い芝生の広場があるという意味で、緑の環境は豊かである。それに引き替え、最近の民間開発のマンションは高密度である。多摩ニュータウンでは開発に制限があり一概ね一五○パーセントでコントロールされているが、それでも建物の高さは超高層も現れている。三階建てもあるが二四階建てもあると言うように敷地の活用は多様である。
それが駅周辺や新住地区からはずれて区画整理地区になるとたちまち容積それが一戸当た率は増加して、容積制限の三00パーセントを目一杯使った計画になる。そのマンションの住戸数は約一七〇戸。り二七平方メートルのマンションになる。私の住む団地の住戸規模と変わらないコミュニティである。そこには緑の環境は殆ど無い。建物は一棟。管理組合は一つ。
管理会社が徹底した管理を約束してくれていて、平均的な管理費と修繕積立金を合わせると二万五千円ほど。おそらく一0年くらい経つと修繕積立金の見直しがあり、毎月、三万円を越える出費となろう。
さらに固定資産税と都市計画税が毎月一万五千円から11万円という所で、固定費が四万五千円から五万円の出費というそれに加えて住宅ローンとなると相当な支払いになるが、ことになる。
親の含み益を移転し管理費や修繕積立金はずっと続くコミュニティの結束は自らが困ってはじめて守りたいという意識が生まれたときから始10年ほど経ったあるマンションの管理組合の相談に乗っているのだが、まる。事はマン管理会社から管理費のアップと修繕積立ション管理費と修繕積立金の上昇から始まった。金の不足を告げられてから管理組合は動いた。管理費の上昇は窓口の管理体制の変更で対応するとともに、維持管理費は他から見積もりを取ることで、管理会社の見積もりを精査した。
そして使われていなかった機械式駐車場を解体して平置きに変更し、さらにマンション管理を多角的に見守ってくれる専門の管理者を委託して出費の必要な工事について徹底した相見積もりを実施した当然、管理組合は頻繁に議論して、ある時は紛糾したが、それでも住み続けることができるマンションになるためには議論は続けられ、結果として管理費も修繕積立金も上昇させずに継続して住み続けることができるようになった。

集中した議論の末に、人と人がコミュニケーションすることによって自主的な活動が生まれ、結果として経済効果のあるマンション管理ができることが始めて共通の認識になった。つまり顔の見えるコミュニティが問題を解決できる手段であることがわかったのだ。多摩ニュータウン内には民間マンションが急速に増えている。これらのマンションを管理するノウハウが今後も蓄積されることが必要である。

その為にも地域で支えるシステムが必要だ。先の管理組合の経験が有効なノウハウになる。地域に生まれたマンション管理のノウハウが新しいマンションに行かされるシステムが必要である。マンション管理に対して自治体も協力的である。相互に情報を提供し合うことで新たな展開は可能である。

家なんていらない

地こうしたコミュニティが生まれれば、その自主的な管理組合運営の実現は難しくない。

中層住宅にエレベーターを設置する多摩ニュータウンの集合住宅の九一パーセントが三階から五階建てのエレベーターのな外部とのバリアフリーが確保できない状況で、い住棟で占められている現状からすると、結局住み続けられないままでの高齢化対策になり、住戸内のみを改善しても、効果は半減多摩市では平成一四年三月策定の住宅マスタープランに基づき、する。

中層住宅のエレベーター設置に伴う設計費補助を打ち出した。二箇年ほど予算を計上したが、結局、申しやむなく提案を取り下げることとなった。込みはゼロ。そして多くの高齢者がエレベ多摩ニュータウンの高齢化は待ったなしでやってくる。

ターのない中層住宅で居住している実態を考えるとエレベーター設置は的を射た施策ではあったのだが、実態は殆どが階段タイプの住棟であり、エレベーター設置の効果が余りにも効率が悪いこと、団地管理組合という性質上、増設に伴う合意形成が難しいこと、そして法的に増設するための手続きやその為に影響を受けることが多いことなど、実施に向けてのハードルが高いことが普及しなかった理由である。

本件建物しかし、これらのことはよくよく考えれば解ったはず。エレベーター設置が現実的ではないので事業としては取り下げられたが、現状のまま放住み続けられなくなること必至である。
置すると必然的に高齢化は進み、人口の移動状況を分析すると高齢者及び予備軍のこうした住宅からの転出が盛んに行われていて、団塊世代を含む高齢期を迎える前の世代がバリアフリー住宅を求めて移動していることがわかる(一五)老後の不安を解消するために転出している現実があることを自治体は密かにほくそ笑んでいるのではないかと勘ぐってしまうが、退職金を受け取る前の資金力のある団塊世代を転出させているのも事実で、総体的に考えて市の財政にメリットがある世代をみすみす失っているようにも見える。
現在の高齢者の多くは裕福な資金を持った世帯であり、団塊世代も今後退職金の一時金や貯蓄もある世代である。こうした裕福な世帯の転出を誘導するような施策を展開しているのが多摩市の現実である。今転居できる世帯は資金力のある世帯であり、都心のマンションや多摩ニュータウン近辺に新規供給されるマンションに転出している状況は容易に推察することができる。

多摩ニュータウンの住宅·市街地

資金力もなく結果として移動が出来ず残されている市民も居るので、こうした移動の発生が高齢福祉の必要性を迫られる市政の中で、市の財政に有利に働〈とは考えにくい。むしろ、税での支援が必要な高齢者を増加させているのではないかと気になる実態である。思うのは私だけなのか、多摩市で今後進めなければならない施策は、住み続けられない住まいに困り果てて、やむを得ず住み移らなければならないと思っている高齢者世帯等を地域に定住させることであり、より豊かな生活環境を提案して住み続けてもらうことが重要である。
急ピッチの高齢化が危惧されていて、世代交代を促したいという意識も生まれるとは思うが、実態としては自力でカバー出来る経済力のある世帯を転出させ、住宅ローンを抱え子育て支援を受けなければ共働きできない借金世帯を増加させている事に他ならない。こうした若い世代その時はさらに高齢者が増えるのだから結局は問題の先送りでありも何れは高齢化し、無責任な対応であると思われる。

市民サービスの基本は高齢者本人への思いやりであり、住みたいところに住んで、健康で生き続けるための場の提供と暮らしのサービスを提供できる環境作りを推進することが行政としてのまともな考え方である。

建築だけでなく不動産売買も一括で引き受けてもらう少しでも高齢者の転出を抑制し、元気な高齢者が楽介護保険に頼らない生活の場を演出する。しく生活できる場を増やし、その上で若年世帯の転入を増加させるよう誘導することが必要である。若い世代も高齢者が安心して豊かに安心して集結する。居住している場所には魅力を感じ、高齢化は全国どこにでも起こる現象である。その中で多摩ニュータウンだけが回避しようなんて考えるのは不公平だし、利己主義そのものである。結局は生活者にとっては幸せになれない、偏ったコミュニティを形成してしまう結果になる。
世代を越えて共生できる環境こそ、これからの理想的なまちなのであるところで、エレベーターの設置についての施策であるが、一度始めた施策を取り下げる結果になったが、多摩ニュータウン内にはエレベーターを設置するのに効果的なマンションも見つけだせば少なからずあるはず。行政施策は補助などの予算をつけ、広報して知らしめることで行政施策として全うしたと思っているが、補助なしの支援施策も有効な手段となる。
写真の団地は多摩ニュータウン開発初期、昭和四八年入居の1棟からなる分譲マ

ンションで、敷地の高低差を利用して三階が玄関の七階建てのマンションだ。
中間階にアブローチするので、エレベーター設置のない建物として建設された廊下タイプの住棟であこのマンションにエレベーターを設置することの効果は、階段型の住棟にエレベーターを設置するより数段の経済効果や居住環境の向上を図ることが可能で、行政が積極的な支援に乗り出すことで効果的な成果が期待できるはず。

同族会社を設立(すでに同族会社がある場合は

緊張して怖い

パリも同様で、社会資産としての都市住宅の蓄積が使われているからこそ都心の活性化が保たれる。それに対して東京の土地利用は低密度で、唯一のチャンスであった戦災復興も大規模な土地活用計画の実施には及ばず、農地解放や小規模宅地の優遇措置などで、小規模地主の経済活動を優先してきた。だから、土地をまとめて再開発するマンション利用などの共同化、不燃化の動きは鈍く、土地の細分化が優先される宅地分譲に終始し、建物も木造の簡易な建物を誘導し短期間での更新を余儀なくさせた。
結果として都市基盤を形成するような土地利用は進まず、良質な都心居住を支える環境整備は整わなかったという歴史があるそんな中で、国は今になって都心居住をもてはやしてはいるが、全て都心部にある工場跡地など企業用地の活用や、公的資金を投入した再開発による住宅供給しか方法がなく、結果として高額なマンションとして新規供給する住宅でしかないのが現実である。

これではとても都心の居住密度を上げることは出来ないし、普通の人が定住することによる効果が出るまでには時間が掛かりすぎるしかし、相変わらず第六次マンションブームは続いているが、都心部の住宅投資はそろそろ終焉を迎えそうだと耳にする。とりわけ都心でのファンド系の動きが収まりつつあるということから、都心回帰の動きも安定期に入る予兆がある。

こうした動きは多摩ニュタウンにおいても完成後の売れ残り物件が出始めており、供給はすでに過剰気味であるようだ。三〇歳代後半から四0歳代前半の住宅取得熱はバブルの勢いを彷彿とさせるほど熱かったが、そろそろ金利上昇や税の優遇措置の廃止など、購入意欲をそぐような状況もあ

り、買い一辺倒だったマンション供給にも息切れ感がしてきた。

遺産分割の方法による節税対策(相続開始後の対策)買えるから買うという短絡的な発想で、家賃より安いローン支払額が将来の不動産価値や人生設計を左右させることを安易に決めてしまうような買い物がまかり通ってきた人生の最大の借金を抱えて、最大の家族人員に合わせた住宅規模を購入する。長期ローン低金利「万がを組んでしまう。という悪魔のささやきに、1抹の不安を抱きながらも、一の場合は親の資産が……」。パラサイトの甘えは根底に潜んでいて、無理を承知でよりよい住宅に夢を託す買い方がまかり通っていた。
耐震偽装もこうした購買意欲を失わせるものではあったが、すでに団塊ジュニア層の住宅も含めて住まいのニーズは満足されたのだと判断している今後はゆっくりと引き潮の時代が始まっていくことになるが、新耐震以降の長期活用可能な共同住宅が、未来の都市の資産として活用されることになることで、将来の豊かな居住を約束しているものだということを改めて理解して、長期に渡る都市経営のありかたを考えることをしよう。
われわれは漸く都市の住宅ストックを前提にした都市再生の起点に立っているのだ。とりわけニュータウン開発という都市資産形成の為に大量の資金投入を受けて出来あがった都市基盤を受け継いでいくことができるのだから、このチャンスをものにすることは今を生きる者の義務とも言える。

短期譲渡所得

住宅ローンの怖い金利国の貯蓄動向調査では、毎年のように三〇歳代後半から四〇歳代前半の住宅宅地に対する負債が増大していることを教えてくれる。本来、家族の成長に会わせた住宅取得が平均同一世代の住宅ローンなどの借財は同一であるはず。しかし、的に行われるならば、実態はここ10年くらいで住宅などの負債が倍増しているのだ。
つまり住宅を初めて取得する一次取得世代の若返り化や借家よりは持ち家という志向の高まりが原因で、団塊ジュニア世代も含めた住宅取得年齢の拡大が背景にあるようだバブル経済の崩壊により負債を抱えた銀行をそれに加えて住宅取得金利の低下があり、救済すべく長期に渡るゼロ金利を続けた結果、借りやすい環境も生み出すことになった。

バブル経済は不動産バブルの負債を結果的に銀行に集約した格好になったが、銀行は基本的には利ざやで稼ぐ商売だから、その負債を取り戻すためには確実な借り手を捜さなければならない。そこで白羽の矢を立てたのが若くて返済能力のある住宅一次住宅取得層だった。

住宅団地国も事態を改善するためにと、とにかく銀行の支出である預貯金金利を抑え、さらに貸しやすくするために徹底した低金利政策をとり、借り手のいなくなった銀行を守ろうと必死になる。市場には低金利が次第に浸生前贈与の税の緩和措置、住宅取得控除の継続、透してきて、これまで見向きもしなかった個人向け住宅ローンを都市銀行が奪い合うようになった。住宅金融公庫からの借り換えの動きも激しくなり、低金利政策の結果で唯一庶民の住宅取得の手段だった住宅金融公庫の陰も薄くなり、平成一九年四月、金融公庫は独立行政法人住宅金融支援機構として改組し第一線の個人融資から手を引いた。

住宅融資が民間の手に渡ると、金融機関は毎月の支払いが少ない低金利の変動型の長期ローンを推奨することになる。銀行にとっては長期にわたって収益を確保し、収益を最大にするためには長期ローンに限る預貯金金利が殆どゼロである中で、確実に収入が見込める住宅ローンのお客様は上客である。
返済が滞って保証協会が返済額をも確保してくれるし、万一の団体顧客の死亡などにも生命保険は返済を保証してくれているのだから、銀行にとって絶好のお客様ということになる。

悠々白適

住宅金融公庫時代は抽選に選ばれなれれば融資が受けられなかったし、住宅の性能を確保するための公的な現場検査も義務づけられていた。しかし、民間融資には融資基準はあるものの中間検査などの資産価値を確保する方策はない。これは融資の考え方が変わったということに尽きる。現在の住宅取得の為の融資は個人への融資であり、建物の価値を担保にした融資ではない。だから建物の質は特に評価しなくても融資は成立する。どのような仕様で建築されようが、建物の価値を評価するのではなく、個人の返済能力を審査するシステムである。
本来、資産に対して設定される抵当権せいぜい購入価格の六割くらいが相当額だが、現実には100パーセントの融資が可は、能な状況である。これは、保険制度に支えられた融資システムによって作られた持ち家誘導政策に他ならない。だから、万が一破産しても建物だけでは返済ができない現実がある。唯一、返済が可能な方法は購入者が自殺するしかないという状況は悲しい。
民間ディベロッパーによる大量の新規住宅供給が展開され多摩ニュータウンにも現在、ている。
内容的に一次取得層と二次取得層に購入層が分かれる物件が供給されているが低価格を全面に出しているマンションは買いやすい価格に設定され、「家賃で払えるロがセールストークになっている。夢を抱いて住宅購入している世帯に水を差すのも気ン」の毒だが、住宅ローンには危険が孕んでいることを知ってもらいたいと思うのは、多摩ニュータウンで豊かに住み続ける方法を伝授したいからに他ならない。

都市と空き家事情今や住宅購入者の感覚は、ローンの額を家賃と同じと考えているようだ。
生涯、同額の家賃を払って行くと考えると同じであるが住宅ローンと家賃とは基本的な違いがあり、住宅ローンの場合は、一旦買ってしまうと家族の成長変化に住み替えなどで対応できないこ家賃より安いとを覚悟しなければならない。
遺産分割の方法による節税対策(相続開始後の対策)が住宅購入動機の大きな要因だし、売り手側もそれを強調する。「住宅販売会社では最長のローンを勧めますが、私は最短の期間を選ぶことをお奨めします。」が友人のファインナンシャルプランナー(FP)誠氏の言。長期になればなるほど金利分が増えるだけで払いやすさは生涯支払額を増額させるだけ、銀行の経営を助けるだけという意識が欲しい。そして、長期になればなるほど予測のつかない約束をしているようなものであることを知らなければならない。
平成一五年10月に五年ごとの全国調査である住宅·土地統計調査が実施され、平成一七年に結果が発表された。全国で住宅総数に対して111.11パーセントのその結果、空き家があると言う報告だった。それは世帯数に対しては一四パーセントほどになり、さらに増える傾向が続いている。
こうした空き家の発生は、これまで地方の過疎地に発生す

る空き家が問題になっていたが、今の空き家は都市部の空き家であり、あなたの隣近所の空き家が増加しているのである。
10軒に1軒以上が空き家になっている状況は、世界的に見ても尋常ではない。その空き家がどこに集中しているのかを紐解くのにデータでは、架空の話をしていても真実味が伝わってこないので、は語ってくれる。東京を中心とした七〇キロメートルの空き家状況についてのデータで見てみよう。
ちなみに多摩ニュータウンは二0-三0キロメートルの位置になる結論から言うと、都心部は都心回帰で空き家が少なくなったが、東京から一0S二〇キロメートル付近に集中している。
グラフで示した空き家の総数が飛び抜けて多いのが一OS一10キロメートル圏である。かなり市街地として高密度で、ゴミゴミしている密集地も多い。